第12話


 笹原詩乃とコラボ配信をしてから早くも一ヶ月が経とうとしていた五月の下旬。


 詩乃は相変わらずの人気を誇り、日々その人気をさらに高めているのだから本当に凄いと思う。


 学校でも彼女の名前を聞かない日はないくらいで、俺が会っている相手は凄い人なんだといつも思わされる。


 そんな中、ちらほらと俺の名前が聞こえてくることが増えたのだが嬉しい反面恥ずかしさもある。


 もちろん、『九澄春吉』ではなくユーチューバー『ハル』のことだが。


 九澄春吉が他のグループの話題に上がるはずがない。もはやクラスメイトですら俺の名前を覚えているか怪しいくらいなのだから。


「なんだか嬉しそうだね」


 昼休み。

 今日は部活の集まりがないということで校内唯一の友達といっても過言ではない不二隼人と昼食を取る。


 茶色の髪を女子にも負けないくらいにサラサラ靡かせているイケメン。バスケ部のエースだ。その上、勉強までできるのだから神は人に万物を与えてしまっている。


「そう見えるか?」


「うん。口角が上がってる」


 自分では分からないものだ。


 昼休みの学食は割りと混む。ぼっちのときは教室でほそぼそと食べているが今日は仲間がいるので堂々とここに来れる。


 不二は校内では有名なので視線を集めてしまうという点は少しネックだ。しかも大抵が女子からで、ほとんどが誰あいつ不二くんと仲良くしやがって死ねよという視線なのでほんとに辛い。


「何かいいことあったの? オレが把握している限りでは、九澄は未だにぼっちライフを送っているはずだけど」


「基本的にはぼっちだよ。今を除いたらな」


「なら何が楽しいの?」


 言うべきか悩む。

 不二が俺の広まってほしくない情報を言いふらすとは思えないが、そこは徹底してシークレットで進めるべきなのではとも思う。


 反面。


 言いてえ。

 俺にだって承認欲求はある。

 すげえじゃん! とか言われたい。


「……」


「別に言いたくないなら無理に聞かないけど」


「お前、口は固いか?」


「どうだろう。自分で口が固いという奴ほどオレは信用しないようにしているから自分ではなんとも言えないかな」


「……そういうところがセコいんだよなあ」


 何言っても様になる気がする。顔良しスタイル良し声良し。どこかのアイドルですか?

 ジャ◯ーズとかに勝手に応募してやろうかな。


「褒められてるのか?」


 微妙な顔をする不二だが、俺の中ではめちゃくちゃ褒めているつもりだった。


「不二はユーチューブとか観るか?」


「んー、まあたまにかな。バスケのプレイ動画とか」


 それすらもバスケ。

 不二のバスケに懸ける思いは本物だ。残念ながらジ◯ニーズに応募するのは止めておこう。


「ユーチューバーっているだろ」


「ああ。ヒ◯キンとかはじめ◯ゃちょーとかだよね。それくらいしか知らないけど」


「俺もそのユーチューバーってのをやっててな」


「ええッ!?」


 ガタンとイスを揺らして立ち上がった不二は分かりやすく動揺していた。


「座れ。俺は目立つのが嫌いなんだ」


「知ってるよ。だから驚いたんだ。九澄は極度の目立ちたがらな屋だろ」


 そんな言葉ないんだよ。

 勝手に作るんじゃない。

 言いにくいし。


「顔出しはしてないし、俺の正体がバレることはないんだ」


「へえ、しかし驚いた。今年一番の衝撃だよ。クラスのマドンナ桜庭円香が三年の武藤さんと付き合ってたという情報より驚きだ」


「え、なにそれマジか?」


 不二のクラスの桜庭円香といえば友達いないぼっちの俺でさえ名前を知っている美少女で、数ある男子が玉砕しているという噂を聞くほどだ。

 その三年の武藤がどこの誰かは知らないけど今年一番の衝撃だ。


「マジだよ。あんまり知られてない情報だからあんまり漏らすなよ」


「心配しなくても漏らす相手がいない」


 言ってて悲しくなるな。


「ていうか、お前口軽いんじゃないか?」


「いやいや、これは別に口止めされていないから。ノーカンだよ」


「ノーカンではないだろ」


「それで?」


 話を戻そうぜ、と不二が仕切り直す。しまった、あいつの話が衝撃的過ぎて忘れていた。


「不二は笹原詩乃ってアイドル知ってる?」


「CutieKissだっけ。さすがに名前は知ってるよ。今一番波に乗ってると言われているアイドルグループじゃないか。バスケ部でも頻繁に話題に上がるよ」


 そんなアイドルグループにさして興味を示していないとは。イケメンは俺たちとは求めるものが違うのか?


「その笹原詩乃もユーチューブをしているんだけど、この前コラボ配信をしてさ」


「コラボ配信って一緒に配信したってこと?」


「まあ」


「会ったの?」


「まあ」


「ええッ!?」


 再びガタガタとイスを揺らす。さっきと同じような顔をして俺を見てくる。


「だから声が大きい」


「そりゃ驚くさ。今年一番の驚きだ」


「今年一番の更新一瞬だったな」


「すごいじゃないか。それで嬉しそうだったわけか。まあそりゃそうだよね」


 それだけではないのだが。

 まあそういうことにしておくか。あんまり自分語りするのも気持ち悪いしな。


 あの人気者である不二にここまで凄いと行ってもらえただけで俺としては満足だし。


「観ていい?」


「なにを?」


「九澄のその動画だよ。笹原詩乃のページから飛べば見つかるだろ?」


 そりゃそうだけど。

 言うのはいいが、観られるのは恥ずかしいな。テンションとか全然違うわけだし。


「いや、恥ずかしいしダメだ」


「なんでだよ。絶対に笑わないからさ」


「お前そう言ってめちゃくちゃ笑うじゃないか。俺はもう騙されないぞ」


「そんな覚えないね。言いがかりをつけたいなら具体的にいつ笑ったのか言ってくれ」


「中学の文化祭で演劇に無理やり出演させられたとき、その練習に付き合ってもらったときずっと笑ってたろ」


 こいつのせいで出演することになり、責任取れと部活の合間に練習に付き合ってもらった。

 そのときもこいつは『絶対に笑わないから真剣にぶつかってきてくれ』と言った数分後に大爆笑を見せたのだ。


「よく覚えてるな。九澄って案外根に持つタイプなんだ」


「言えと言われたから言ったんだが?」


「まあ、そういうことなら仕方ない。家でゆっくり笑うとするよ」


「笑うの確定させてんじゃねえか」


 こそこそしないところは好感が持てるが。

 まあこういう展開になるのも分かっていたのだが。それでも話したのは、何となくこいつには話してもいい気がしたからだ。


 まあ。


 一つこのときの過ちを上げるとするならば、人の多い学食でするべきではなかったということだろうか。


 学食はいろんな生徒で賑わい、他のグループの話題になど興味を示さないものだと思っていた。


 けれど、例えば一人で黙々と食べている生徒なんかは周りの話題に耳を傾けているものだ。ソースは俺。


 俺はただ、聞かれていないことを祈るのみだった。

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