第11話


「ふんふふーん♪」


「えらくご機嫌ね。なにかいいことあったの?」


「え、わかる? わかっちゃう?」


 その日の仕事を終えた笹原詩乃はグループメンバーである宮城彩花と共にディナーをしていた。


 長い黒髪、前髪は七三に分けており大人びた印象を受ける。ととのった顔立ちに加えて抜群のプロポーションもあって、メンバーの中ではセクシー担当とされている。


 有名人ということもあり周りには気を遣い夕食の場には個室居酒屋を選んでいた。

 彩花は二十歳なのでお酒を飲むことができるが、詩乃はまだ未成年故にアルコールは厳禁だ。


 それでもこの場所を選んだのは彩花の行きつけのお店であるという理由が大きい。

 顔見知りであるからこそいろいろと我儘を通せる、らしい。


 彩花はカシスオレンジ、詩乃はカルピスを片手に料理の到着を待っていた。

 その間に、詩乃が鼻歌をハミングしながらスマホを見ているものだから彩花はついつい触れてしまう。


 案の定、面倒な絡み方をされてしまった。詩乃がおかしいテンションのときは九割が大ファンのユーチューバー関係であることは、もはやメンバーの中では周知の事実であり、絡みが面倒になることが予測されるので触れないようにしている。


 それでも触れてしまうところ、彩花の優しさが伺える。


「……また例のユーチューバー? なんだっけ、アキくん?」


「ハル様! 四季が二つほどズレてるよ。確かに過ごしやすい季節という意味では同じだけど!」


 よく分からないツッコミをされてしまった。そうだそうだと彩花は思い出す。何となく四季のどれかだったという記憶はあったのだ。


「よくもまあいつもそんなに楽しめるもんね。今回はどうしたの? また面白い動画でも上げてた?」


 聞くところによると、そのハル様というユーチューバーはゲーム配信を投稿しているらしい。

 ゲームが趣味の詩乃がハマるのも納得ではある。何度か見せてもらったことはあるが、ゲームをしてこなかった彩花からすれば面白さがよく分からなかった。


「それもあるけど、今回は違うんだよね。もっとビッグニュースなのですよ。訊きたい?」


 ふっふっふっと意味深に笑う詩乃。

 夕食の場はこれからだし、ずっと無言でスマホをいじるというのもおかしいと思い、彩花は聞いてあげることにした。


「言いたいなら聞いてあげるよ」


「じゃあ言う!」


 言いたいようだ。

 まあ顔に書いてあったので分かっていたことだが。


「あのねあのね、ハル様がわたしのことを詩乃って呼んでくれることになったの!」


「ふーん……ん? んん?」


 あーはいはいくらいのテンションで聞いていた彩花の表情がガラリと変わる。

 口角を引きつらせながら口を開く。


「今、なんて?」


「だーかーら! ハル様がわたしのことを詩乃って呼んでくれることになったの。これまではずっと名字に、しかもさん付けだよ?」


「いやいやいやいや。そうじゃなくて。ハルくんと会ったの?」


「馴れ馴れしくハルくんとか呼ばないで!!!!!」


「あ、ごめん……」


 別に自分は崇拝しているわけではないのだが、と心の中で思ったのだが言わないでおいた。


「会ったよ。この前、配信コラボしたって言わなかった?」


「聞いたよ。でも会うとは言ってなかった」


「ハル様がね、お礼がしたいって言うからわたしは必死に考えたのです。それはもう普段使わない頭をフル回転させました。もう徹夜でした」


「……この前仕事の日にふらふらだったのはそれが原因か?」


 呆れたような視線を向けると詩乃はケフンケフンとわざとらしく咳払いをして誤魔化してくる。


「まあまあ。それでね、わたしはハル様にデートしてってお願いしたの。そしたらいいよって! もう最高じゃない?」


「……ここ最近ずっとテンションがおかしかったのはそれが原因か?」


 一週間ほど前から常にアルコールが入ってるような、深夜のテンションのような感じが続いていた。


 触れると面倒なことになるなと察したメンバーはそれに触れることはなかったが、まさかこんなところで理由を知ることになるとは。


 あのとき訊いていればと彩花は少しだけ後悔した。


「デートって、まさか付き合ったとか言わないよね?」


「え、なんで?」


「なんでって、私らアイドルなんだよ? 恋愛とかご法度じゃない?」


「でもそういうルールはなくない?」


「ないけど」


 恋愛禁止というルールは定められていない。しかし、アイドルである以上はそこは暗黙の了解的な空気がある。


 女性アイドルである以上、メインのファン層は男性だ。だというのに特定の相手がいるとなれば人気にも影響が出るだろう。


「で、付き合ってるの?」


「付き合ってないよ」


「ホントに?」


「ほんとだよ。ていうか、わたし程度の人間がハル様のような方と付き合えるわけなくない?」


「あんたの中の人の評価どうなってんの?」


 普通逆だろう、と誰もが思う。

 彼女の頭の中を少し覗いてみたいという好奇心が生まれてしまった。


「あんたは誰もが知る有名アイドルだよ。そこら辺の普通の男の子なら喜んで付き合うでしょ」


「ハル様はそこら辺の普通の男の子じゃないんですけど。崇拝すべき神ゲーマーなんですけど」


「一般論の話をしてるの」


 ごく一部の層からすればそうなのかもしれないが、それでも世間からすればハル様はただのそこら辺の普通の男の子だ。


 この状態の詩乃には何を言っても無駄だろうが。


「ハル様のこと好きなの?」


「え、そりゃそうだよ。好き好き大好きフィーバーだよ」


「程度が分かんないけど。それは恋人になりたいっていう意味で?」


 彩花が訊くと、詩乃はううーんと腕を組みながら唸る。珍しく難しい顔をしているところ、真剣に考えているのだろう。


「わかんない」


「わかんない?」


 そして出た結論に彩花は驚く。


「わたしはハル様とゲームができればそれで良かったから。話していて楽しいし、ずっと一緒にいたいとも思うけど、これがそういう意味なのかはわかんない」


「……あんた、恋愛経験は?」


「現実ではゼロ。でもゲームでは様々な女の子を口説き落としたよ?」


「せめて様々な男の子を口説き落としてよ」


 恐らく。


 あくまで彩花がこれまでに見てきた詩乃の反応と、今日聞いた話から導き出した推測でしかないが、詩乃はハル様のことが好きだ。


 話していて楽しくて、ずっと一緒にいたいと思っている。そこに異性的などきどきが加わればいよいよ本物になる。


 けれど、今はまだそれを自覚していない。


 あくまでも同じ趣味を持つ友達。あるいは崇拝すべきゲーマー止まり。アイドルを続けることを考えると、そのままであればいいだろうが。


 今更、詩乃とハル様の関係を絶つことはできないだろう。

 であれば、詩乃が自分の気持ちに気づかないことを祈るしかない。


「私の経験からすると、その気持ちは友情に近いと思うわよ。私も昔はそういうことあったし」


「そうなのかな?」


「同じ趣味を持つ友達って感じなんじゃない? 多分、ハル様もそう思ってるよ」


「わたしとしてはハル様の存在を感じれるだけで幸せだから十分なんだけどね!」


 問題は例のハル様の方である。

 これだけ可愛い女の子からグイグイ来られて惚れないわけがない。

 詩乃にそのつもりがなくても、その行動から起こる勘違いが詩乃の気持ちを本物にする可能性もある。


 ようやく運ばれてきた料理を前に、話題は別のものへと切り替わった。

 

「……ハル様、ね」


 どうしたものか、と彩花は詩乃に聞こえないようにごちる。

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