第10話
ゲーム好きであるからといって、必ずしも誰もがゲームセンターを好むというわけではないけれど、俺と笹原さんはゲームセンター好き派だった。
であればここからさらに盛り上がりを見せるところなんだろうけど……。
「笹原さんはゲーセンよく来るの?」
「……」
スルーされた。
というよりシカトされた。
「わたしは笹原さんではないので」
笹原ではあるだろ。
とツッコむのは野暮なことだ。
さっきのマックでの会話を思い出す。そういえば面倒なことを言っていた気がする。
「えっと」
「あーあ、わたしの名前は詩乃なんだけどなあ。女の子はいつだってちゃん付けされて呼ばれたいんだけどなあ!」
「一応有名人なんだから大声で自分の名前言わない方がいいのでは?」
「呼んでほしいなあ!」
今度ははっきりスルーされた。
あちらこちらに視線を移しながらもちらちらと俺の様子を伺ってくる。
さっきの場所での内容をここで持ち出してきたということはあっちは折れるつもりはないということだ。
となると、こっちが折れるしかないわけで。
俺は仕方ないと大きく溜息をついた。
「……詩乃」
「!」
呼ぶと、ぱあっと笑顔を浮かべ瞳をきらきらさせる。
「……」
「?」
彼女は止まる俺に首を傾げる。
「……ちゃんは勘弁してくれ。やっぱり、その、恥ずかしい」
女の子をそんなふうに呼ぶことはこれまでになかった。幼い頃でさえ経験がないというのに、それが高校生になってできるだろうか。いやできない。
「わかりました。詩乃でいいですっ」
俺が折れたことを見て、あちらも妥協してくれたようだ。さすがは大人だ。引きどころを理解している。
ようやく機嫌を直してくれた詩乃と改めてゲームセンターを回ることにした。
それにしても、やはりここでも彼女の存在に気づくものはいない。さっきそこそこ大きな声で、笹原詩乃の声で自分の名前を言っていたがそれでもだ。
確かに周りは騒がしいけど、やっぱり周りに興味なんてないんだなあ。
「ハル様はよく来るんですか、ゲームセンター」
「俺は時々かな。アーケードゲームはあんまりやらないし」
「じゃあ何が目的なんです?」
「暇潰しだよ。コインゲームとかクレーンゲームとか」
「意外です」
「アーケードゲームをするくらいなら家でゲームをするからな。そっちは?」
「まあ、さっきはああ言いましたけどわたしもそんな感じですね。クレーンゲームがメインです」
「へえ」
クレーンゲームをよくするのか。
イメージが結びつかないわけではないけれど、少し意外ではあった。
「欲しいものがあるとついついやってしまいます。おかげで家にフィギュアやぬいぐるみが増えてく一方なんですよね」
「それもあるからあれもこれもってできないんだよ。クレーンゲームは」
「せっかくなのでここは一つ、勝負でもどうですか? ゲーマーがゲームセンターに来れば必然的にそうなるはずですし」
「必然かはともかく、ゲームの挑戦を断ったことは一度もない。受けて立とう」
彼女の一言により、俺たちはゲーム対決をすることになった。問題はどのゲームで勝負するかなのだが、もちろん対戦できるものを選ぶ。
その中で何にするかが大事なのだ。
俺たちはゲーセンの中を徘徊する。
一階は人気どころのクレーンゲームが置かれているので二階に上がる。そこにはマニア向けというかオタク向けというか、そういう商品のクレーンゲームが幾つかとコインゲームがあった。
さらにエスカレーターで上がるとアーケードゲームなどが置かれていた。
「音ゲーとかはするんですか?」
「あんまりかな。詩乃は?」
「太鼓の名人は結構得意です」
太鼓かあ。
まあやったことはあるけど、特別得意というわけではない。言い方的にそこそこやってるっぽいし、確実に不利だな。
「あれはあんまりしないですよ」
「あれは」
プロジェクトディーバ。
もともとは家庭用ゲーム機で発売されていたボカロ(ボーカルロボ)というキャラクターの歌に乗せてコマンドを入力する音ゲーだ。
アーケードゲームになって、四つのボタンと左右のスライドを叩いたりする仕様になっている。
「プレステのやつはしたことあるな」
「同じくです。あれでどうですか?」
「いいぞ」
お互いそこまでの経験がないのならフェアと言える。俺たちは二つの台に並ぶ。
どうやら対戦機能もあるらしいので、一度練習して感覚を掴んだあとに本番ということになった。
やったことはあるといっても曲を複数知っているわけではない。過去にしたことのある曲をプレイする。
片手でしていたものを両手でする。その代わりに激しい動きが必要となる。
それでもすぐに感覚を掴めたところ、初心者にも優しいシステムなのだろう。
「いつでもいけるぞ」
「こちらもです」
曲は三曲選べるようなのでそれぞれが一曲、ランダムに一曲決定することにした。
「勝った方が負けた方になんでもお願いできるというのはどうですか?」
「なんでも?」
「ええ、なんでもです。ハル様が勝てば大人気国民的アイドルになんだって命令できます。例えばヌード写真を送れと言われれば従いますしオナ」
「それ以上は言わなくていい」
こいつ今なにを言おうとした?
アイドルの口から出るべきではない言葉を吐こうとしていた気がしたので俺は咄嗟に止めた。
「もちろんそれだけの覚悟をしているのですから、わたしが勝ったらハル様もなんでも言うこときいてもらいますよ?」
「……想像できないだけに怖いんだよなあ」
「答えはイエスですか? それともヤー?」
それどっちも意味同じじゃないか。
「いいだろう」
まあ、勝てばいいだけだ。
もちろんふざけたお願いをするつもりはない。特にこれといって何かあるわけではないが、適当に終わらせれば済む話だ。
「男に二言はないですね?」
「ゲーマーに二言はない」
ゲーマーたるもの、ルールは守るべし。一度口にした言葉を守らないで、ゲーマーを名乗れるものか。
「それでは」
「スタートだ」
結論から言うと、俺が負けた。
なんかもう詳しく描写するほどの山場もなかった。先に二勝されて完敗だった。
俺が選んだ曲でさえ勝てなかったほどなのでダイジェストでお送りするまでもない。
「わーい! わーい!」
跳ねて喜ぶ詩乃。
「……本当に未経験?」
「嘘はついてないです」
そうは思えない腕だったが。
俺の考えを察したのか、詩乃はこう言葉を付け足した。
「でもわたし、人よりゲームのコツ掴むの速いみたいなんですよね」
ああ、ただの天才か。
俺は練習に練習を重ねていくタイプなので、そりゃ勝てないわけだ。タイプ相性が悪すぎる。
「約束、覚えてますよね?」
「……もちろんだ」
その約束は後日果たすこととなる。
じっくりと考えたいらしいので持ち帰るんだとか。
その日は、そんな恐怖の感情を残して終わりを迎えた。何を言われても驚かない覚悟だけはしておこう。
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