第4話
『そうなんですよ。それでそのときに――』
父親の帰宅は夜遅いので基本的には夕食は一人で食べる。四六時中ゲームに勤しみたいところだけど、さすがに食事中は無理なので大人しくテレビを見る。
テレビをつけたら音楽番組が流れていて、たまたまCutieKissが映ったのでチャンネルをそのままにしていた。
長い黒髪をハーフツインに纏め上げたアイドルモードの笹原詩乃が、笑顔を浮かべてトークを繰り広げている。
今日、昼間に会ったのと同一人物であると思えばやはりキャラクターが違いすぎる。
素の姿はあんなものなんだろうけど、そのギャップを受け入れるには少々時間がかかるかもしれない。
しかし。
改めて思う。
笹原さんの素の姿があれではあるが、俺は芸能人と会っていたんだよな。それも密会。
凄いことだよな。
そのとき、スマホがヴヴヴと震える。振動の種類からしてラインだろう。
自分で言うのもなんだけど、こうしてラインの通知がくるのは珍しい。
ラインを送ってくるような友達はほとんどおらず、一応いる友達ともわざわざラインでやり取りをすることはないからだ。
「……」
とはいえ。
いや、だからこそと言うべきか。
この通知が誰からのメッセージを知らせているのかは何となく予想がついた。
食事中にスマホを触るのは行儀が悪いと分かってはいるが、気になるので確認する。
『ハル様、今何してますか?』
笹原さんからだ。
これまではツイッターのダイレクトメールでやり取りをしていたのだが、帰り際にラインを教えてほしいと言われたので断る理由もなかった俺は交換した。
俺はいとも容易くアイドルの連絡先をゲットしてしまったのだ。
『晩ご飯食べてます』
てっきりコラボに関してのやり取りを円滑に進めようという考えのライン交換なのかな、と思っていたがこうして普通にメッセージが来る。
『わたしもです。もし夜に時間あるなら一緒にゲームでもいかがですか? ほら、コラボをするにしてもお互いの波長とか合わせておいた方がいいと思うんです!』
と思ったら真面目な提案がきた。
文面では取り繕うことが可能なのか。ならば一体何が彼女を狂わせるんだ?
……いや、俺か。
こんなこと言うと自意識過剰みたいになるけど、俺が彼女の思考を狂わせているんだろうな。
『確かに。ぜひ』
こうして夜の予定が決まったところで、ならばこんなことはしてられないとさっさと食事を済ませてしまう。
彼女からの連絡が来るまでとりあえず手馴らしにゲームを始める。
今回、笹原さんとプレイするのは『ドラゴンハンター』というゲームだ。
ファンタジー世界を舞台に出現したドラゴンを討伐するゲーム。最大四人まで同時にプレイができ、協力や対戦など様々な遊び方がある。
武器選びのセンスはもちろん必要だが、やはりゲームの腕が物を言う。俺は基本的にソロでプレイしているが、腕には自信がある。
そこら辺の人と協力プレイをしても足手まといにしかならないので協力するメリットがない。
それでもたまーにだが、ツイッターなんかで協力を募集している人とプレイすることはあるが。
学校でもわりと話題になっているのでリア友を作るチャンスなのかもしれないが、もう既にグループができているのでそこに新参者として参加するのがなんだかいたたまれない。
ということでソロプレイヤーなのだ。
暫くプレイしていると笹原さんから準備オッケーの連絡がくる。フレンドコードを交換し、ボイスチャットを可能とする。
『もしもーし』
『あ、繋がってます。オッケーです』
『また敬語ー』
『いや、今のは仕方ないでしょ』
そういう流れってあるじゃない。
それから二人でゲームを始める。
協力プレイをするならばお互いの相性なんかも大事になる。一人が前衛ならばもうひとりは後衛でサポートに回る方が効率はいい。
しかし。
『笹原さんも前衛なんだ』
『もちろんです。ハル様リスペクトですもの!』
後衛ができないわけではないが、ここで譲るのもなんだしな。ていうか多分あちらがそれを許さない。
別に二人とも前衛だと不利になるわけではない。最終的に物を言うのは腕だから。
『わたし、ハル様と一緒に前衛するのが夢でした!』
『あ、そ、そうなんだ』
そんな感じで様子見でわりと簡単なクエストに挑むことにした。
クエストには難易度があり、それは討伐するドラゴンの強さによって変わる。
巨大なドラゴンを倒すものもあれば、小さなドラゴンを複数体討伐するものもある。中には初心者向けの採集クエストなんかもあるのだ。
レイドボス討伐ではあるけど、巨大ドラゴンの中では比較的弱めということで、そこまでの難易度ではないのが今回のクエスト。
初心者にはもちろん難しいが、俺も笹原さんもそこそこやり込んでるので様子見であればこれくらいだろう。
クエストが開始される。
俺の武器は双剣。一発一発の攻撃力は低いが、それを手数でカバーするスピードタイプだ。
俺をリスペクトしていると言うくらいなので、笹原さんも双剣なのかと思ったが、彼女の武器はなんと斧だった。
スピードは捨てる代わりに攻撃力を重視した武器。可愛い女の子が使っていると思うとギャップを感じる。
『斧、なんだ』
『はい。いろいろ試したんですけど結構しっくりきて。相手によっては太刀とかも使いますよ?』
『いや、てっきり双剣使うのかなと』
『もちろん一番最初に試しましたけど、あんまりハマらなくて。ハル様並のレベルには達せなかったので諦めました』
人には得手不得手があるし好みだってある。自分に合わない武器を無理に使って楽しさを理解できないなんてゲームに失礼だ。
雑魚を狩り、レイドボスまで到達する。一応戦闘には参加するが、ここは笹原さんのお手並みを拝見といこうではないか。
『見ていてください! わたしがハル様とゲームをするに値する価値があるかどうか!』
レイドボスの中でも弱い方のドラゴンなので一人でも十分に倒せる。俺は回復なしでも勝てるのだが、果たして彼女はどうだろうか。
俺を置いてドラゴンに向かっていく笹原さん。斧の一撃は相手に大きなダメージを与える。
その分、どうしてもスピードがないのがネックだがそこもテクニックで上手くカバーしている。
そして、彼女は双剣ではあり得ない手数の少なさで、見事ドラゴンを討伐してみせた。
『すご』
ゲーマーとしての彼女の腕はもはや疑うまでもない。キャラクターの動きを見るだけでそれは十分に理解できた。
『お褒めいただき光栄です!』
わーい、と分かりやすく嬉しがる笹原さん。顔は見えないが可愛い笑顔が目に浮かぶ。
『あのあの! せっかくなのでもう少しどうですか? 実は達成できてないクエストが結構あって』
『俺も一人だと厳しいクエストは残ってるから一緒にやろう』
『はいっ!』
その後、俺たちは時間を忘れてゲームに没頭した。
誰かとこんなに楽しくゲームをしたのは小学生のとき以来かもしれない。
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