第三章

第53話


 俺が幼稚園のときくらいに発売された『ポケットガーディアン』略して『ポケアン』は人気を博し、それからも続編を出し続けている。


 夏も終わりに近づいていた頃、夏休みの宿題に終われているわけでもない俺は連日ゲームに明け暮れていた。


 そのポケアンの最新作が少し前に発売されたのだ。


 配信用にシナリオを進め、動画編集を行い、ユーチューブに投稿するという日々が続いている。


 最新作は発売後数日が一番ホットな時期なのでこれを逃さない手はない。詩乃とのコラボで登録者数が増えてきたのは確かだが、チャンネル登録者数を増やすにはそういう流行りに乗るのは大事なことだ。


 趣味で始めたゲーム配信だが、いつしかそれは趣味以上のものになっていた。


 努力をし、結果が出ることの喜びを知った。だから、もっと頑張ろうと思える。

 これもすべては詩乃とのコラボにより登録者数が増えたことが始まりだ。


『CutieKissです! よろしくお願いします!』


 ズズズ、とカップ麺を啜りながらテレビを眺めていると詩乃たちが歌番組に出演していた。


『CutieKissの皆さんは五人組ということですが、リーダーは誰がされているんですか?』


『一応、わたしです』


 詩乃がおずおずと手を挙げる。詩乃ってリーダーだったんだ。


『ほお。てっきり最年長の宮城さんか北条さんかと思いましたが』

 

 夏休み、詩乃に招待された俺は北条麻莉亜の別荘へと行き、三日間のバカンスを過ごした。


『最年少は牧園さんなんでしたっけ?』


 テレビの中では尚も会話が続いている。


『違いますよぅ。これでも由希奈はお姉さんなんです』


『最年少は小春ちゃんです』


『は! そうなんですか。落ち着いているのでそうは見えないですね』


『それは由希奈が落ち着きないってことですかねー?』


 そこで、どっと笑いが起こる。

 由希奈ちゃんって最年少じゃなかったのか。

 あれだけの時間を一緒に過ごしたわけだけど、まだまだ知らないことって多いんだなあ。


 北条さんの別荘では、今テレビで歌やダンスを披露しているアイドルが当たり前のようにいて、まるで学校の友達のように同じ時間を過ごした。


 こうしてテレビに映っている彼女たちを観ていると、あれは夢だったのではないかと今でも思わされる。


「……」


 スマホを見る。

 待ち受けは夏休みに詩乃と二人で撮った写真だ。恥ずかしいし、万一にも誰かに見られればヤバいだろうという理由で断ったが押し切られた。


 あの三日間で俺が得たものは大きい。


 なにせ、あの国民的アイドルである笹原詩乃と付き合うことになったのだから。

 優越感と罪悪感がごちゃごちゃになって、俺の腹の中でぐるぐると渦巻いている。


 とはいえ。


 あの旅行以来、詩乃も仕事で忙しいようで一度も会えていない。なので付き合っているという感覚はまだそこまで強くはない。


 ラインは毎日来るし、通話もするけれど、それはこれまでもやっていたことだから新鮮味はないのだ。


 そうやって会えない日が続き、気づけば夏休みも終わりを迎えてしまう。

 俺は学校は特別好きというわけではないので、夏休みの終わりのこの感覚は実に辛い。


 寝て目を覚ましたら時間巻き戻ってくれてないかなあと、現実逃避しながら眠りにつく。


 翌朝の寝覚めは最悪だった。

 憂鬱な気持ちのまま体を起こし、準備をしてさっさと登校してしまう。


 学校まで歩いているとスマホがヴヴヴと震える。俺は突然音が鳴るのが嫌で基本的に通知はバイブにしている。

 結局、突然バイブが起こるので驚きはくるのだが。


「もしもし?」


『おはようございます、ハルくん』


 詩乃からだった。

 俺たちの関係が進展したことをきっかけに、詩乃は俺の呼び方を変えた。

 以前も似たようなことを聞いたことがあったが『ハル様』というのは配信者である俺に対するものだそうだ。


「おはよう。どうかした?」


『いえいえ。そういえばハルくんは今日から学校だったなと思って。きっと憂鬱な気持ちでいるだろうから、わたしが晴らしてあげようかと』


「ああ、そりゃどうも」


 可愛いなあ。

 とは思いつつ、しかしついつい俺は照れ隠しでそっけなく返してしまう。


『ハルくんは学校嫌いですか?』


 呼び方は変えたけど、敬語はまだ抜けきってないんだよなあ。時々意識してるのか抜いてくることはあるんだけど、日常会話だと流れるように出てしまうんだろう。

 

「嫌いとまでは言わないけど、でも好きではないかな」


 少し早めに家を出たからか、周りを歩く生徒は少ししかいない。こうして通話をしていても俺を気にしてくることはない。


『楽しいと思いますけどね。わたしも、まあ、友達は少なかったりしたけど、でも好きでしたよ』


「どうしてその条件があって好きになれるんだ?」


『だって、学校には青春が詰まってるから』


 そのときの詩乃の声が、やけにクリアに脳内に響いたような気がした。どこか後悔するような、あるいは懐かしむような、不思議な感情が乗せられているように思えた。


『高校生は人生の中でもたった三年しかないんですよ。大人になってもできることはいっぱいあるけど、高校生のときにしか味わえないも、きっとたくさんあると思います』


「……そういうもんかな」


 詩乃の言いたいことは何となく分かる。

 大人は口を揃えて同じようなことを言うのだ。少数がとか、ごく一部がとか、そうではなくて大多数がそれを口にする。


 つまり、それはそういうことなのだろう。


『あーあ、わたしがハルくんと同い年で同じ学校だったらよかったのに!』


「そうだな。もしそうだったら、俺はきっと学校を好きになってただろうさ」


『わー、嬉しいこと言ってくれますね。けど残念ながら叶わぬ願いなので諦めますが、制服デートはまだイケますよ』


「制服デート……」


 なにそれ、良いじゃん。

 雑誌のグラビアのコンセプトのものもあるが、詩乃のそれは見たことがない。


『制服、探しておきますね。楽しみにしておいてください』


「ああ」


 そろそろ学校につくな。

 さすがに校内で電話はちょっとまずい。


「そろそろ学校につくから切るよ」


『あ、はい。未来に楽しみができたことですし、今日も一日頑張ってくださいね』


「ああ。ありがと」


 言って、通話を切る。


 詩乃のおかげで少しだけ元気が出た気がする。今日もなんとか乗り切りますか。


 覚悟を決めて教室に入ると、二学期が待ち遠しかったのかまばらに生徒が登校していた。

 まあ、俺が待ち遠しかったわけではないので全員にそれが当てはまるわけではないだろうが。


 登校しても駄弁る友達はいない。

 自分の席に座り、ソシャゲのデイリーミッションを終わらせる。


 ざわざわと教室の中が騒がしくなり始めた。ふと顔を上げると宮城の姿が見えた。

 彼女も俺の視線に気づいたのか、ちらとこちらを向いた。が、すぐに友達の方を向き直る。


 俺とあいつの距離間ももともとはこんなもの。夏休みに旅行したとはいえ、アイドルの知り合いという共通の秘密を持っているとはいえ、そこはさほど変わらない。


 俺は大人しく、隅っこで過ごすだけだ。

 それが嫌と思っているわけではないし、これが平和だと感じている。


 これでいいのだ。

 波乱なんていらない。

 これからも、この静かな学校生活を続けられればそれでいい。


「みんな、席につけ」


 始業のチャイムが鳴り、担任の教師が入ってくる。クラスメイトはダラダラと自分の席へと戻っていく。


 夏休みの間はどうだったとか、宿題はちゃんと終わらせたかとか、ああだこうだと話したあと、担任は最後にこんなことを言い出した。


「今日からうちのクラスに転校生が来る。始業式の前にちゃちゃっと紹介してしまおうと思う」


 その報告に教室内がざわつく。

 転校生か。

 イケイケな陽キャであろうと、派手なギャルであろうと、地味めな子でさえ、どんな人が来ようと俺が関わることはないだろう。


 だって、既存の生徒とすら関われてないんだし。


「それじゃあ、入ってきてくれ」

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