第22話
じりじりと日差しが肌を焼く。
気づけば春が終わり、本格的に夏に突入していた。ついこの前までは過ごしやすい気温だったように思っていたが、最近は外を歩けば汗が流れる。
夏休みが迫っているという考え方もあるが、どうしてもその前の期末考査がちらついてしまう。
それは誰もが思っていることなのか、教室の中で夏休みの話題で盛り上がるグループは見受けられない。
衣替えを済ませ、教室で授業を受けているだけでも視界に入ってくる景色は夏色に染まっていた。
「九澄って友達いないの?」
授業と授業の合間に挟まれる休憩時間、友達がどこかへ行ったのか一人になった宮城晴香が俺の席へとやって来る。
「急になんだ」
「いつも一人でいるからさ。でもなんか一人が好きってタイプにも思えないし」
「孤独を好む一匹狼ってパターンは十分にありえるだろ」
「ないない。基本的に羨望の眼差し向けてるじゃん」
「向けてないわ!」
嘘だろ。
いつの間にかそんな眼差し向けるくらいに寂しがっていたのか。しかも無意識ときたもんだからもう手遅れの可能性もある。
「ていうか、なんか用か?」
一緒にライブを楽しんだ日以来、ごくごくたまに昼飯を食べたりするようにはなったが、人の目がある教室なんかではあんまり声はかけてこなかった。
「用がないと声かけちゃダメなの?」
「いやダメとかじゃないけど。そういうの避けてたろ?」
「別にそういうつもりはなかったよ。あたしにも気分ってもんがあってですね」
言いながら、空いている前の席に腰を下ろす。制服のカッターシャツのボタンを二つ開けているせいで視線がどうしてもその肌色エリアに吸い寄せられる。
「人と仲良くやるのって結構大変なんだよ」
「俺がその苦労を知らないみたいな言い方するな」
「知ってんの?」
「中学時代は人並みには友達もいたんだ」
「なんで高校では友達作らなかったわけ?」
「作れなかったんだ! 俺のぼっちを深掘りしないでくれ。悲しくなる」
「……寂しいんじゃん」
うるせえ。
俺はせめてもの抵抗として彼女の言葉を肯定しなかった。それもあっちは気にしている様子はない。
「それで? 友達付き合いが大変だということと俺のところに来ることがどう関係あるんだよ?」
「空を飛び回る小鳥にも、羽を休める場所は必要だってこと」
「勝手に人を休憩場所にするな」
言いたいことは分かるが。
どれだけ仲が良くとも、とどのつまりは他人だ。口ではどう言おうと気は遣う。
となれば、ずっと一緒にいると疲れるというのも無理はない。
「というか、その言い方だと俺といるのは疲れないって言ってるように聞こえるが?」
「そう言ってるんだよ?」
「え」
ちょっと、え、なに。
急にどうした。
友達いないから人との距離感よく分かってないんだぞこっちは。そんな急に歩み寄られたら勘違いしてしまう。
ていうか。
もしかして勘違いじゃないとか?
一緒にいるうちに隣にいる心地よさに気づいてしまったみたいな?
「いやさ、結局嫌われるのが怖いから相手に気遣うわけでしょ。別に嫌われても問題ない相手だと気を遣う必要がないわけよ」
全然好感度高くなかった。
むしろどうなってもいい相手として観られていた。
「それでいて、わりと面白いっていうのが九澄といる利点かな」
「前文のせいで褒められてる気がしないわ」
俺が言うと、宮城はおかしそうに笑った。とはいえ、こうして学校で話せる相手がいるのは俺としても悪くないのでこれはWin-Winの関係といえる。
「あ、そうそう。九澄に言うことはあったわ」
思い出したように宮城は言う。
「なに?」
「九澄とのことをこの前お姉ちゃんに話したのよ。ライブ一緒に観てたのあっちも気づいたみたいで」
宮城の姉というとCutieKissのメンバーである宮城彩花だ。
そういえば詩乃からのその件に関しての連絡があったな。トロッコで近くに来たからというのはあるかもしれないが、意外としっかり見えてるんだな。
「それで?」
「なんかね、お姉ちゃんがあんたにめちゃくちゃ興味持ってるのよね」
「え」
どういう意味だ? と俺は首を傾げる。しかしそれに関しては宮城も眉をしかめるだけだった。
「心当たりはないのか?」
「こっちのセリフよ。まさか知らない間に知り合ってたってことはないでしょうね?」
「当たり前だ。そうそうアイドルと知り合いになんてなれるもんかよ」
答えると、だよねーと軽い調子で返事をしてくる。
「あたしとしては九澄をお義兄さんと呼ぶことに抵抗があるから、そういう感じなのかは訊いておいたの」
「そしたら?」
「そういうんじゃない。だって」
じゃあどういうのなんだろ。
単に自分の妹と一緒にいた男のことを気にしているだけとかだろうか。そうだな、その線が一番有り得るな。
もし妹の彼氏とかならどういう人間なのかは把握しておきたいだろうし。
「なにか分かったらまた言うね」
「ああ、よろしく」
頭の片隅にでも置いておくか。
と、思っていても多分そこまで重要なことじゃないっぽいから一週間後には確実に忘れてるな。
*
『もうすぐ夏ですね』
その日の夜。
時間のできた詩乃と二人でゲームをしていた。近々配信したいと言っていたスプラットゥーンの練習だ。
配信するからにはそれなりの腕にはしておきたい、という俺のこだわりが配信の時期を着々と遅めていた。
「そうだな。暑いだけで何もいいことのない季節だ」
『えー、そんなことないですよ。学生さんには夏休みとかあるじゃないですか?』
「夏休みといってもその期間分みっちり宿題出されるんだからゆっくりできないだろ。まあ、それにしてもゲームの時間を確保できるのは確かにメリットだが」
『ですです。それに、ほら、夏といえば海! プール! 夏祭り! と、様々なアオハルイベントがあるわけで』
「どれもこれも友達すらロクにいない俺には無縁なイベントなんだ」
『まさかハル様がそんな灰色学生ライフを送っているとは。わたしは驚きを禁じ得ません』
「言ったことあるよ」
カタカタと、会話が途切れればコントローラーのボタンを押すカタカタという音だけが部屋の中にある。
ディスプレイの中ではポップなキャラクターが銃やらローラーやらでペンキのようなインクをフィールド場に塗りまくっていた。
『分かりました』
「なにが?」
突然の納得に俺は当然のように訊き返す。
『灰色学生ライフを過ごすうちに夏に対してネガティブなイメージしか抱けないようになったハル様に』
「……言い方悪いな」
『この笹原詩乃。全身全霊で、夏の楽しさをご教授致します。夏が終わったとき、ハル様が「ああー今年の夏は最高だったぜ」と思わず言ってしまうくらい楽しませてみせましょう!』
「そこは思っててもいいだろ」
まあ。
もしも本当に、そんなことを思えるような夏休みを過ごすことができたのだとすれば、それはどれだけ幸せなことだろうか。
思い返すと夏をそんなふうに思ったのは小学生のときが最後な気がする。あの頃は友達もいて、わりと楽しかった記憶がある。
「そのために、とりあえず期末考査を頑張るよ」
『ゲームしている場合ではないのでは?』
期末考査はもう少しだけ先のこと。
俺はテスト前一週間に全力で勉強するタイプなのでそれまでに焦りは見せないのだ。
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