第21話
ライブがあった翌日。
まるであれが夢だったと思えるくらいに平和な、いつもと変わらない日常はやって来る。
けれどあれは確かに現実だった。
目を瞑り、音楽を聴けばあの景色が蘇ってくる。何となく気になるくらいの気持ちで参加したライブだったが、あれはハマるな。
次があればぜひとも参加したいと思わされた。人はこうして沼にハマっていくのだろう。
登校すると津崎一派を始め、至るところでCutieKissのライブの話題が上がっていた。
現地はもちろん配信やライブビューイングも実施していたらしく、実際はあの会場にいた数以上の人に観られていたというわけだ。
しかし。
それらの会話に参加できないのが非常に残念だ。これは友達を作るいい機会ではないだろうか、と思ったけどよくよく考えるとリスクが高い。
例えば、
『俺も実は好きでさ。そのライブ観たんだよね』
と話しかけたとする。
相手が俺を受け入れ体勢に入った場合もちろんこういう質問が飛んでくる。
『そうなんだ! 現地参加したの?』
この質問に対して、
『そうだよ』
と答えた場合、ああだこうだと聞かれて最終的に詩乃との知り合いであることが露見する恐れがある。
そうなれば俺がハルであることもバレてしまう。
もっと言えば、声をしっかり聞かれるだけでヤバいことが発覚したからなあ。
俺はもう学校で友達は作れないかも。
そんなことを考えながら羨望の眼差しを教室の中の生徒に向けていると、同じような目をしている生徒と目が合った。
そいつはニタリと俺に笑みを浮かべ、すぐに視線を逸らした。そしてすぐにヴヴヴとスマホが震えた。
差出人は『宮城晴香』である。
先程俺が目を合わせたのは彼女だ。
彼女も俺と同様に、姉である宮城彩花との関係を隠している。ある意味、同じ穴のムジナだ。
そんなことが発覚したわけだが、一体何用だろうか。一応帰りに連絡先は交換したけどまさかメッセージが来るとは驚きだ。
『お昼一緒に食べよ』
という実に心トキメクお誘いだった。こんなん不意に来たら思わずドキドキしてまうやろ。惚れてまうやろー!
基本的にぼっち飯な俺にすれば、断る理由もない。しかし突然俺と宮城が接近しても周りに不審がられるので、会合は学食で、ということになった。
ということで昼休み。
先に学食に到着した俺は日替わり定食を注文する。いつもは適当にパンで済ましたりするところだが、たまには定食も悪くない。
席を確保して暫し待っていると宮城がやって来た。
「おっすー」
「うす」
ギャルみたいなノリで現れる宮城に俺は慣れない返事をする。昨日はライブ会場という非日常感のある空間が俺のコミュ力を上げてくれていたらしい。
今はちょっと緊張している。
「九澄は定食頼んだんだ?」
「まあ、たまにはな。そっちは弁当か」
「そそ。あたしの手作りだよ」
「……料理とかできるんだ」
「意外だって顔失礼すぎない?」
「そんな顔してないよ」
「してたよ」
してたか。
まあ事実意外だと思ったので図星だが。
「それにしても、朝の教室は昨日のライブの話題一色だったね」
「そだな。あの輪に入れないのがもどかしかったよ」
「それな。正体隠してるのも辛いよね」
「お前は別に血縁関係であることを伏せればいいんじゃないのか?」
「いやいや、甘いよ九澄。問題はそこだけじゃないのさ」
どういう意味だ、と俺が首を傾げると宮城はウインナーを口に入れながら答える。
「そこを伏せて話すとする。確かに話ができて楽しい。盛り上がる。友達ができる」
「最高じゃん」
むしろマイナスポイントが一つもないように思えるのだが?
「よくよく考えてみなよ。そうなると必然的に次はどういう話題になる?」
「さあ」
「ちょっとは考えなよ。まあいいけど。きっとこう言われるわけ。じゃあ次のライブは一緒に行こうよってね」
「最高じゃん」
やはり俺のリアクションは変わらない。学校で友達ができてライブの感想も共有できて、さらに一緒にライブに行けるんだぞ。
「CutieKissのライブ当落の倍率知ってるでしょ。全員が当たる保証はどこにもないの。ていうか、そもそもあたしはお姉ちゃんの招待で観に行くから」
「なるほど。それができなくなるわけか」
「そう。関係者席は結構良い感じの席だから、普通に抽選するより見やすいんだよ」
「そこは譲れないと」
「そそ。というわけであたしはこれ以上ライブ仲間を増やすことはできないわけ」
「これ以上?」
「そ。これからもよろしくね、ハル様」
「……その名前で呼ぶな」
まあ。
楽しかったのは確かだし、こうしてたまにでも話す相手ができたのは嬉しいことだ。
宮城が好きなのはあくまで詩乃だ。
だから冷やかしで俺の配信を観たりはしない、らしい。昨日そういう話をしたところ、『別にあんたの配信には一ミリも興味ないから観ないよ』とハッキリ言われた。
それに、相手の嫌がることをするような奴とは思えない。そういう意味では、もしかしたらいい距離感で付き合えるのかも。
その日の昼休みは、ライブの感想の話でめちゃくちゃ盛り上がった。
*
その日の夜。
ライブのドタバタも一段落したようで、久しぶりに詩乃から連絡がきた。
一緒にゲームでもしようという誘いかと思ったが、そうではないことは彼女の一言目で察した。
『ライブのときに隣にいた女は誰ですか!? わたし、ハル様以外の人を招待した覚えはないんですけど! その割になんか仲良さげだったように見えたのですがあれは一体どういうことなのか説明をですね』
「いったん落ち着いてくれ。話がごちゃごちゃしてて動揺してることしか伝わってこない」
もしもしと言った瞬間にこれだからこっちも聞き取る準備ができていなかった。
もうひたすらに「???」という感じだ。
『昨日、ライブで隣の席にいた人と仲良さげじゃなかったですか?』
「ああー、まあ。別に仲良いわけじゃないけど、そう見えたのならそうなのかな」
『誰ですか。わたしに断りなく他の女に手を出した感じですか?』
なんでお前への断りがいるんだよ、とは何となく言えなかった。電話越しの威圧感がハンパないのだ。
隠す理由もないので、正直に話すが。
「あれはクラスメイトだよ。たまたまあの場所で遭遇したんだ」
『そんな偶然あります?』
「俺も驚いたよ。彼女は宮城彩花さんの妹の、宮城晴香っていうんだ」
『彩花の?』
何かを考えているような間が起こる。納得してくれればと思い、俺は詩乃の言葉を待った。
『確かに妹も招待するとか言ってたような……』
そんな感じで納得してくれた。ていうか、俺が他の人と仲良くなるのはいけないことなのだろうか。
そんな、嫉妬じゃあるまいし。
相手はあの大人気アイドルだ。そんな人がただの一般人である俺にそんな感情を抱くとは思えない。
『そういうことならいいです。ただしくれぐれも節度を保ったお付き合いをお願いしますね』
「はあ」
どういう意味だろうか。
よく分からないので適当に返事しておこう。
『それじゃあ今日はこれで失礼します。また時間あるときに連絡しますので、ゲームしましょ』
「ああ、うん。分かった」
今日は忙しいのだろうか。
言われて耳を澄ますと後ろから微かに音がする。どうやら詩乃は外にいるようだ。
『それでは失礼します。おやすみなさい、ハル様』
「おやすみ、詩乃」
そして電話は切れた。
なんか最後はちょっと恋人っぽいやり取りになってしまった。そう思うとなんだか急に恥ずかしくなったので、俺は頭を冷やすためにお風呂に入ることにした。
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