第20話
「あたしさ」
俺が悩んで言葉を詰まらせていると、宮城の方が話し始める。俺は早まる鼓動を抑えながら彼女の話に耳を傾けた。
「CutieKissの中でも詩乃ちゃんが一番好きなんだよね」
話し始めた内容に詩乃の名前が出てきたことで、俺の緊張はさらに高まる。それを表に出さないことに必死だ。
そもそも。
どうして急にそんな話をしてくる?
あれかな、カマかけてきてるのか?
どうして?
「詩乃ちゃんの出てる番組は全部観てるし、もちろんユーチューブだって毎回しっかりチェックしてるのよ」
「は、はあ」
ユーチューブを観ている。
つまり、詩乃とハルのコラボ動画にももちろん目を通しているということだろう。
確定だ。
わざわざここで俺にこんなことを話す必要はない。にも関わらず、言い淀んでいる俺にこんな話をしてくるということは、恐らくだが気づいている。
確証はないが、何となく勘づいているに違いない。それの確認をしているのか。
ならば俺の取るべき選択は?
確認してきてるということはつまり俺がハルだということの確たる証拠は持っていないことになる。
何とかして誤魔化すか? いやいや、そんなに上手いシナリオがこの短時間で思いつく自信がない。
「あんたでしょ、ハルって」
俺の考えがまとまる前に、宮城は確信を突いてくる。こちらの事情など一切お構いなしだ。
ここで誤魔化すルートを選んだ場合、一つでもミスをすれば最悪の事態に行き着いてしまう可能性がある。
ならば、ここはもう素直に白状してお願いした方がいいのでは? 後々のリスクを考えると、そっちの方がいいかもしれない。
俺が一番避けるべき事態は、学校の連中に正体がバレることだ。
「なんで分かった?」
「声」
「ああね」
なるほど。
顔は出していないし、俺がハルである情報はほとんどないに等しい。ゲームの手癖とかはあるかもしれないが、それは俺とゲームをしなければ分からないことだ。
それこそ、話し方や声だって実際に話さなければ分からない。言われても誤魔化せる程度のことだが、今回は関係者席にいるというのが一番のポイントだった。
「なんか聞いたことある声だなって。でも学校であんたの声聞くことはないし。それで考えてたら思い至ったってわけ」
「……あの、一つお願いがありまして」
「なに?」
「俺がハルであることは誰にも言わないでいただけませんか?」
「どうして? すごいことじゃん。今や大人気ユーチューバーでしょ。みんなからチヤホヤされるかもよ?」
「それが困るというか、それ以上に困ることがあるというか……」
俺はクラスでチヤホヤされるためにゲーム配信をしているわけではない。
誰かの話のネタにされるなんて言語道断である。俺は俺のためにゲームをする。
それに、もしも俺がハルであることが知られれば面倒なことになりかねない。
もし詩乃の熱狂的なファンがいれば嫌がらせとかされるかもしれないし。そうなると俺の平穏な学生生活が失われてしまう。
「ま、いいけどね。大人気アイドルの知り合いだなんて知れればいろいろ面倒だろうし。それはあたしもよく分かってるよ」
言いながら、宮城は俺の肩にぽんと手を置いた。俺が彼女の顔を見ると、ぱちりと可愛らしくウインクをしてくる。
「お互い、今日のことは他言無用ってことで」
「宮城……」
そうか。
こいつはこいつで宮城彩花の妹であることがバレるのを嫌がっている。理由は違えど、いわば俺たちは同じ穴のムジナということだ。
「まあ、詩乃ちゃんとデートした件については、後ほど詳しくお聞きするけどね?」
「なんでそのことを……」
そのとき。
場内の明かりが消え、周囲が一気に暗くなる。上を見上げると、スタンド席のファンがサイリウムを点灯させ、綺麗な景色を作り上げていた。
「とりあえず、今はライブを楽しもうよ」
宮城もカバンからサイリウムを取り出す。しかも四本。こいつめちゃくちゃファンじゃん。
しかもそれどうやって持つんだよ、とシンプルな疑問を抱いているとすぐに答えが分かった。
指と指の間に挟んでた。
いやそれ持ちにくいじゃん。二本でいいじゃん、と言いたかったけどその前にライブが始まってしまった。
まあ、そもそもそんなこと言えるような仲でもないが。
俺も買っておいたサイリウムを取り出して水色を点灯させる。どうしてか一本持ちの俺の方がおかしいみたいな空気があるなあ。
「やっぱり詩乃推しなんだね」
「……まあ、一応は」
そういうあなたも水色じゃないですか。四本あるんだから他の色にすればいいのに。なんなら五本買って全員分の色を点灯させればいいじゃないですか。
そんな感じでライブが始まる。
盛り上がるハイテンポな曲に始まり、興奮冷めやらぬまま次の曲へと繋ぎ、MCを挟めばしっとりとしたバラードを披露する。
CutieKissのいいところはこの曲のバリエーションだろう。それに加えてキレのあるダンスを披露している。
ライブパフォーマンスとして様々な仕掛けも用意されており、観ている側としても退屈しない。
トロッコに乗って会場内をぐるりと回る際にはアイドルが至近距離にやってくる。これはファンとしてはたまらないだろう。
詩乃は俺の存在に気づいたのか手を振ってくれたが、一瞬なぜかよく分からない表情を見せていた。
こうしてアイドルとしての彼女を見ると、いつも見ている彼女とは別人のように思えてしまう。
俺は凄い人と知り合ったんだなと、改めて思わされた。
曲と曲の間にある隙間時間にはトイレに行くこともあったが、隣の宮城とさっきまでの感想で盛り上がる。
ここだけを考えるなら、知り合いがいて良かったと思えた。感想を共有できるだけでやはり楽しみは何倍にもなるのだ。
そうこうしている間にライブはクライマックスだ。体感的には一時間程度しか経っていないが、もう三時間近くが経過していた。
メンバーそれぞれが胸に秘めた思いを吐露し、最後に全員で盛り上がる。
中にはあまり聴かない曲もあったが、生で聴いたことで印象が変わったりもした。
アンコールに応え、本当に最後の曲を披露し終えたメンバーはステージからいなくなる。
暗くなっていた場内に明かりが灯り、ライブの終了を伝えるアナウンスが流れ始めた。
「すごい良かったな」
そう言って、宮城の方を振り返ると彼女は堪えきれずに涙を流していた。目を赤く腫らせ、だらしなく鼻水を垂らす彼女に俺はそっとポケットティッシュを差し出した。
「……あ゛り゛か゛と゛」
一緒に帰る約束なんてしていないし、あっちもそんなつもりはないんだろうけれど、ここでそそくさと先に帰るのもどうかと思い、俺は宮城が落ち着くのを待っていた。
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