第19話


 CutieKissライブ当日。


 開演時間は十七時。

 余裕を持った到着をと思い、俺は現地に十五時にやってきたのだが、既に会場前はファンでいっぱいだった。


 まだ開場はしていないので仕方ないが、これまで見たこともないような数の人を目の当たりにした。

 まるで巣にいる蟻のよう。

 これだけの人数を空から眺めれば、ゴミのようだと揶揄してしまうのも無理はない。確かに塵のような存在だ。


「とりあえず物販でグッズを買いたいんだけど」


 どこにあるのか分からない。

 会場付近をふらふらとさ迷っているとようやく看板を見つける。物販会場にも多くの人がいて、グッズを購入するのに三十分はかかった。


 ちょうどその頃、開場時間になったらしく会場前にいたファンも少しずつではあるが中に入り始めた。


 それでもダラダラと喋り続けている奴らもいる。準備ができているのならさっさと入ればいいのに。

 周りのことをロクに考えてないな。


 そんな奴らの間をすり抜けて入口へと向かう。どこから入ればいいのか分からないので、とりあえず人の波に従って進む。


 前の人たちがチケットをスタッフに見せているところまでやって来た俺はそれに習って同じようにチケットを見せた。


「申し訳ありません、そのチケットの入場口はこちらではなくてですね」


「え」


 別に入口なんてどこでも一緒じゃないの? どうせ最終的には真ん中の会場に到着するんだろ?


 なんて言ったところでどうしようもない。それがルールというのなら従うだけだ。


「えっと、どこに行けば?」


 とはいえ、これだけの人がいて、その上右も左も分からず、更には目的地が不明とくれば辿り着ける気はしない。

 藁にもすがる思いで道を尋ねると、スタッフの人は優しく丁寧に教えてくれた。


 お礼を言ってその場を離れる。

 言われた通りに進んでいたそのとき、少し遠くの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「楽しみだな。席はあんまり良くないけど、望遠鏡持ってきたぜ」

「お、いいじゃん。さすが古参」

「俺は席良いから必要ナシ」


 津崎一派だ。

 ライブシャツにハチマキ、カバンにはCutieKissグッズの缶バッジやストラップがジャラジャラとついている。

 完全なオタク装備だ。


 あの装備の連中が街中ではびこっていれば違和感しかないが、この場所に限って言えばもはやあれが正装なまである。

 逆に俺みたいに軽装備の方がアウェイ感に襲われてしまう。一応ライブシャツは買ったけど、周りが重課金過ぎてこれでも無課金勢みたいだ。


 そんなことを思いながら、俺は津崎一派に見つからないようそそくさと移動する。

 

 ていうか、よくこの騒がしさの中であいつらの声を聞き分けることができたな。自分の聴力に感心する。


 開演時間が近づいてくるとどこの入口も混み合ってくる。入場までに時間がかかることだろう。

 そんな中、俺は言われたとおりに進んでようやく自分の入口に到着した。


 関係者が多く出入りする場所なのか、俺が近づいたことでスタッフが怪訝な顔を向けてくる。

 が、チケットを見せると普通に通してくれた。


 トイレを済ませて指定された席へと向かう。近くもなく遠くもない、けど普通に見やすい席が用意されていた。


 ここら一帯が関係者席なのだろうか。二人で来ている人が多い中、俺のような一人参戦の人もチラホラ見える。


 誰が誰の関係者なのかは想像もつかない。大人もいれば同年代くらいの人もいる。中には歳のいった人もいた。あれは誰かの家族だろうか。


 普通ならば家族とか招待するよな。詩乃の家族もどこかにいるかもしれないけど、顔も知らないしあっちも俺のことは知らないだろうから気にすることもないか。


 しかし、改めて見てみると男の数が圧倒的に少ない。普通のエリアなら男女比は逆だろうに。

 現時点で見つけた男性は一人だけだ。隣にいる女の子が「お兄ちゃん」と呼んでいたので恐らく兄妹。誰の関係者なのかは不明。


 何となく浮いているような気がする。


「あれ、あんた、九澄……だっけ」


 そのときだ。


 こんなところで呼ばれるはずもない名前を誰かに呼ばれた。周りに俺と同姓の人がいるのかもしれない。そんなことあるのか疑問だけど、反応して勘違いなら恥ずかしいし一旦無視しよう。


「ちょっと、無視?」


 今度はしっかりと、前まで移動してきて俺の顔を覗き込んできた。


「えっと」


 誰だ?

 髪は肩辺りまで伸びたミドルヘア。濃いめのブルーなのは恐らく染めているのだろう。

 ぱちりと開いた大きな目に整った顔立ち。化粧も目立たない程度のナチュラルメイクで、それこそアイドルにも負けていないくらいに可愛らしい。

 スラッとしているわりに膨らむべきところはしっかりと膨らんでいる。街中で見かければ思わず二度見してしまうだろう。


 こんな女の子、俺の知り合いにはいない。仮に顔見知りだったとしても、話しかけられるような仲ではないはずだ。


「絶対あたしのこと分かってないな」


「……あ、はは」


 図星なので返す言葉もない。

 すると、その女の子は俺の隣の席に腰掛けた。え、そこの席の人なの? いよいよ逃げられないじゃん。


「クラスメイトの顔くらい覚えときなよ。いくら接点がないとはいえさ」

 

 接点がなければ顔は覚えられないだろうが、と言い返したかったけどあっちが俺のこと覚えちゃってるだけに強くは出れない。


 ていうか、あれ、今この子なんて?


「クラスメイト?」


「そ。宮城晴香。思い出した?」


 宮城晴香。

 名前を聞いて思い出せれば苦労はない。改めて教室の中の風景を思い浮かべてみるが、それっぽい人はいても彼女だと特定することはできない。


「ま、まあ」


「絶対嘘じゃん」


 見透かされた。

 どうやら俺は嘘をつくのが苦手なようだ。


「九澄はなんでこんなとこにいるわけ? ここ関係者席だよ?」


「それはこっちのセリフでもあるんだが?」


「名前教えたげたのにピンと来ないか」


 宮城はやれやれと呆れた様子で首を振る。


「あたしは宮城彩花の妹だよ」


「い、妹……?」


 宮城彩花の妹。

 そう言われてみると確かに面影がないこともないな。アイドルの妹ならばここまで容姿のレベルが高いのも頷ける。


「あんまじっと見られるとさすがに照れるんだけど」


 頬をわずかに染めた宮城に言われて、俺は慌てて顔を逸らす。そのリアクションを見て「そこまで大袈裟にしなくていーよ」とげらげら笑われた。


「アイドルの妹ってんなら、クラスでもっと話題になるもんじゃないのか? うちのクラスって結構このグループのファン多いだろ」


「そだね。だからただ名字が同じだけってことにしてるの。幸い、宮城ってそこら辺に転がってる珍しくもない名字だからね」


 それで誤魔化せてしまうのか。

 面影はあるが、それは意識的に見ればの話であって、本人から無関係だと言われると違和感は覚えなさそうだ。


 それに、そんな偶然アイドルの妹がクラスメイトって方が信じられないことだろうし。


「で? 九澄は誰の招待?」


「えっと」


 逃げ場はない。

 適当に誤魔化してもいつかはバレる恐れがある。同じクラスなんだし、そのときのリスクを考えると伝えておいた方がいいのか?


 でも、こいつが広めてしまう可能性だってゼロではない。詩乃の招待であることはバラしつつ、ハルであることは伏せればいけるか?


 ならどういう関係なんだよ、て考えに至るのは必然だ。そうなると結局嘘に嘘を重ねていき、いずれボロが出てしまうだろう。


 ど、どうする……。

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