第23話
さすがの俺もテスト前になるとゲームの時間は減らさざるを得ない。ある程度自由にさせてもらっているのは成績をキープしているからである。
ここで成績を落とし、赤点を取るようなことがあればゲーム機を没収……とまではいかないだろうが、何かと面倒な制約が発動しかねない。
いつもならば帰宅して家の用事を済ませたら晩飯まではゲーム三昧なのだが、テスト前に限り、晩飯まで勉強する。
少し遅めの晩飯を終えるとゲームを開始する。やはりこれをしないことには一日を終えることなどできないのだ。
夜の数時間をゲームに充てるために昼に集中してその日の分のノルマを済ませる。
やるときはやる。
抜くときは抜く。
つまりメリハリが大事ということだ。
親父が帰ってくる時間には俺はゲームをプレイしているわけだが、それでも何も言ってこない。
息子に対して無関心というよりは、先程も言ったように信頼ありきの放置なのだと思う。そうだと信じたい。
そんな感じでテスト前に追い込みをかけ、迎えた期末考査当日。その日の朝はまるでお通夜かと思うくらいにいつも賑やかな教室内が静まり返っていた。
楽しい夏休みを迎えるためには、この期末考査を乗り越える必要がある。ただ終わらせるだけでなく、それなりの点数を取らなければ夏休みに補習をさせられてしまうからだ。
だからこそ、パリピも陰キャもギャルも喪女も、誰もが真剣に復習に取り掛かる。
それはもちろん俺も例外ではない。
いつもならダラダラとデイリーミッションをこなす時間も復習に費やす。
期末考査は全部で四日間。
一日、二から三教科のテストを実施し、終われば翌日の教科の勉強をする。
そうして全日程を乗り越えた教室内はこれまでの鬱憤を晴らすかのようにはしゃぎ回っていた。
終わってしまえばあとは結果を待つのみ。ここで心配したり不安になってももはや意味はなし。
もう全員がアルコール注入してるんじゃないかと疑うくらいにハイテンションである。
もちろん俺はその輪の中に混ざっていることはなく、自分の席でスマホをぽちぽちいじるだけだ。
これから発売するゲームのタイトルをチェックしたり、話題の過去作を確認しておく。
夏休みという圧倒的長期休暇を無駄に過ごすつもりはない。計画的に積みゲーを消化しつつ新しいタイトルにも手を出してやる。
俺も内心ではテンションが上がっているというわけだ。
『さて、今日は久しぶりにハルさんとコラボ配信したいと思います。ハルさんは学生さんなのでいろいろと忙しかったみたいですよ』
【お前アイドルやないか】
【お前のが忙しいだろ】
【ハル学生でこのレベルとか将来有望すぎん?】
『前回いただいてたスプラットゥーンをプレイしようと思います』
「だいぶ練習しました。何とか見れるくらいには上達してると思います」
その日、テスト期間という呪縛から解放された俺は前々から練習していたゲームの配信を実施していた。
スプラットゥーンというのは平たく言えば陣取りゲームのようなものだ。
エリア内をより多く、自チームのインクで塗った方が勝利の四対四のチーム戦。
インクをプレイヤーの方に向ければ相手を倒すこともできるが、それをしても直接勝敗には関わらない。
何度倒されようとインクを多く塗っていればそれで勝ち。自分の腕が少し劣っていてもチーム内でフォローし合えば十分に勝ちの目がある。
個々人の腕はもちろん必要だが、それよりも連携や作戦なんかが物を言う。
最近新作が発売され、子供から大人まで幅広い年齢層が楽しんでいるゲームである。
『このゲームはわたしがハルさんを引っ張っていきたいですね。いつも助けてもらってばかりなので!』
ゲームが始まる。
彼女が得意なゲームの中でも一位二位を争うのか、やはり詩乃はチームの中でも頭一つ抜けている。
軽快な動きで相手を倒し、その間に色を塗り、周りからの攻撃を避け、すぐさま反撃に出る。
費やしている時間が違うのか、とてもじゃないが俺には真似できない。
【ささしの相変わらずバカ上手いな】
【他のゲームからは想像できない俊敏さ】
【圧倒的強者】
俺も負けじと参戦するが彼女には及ばない。他のチームメイトがそれなりの腕ならばほとんどの試合が勝利で終わる。
笹原詩乃、恐るべし。
「今日はなんかどっと疲れた」
配信を終え、いつものように詩乃と二人で通話しながらのゆるゆるプレイを始める。
『慣れないゲームだったからですかね。でも最初の頃に比べたら見違えましたよ?』
「まあ、それなりに練習したからなー」
何となく、このゲームに関しては自分の伸びしろをあんまり感じなかったんだよな。
現にそこまでの成長はなかったわけだし。上手いといっても人並み程度。
次はもうちょっと楽しめるゲームができればいいんだが。
『ところでハル様』
「ん?」
カタカタと考え事をしながらゲームをしていると不意に名前を呼ばれる。
『テストが終わったということは、いよいよ夏休みですよね?』
「そうだな。今日でこの夏手を出すゲームもおおかた絞ったところだよ」
『ゲーマーの鑑ですね。なにか予定とかはないんですか? その、ほら、学校の友達とか』
「友達いないからなあ」
別にそういう楽しみ方を否定するつもりはない。友達とプールに行ったり遊園地に行ったり、なんなら公園ではしゃくだけの一日だってきっと楽しいに違いない。
叶うことならば俺だってそういうことをしたい、とも思っている。けど残念なことに友達がいない。
『あ、すみません……』
「いや別にそういう対応されるほど気にしてないから。詩乃は忙しいんじゃないのか?」
なにせ彼女は大人気アイドルだ。それはもう引っ張りだこに違いない。
『まあ、有り難いことに暇というわけではないんですが、それでもちょいちょいお暇をいただいてるんですよ』
「へえー、そうなんだ」
『なので、どうかハル様の夏休みをわたしにいただけませんか?』
「……どゆこと?」
急に言われて、俺の脳が思考を停止した。
『つまり、遊びまくりましょうということなんですが。自慢ではないですけどわたしもあんまり友達がいないので、お相手してくれるととても嬉しいのですが……』
俺の様子を伺うように、言葉を選びながら話しているのが何となく伝わってくる。
夏休み中、ずっと家に引きこもってゲーム三昧というのも悪くはない。けど、詩乃とどこかに出掛けるのもきっと楽しいだろう。
俺はふと、そんな光景を思い浮かべて笑みをこぼしてしまう。
「俺の方からお願いしたいくらいだよ。今のところ俺のスケジュールは真っ白だから、いつでも予約入れ放題だぞ」
『じゃ、じゃあまた日程の方は連絡しますね!』
急に声が跳ねる。
喜んでいるのがそれだけで伝わってきた。
『いっぱい思い出作りましょう!』
今年の夏はいつもと少しだけ違う夏になりそうだ。そのことを考えて、俺はキャラに似合わずワクワクしてしまっていた。
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