第24話


 その日、宮城彩花は実家に帰ってきていた。

 高校在学中にスカウトされアイドルとしてデビューした彼女は、卒業と同時に一人暮らしを始めた。


 別に家族と不仲なわけではないし、家にいるのが窮屈と感じていたわけでもない。ただ、自立しようと思い至っただけ。


 なので、休みの日なんかには実家の方に顔を出す。大人気アイドルになったといっても、家族からすればただの家族。特別扱いを受けるわけでもなく、今まで通りのありのままの自分でいられる。


 一つ、面倒なことがあるとするならばご近所さんに顔を見られたときだ。十中八九サインを求められる。

 それを無下にするのは悪いと思い、内緒でという約束のもとサインをするが、果たしてどれだけの人がその約束を守ってくれているのだろう。


「ねえ、晴香」


 夕食を終え、妹の晴香とリビングでバラエティ番組を観ていたときのこと。

 名前を呼ばれた晴香は視線はテレビに向いたまま、「んー?」と声だけを返してくる。


「あんたのクラスメイトの、なんだっけほら、この前ライブに来てた」


「九澄?」


「そうそう。九澄くん」


 前回のライブに招待した妹が珍しく誰かと盛り上がっていたことが気になった彩花が訊いたところ、それがクラスメイトであることが分かった。


 しかも、あろうことかそれがメンバーの笹原詩乃が崇拝しているハル様だというのだから人の縁というのは不思議に思う。


 関係者席での出会いなので確率的にはあり得る話だが、それを言うならクラスメイトである二人が共に関係者という時点で珍しいと言える。


「九澄くんってどんな子?」


 そう訊いてみたところ、晴香は怪訝な表情を浮かべて彩花の方を振り返ってきた。


「なんでそんなこと訊くの?」


 尤もな質問だ。

 突然自分のクラスメイトの男子のことを訊かれれば、例えそれが大人気アイドルでなくとも同じことを思うだろう。


「別に深い意味はないわよ。妹の交友関係が気になっただけ。ちなみにだけど、付き合ったりしてる?」


「してるわけないでしょ。第一、タイプじゃないし」


 はあ、と呆れたように息を吐きながら晴香が答えた。確かに彼女が好きなのはもっとイケメンの男だ。姉から見ても相当な面食いだと思う。


「まあ、でも、気を遣わないから一緒にいて楽ではあるかな。媚び売る必要もないしね」


「なるほどね。いい友達ではある、と?」


「うん、そうだね。友達かな。アイドルの話できるのあいつだけだし」


 晴香がここまで言うのだから、やはり悪い男ではないのだろう。それでいて、いくらゲームが上手いとしても詩乃があそこまで崇拝しているのだから惹かれる部分もあるに違いない。


「その子って彼女とかいるの?」


「いないよ」


 即答だった。

 即答してくるにしても「知らない」的な内容だと思っていただけに、晴香の断定には少し驚いた。


「訊いたの?」


「訊くまでもないよ。彼女どころか友達すらロクにいないし。学校では基本ぼっちだよ」


 ますます彼のことが分からなくなる。


 詩乃は一体、どういう人に惹かれているのだろうか。


 そんなことに頭を抱えていたとき、ピリリとスマホが音を鳴らす。仕事関係の連絡であることが多いので、気づいたときには確認するようにしている。


「……んん?」


「どったの?」


 不穏な声を漏らした彩花に晴香が振り返る。


「……あんた、海とか行きたいと思う?」


「んー? そりゃ夏といえば海っしょ」


 送られてきたのは一通のライン。

 それはCutieKissのメンバーである北条麻莉亜からだった。


 内容を要約すると『来月のまとまった休みにグループメンバーをプライベートビーチに招待したい』とのこと。

 麻莉亜の家は金持ちで、実家は大きく様々な場所に別荘を持っている。となれば、プライベートビーチの一つや二つ持っていても不思議ではない。


 来月にすっぽりとメンバー全員の休みが被っている日があるので、その日を利用して日頃の疲れを取ろうという考えなのだろう。


 内容はさらに『ご家族やご友人など、招待したい方がいるのであればぜひ』と続いていた。


 とはいえ、さすがに何人も連れて行くわけにはいかないので、せいぜい一人か二人程度だろう。


 それが彩花の場合は晴香であっただけのことだ。


「麻莉亜がプライベートビーチに招待してくれるんだってさ。行く?」


「え、行く行く行くに決まってる! プライベートビーチに行ける上にマリアンヌに会えるとか行かない理由がない」


「そういうことなら予定に入れておいて」


「でもあたしが行ってもいいの?」


「あっちが言ってきてるからね。家族や友人もぜひって」


「マリアンヌ最高じゃん。努力家だし面白いしそれでいて優しいとか弱点なくない?」


「……そんなことは、ないかな」


 ファンである晴香が見ることはない一面も、同じグループである彩花は垣間見る。

 彼女には彼女のウィークポイントはもちろんある。けれども、晴香の言うようにそれを上回るプラスイメージがあるのも確かだ。


「それってメンバーみんな来るの?」


「そうね。予定が会えば来るんじゃない」


「じゃ、じゃあ詩乃ちゃんも来るってことだよね?」


「……そうね。引きこもる予定があるとか言いそうだけど」


 彼女は分かりやすくインドア派だ。

 もしかしたら海なんかには興味を示さない可能性がある。そんなとこ行く暇があるならゲームするよ! とか平気で言いそうだ。


 その反面、メンバーとの時間を大切にしているところもあるので、やはり予定がなければ参加はするだろう。


「ええー。ちゃんと誘ってよ?」


 彩花としては気になるのは詩乃の参加か否かという部分ではなく、参加した場合に誰かを連れてくるのかというところにある。


 自分でも言っていたが彼女は友達が少ない。もはやいないといってもいいまである。


 家族のことはあまり話さないので、こういう場に連れて来るとは思えない。


 そうやって考えていくと、詩乃が連れて来るであろう人物はおおよそ絞られる。


「ちなみになんだけどさ」


「なに?」


「その九澄くんってアウトドアとか好きそう?」


「いやいや、根っからのインドア派だと思うよ」


 晴香はやはり、この質問に対しても即答だった。


「……そっか」


 この考えが杞憂に終わればいいのだが、恐らくそうはならない。

 であれば、そこで自分はどうするべきなのか。そんなことを考えながら、彩花はラインの返信を送った。

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