第61話


 その日、CutieKissは五人での仕事が入っていた。

 毎週放送されている国民的歌番組にて、新曲の披露をした。


 会場内はこれでもかというくらいに湧き上がり、またネット上でも多くのファンが書き込みトレンドにさえなっていた。


 そんなことはさておき。


 仕事終わり。

 久しぶりの五人での仕事ということもあり、牧園由希奈の提案で夕食を一緒に食べることになった。


 完全個室の居酒屋。

 もちろん未成年へのお酒の提供は許されていないので、ほとんどのメンバーはソフトドリンクとなる。


 しかし、ほどほどに滞在できて個室、かつ店長が顔見知りなのでプライベートが守られるという場所はここ以外にはない。


「いいよねぇ、こはちゃんは」


 笹原詩乃が羨ましそうに溜息と共にこぼした言葉に久那小春がぴくりと反応する。


「というと?」


「ハル様と同じ学校に転校したんでしょ? わたしも隣の席で授業受けたかったー」


「別に隣の席ではないんだけど」


 あはは、と小春は苦笑いを見せる。


「本当に好きですわね。彼のこと」


 北条麻莉亜は呆れたように言う。


 そのとき。

 コンコンとノックされ、個室の扉が開かれる。

 料理が運ばれてきて、机の上に次々と美味しそうなご飯が並ぶ。


「そういえばみんなハル様のことは知ってるんだよね?」


「ええ。一応」


「あの旅行楽しかったよねー。また行きたいなー」


 澄ました顔で言う麻莉亜の隣で由希奈が楽しそうに目を輝かせる。

 夏休み真っ只中だったある日、久那小春を除くメンバー四人はハル様こと九澄春吉らと二泊三日の旅行をした。


 といっても、麻莉亜の別荘に招待されただけなのだが、プライベートビーチがあったりして、そこら辺の観光地よりも充実した日々を過ごしたことだろう。


「五人の休みが三日も被るようなことがあればいいわね」


 宮城彩花は満更でもなさそうな口ぶりだった。


「小春は残念だったね」


「あ、うん。あたしも行きたかったなあ」


「なんで来なかったの? 彼氏とデート?」


「ちちち違うよ。アイドルなんだから彼氏なんか作らないってば」


「そんな常識、由希奈には通用しないわよ」


「その通りだよ。由希奈は由希奈の道をゆくのだ。めいっぱいイチャイチャしてらぶらぶするの」


 彩花の言葉にこれでもかと乗っかかる。今、由希奈の脳内にはイケメン彼氏の遊馬圭介の顔が浮かんでいることだろう。


「い、イチャイチャ……らぶらぶ……」


 何する気なんだ、とは訊かないことにしておいた小春だった。訊けば聞きたくもない答えが返ってくることが明白だったから。


「また機会があればお誘いしますわ。今度はスキーでもしましょうか」


「どんだけ別荘があるのかしら……」


「由希奈、羨ましすぎて嫉妬しちゃう」


 北条家の財力に彩花と由希奈がおののいたところで、詩乃が仕切り直すように無理やり話題を変える。


「そんなことより!」


 パンパン、と手を叩きながら詩乃が皆の注目を集めた。


「こはちゃん!」


「は、はい?」


 ビシッと詩乃に指をさされビクッと震える小春。


「もうすぐ文化祭なんだって? ハル様から聞いたけども!」


「あ、うん。そうだね」


「ハル様に余計な虫が近づかないようにちゃんと見張っててよね。これはこはちゃんを信頼しているからこそのお願いなんだから」


「ハル様はクラスでもいるかいないか分からないくらいの空気っぷりだから大丈夫だと思うけど」


「そんなことない! ハル様の魅力に気づいた人たちが押し寄せる可能性だってゼロではないんだから!」


 身を乗り出して言う詩乃に小春は後ずさる。


「ちょっと落ち着きなさい」


 そんな詩乃を落ち着かせるのはいつも彩花の役割だ。


「そうそう。文化祭で思い出したんだけどね」


 小春が言葉通り、思い出したように言う。


「うちの学校の文化祭の日、みんな仕事って入ってるのかな?」


「いつですの?」


「ええっと」


 麻莉亜に言われてスマホのスケジュール管理アプリを起動した小春はみんなに画面を見せる。


「二日目なんだけど」


「わたしは夜にあるよ」


「私もね」


「同意見ですわ」


「由希奈だけ仕事がない……だと……?」


「小春もないよ。安心して」


 なにを安心すればいいんだ、と言いながら自分でも思う小春だった。


「それがどうかしたの?」


「えっとね、実はこの前文化祭委員のクラスメイトにお願いされちゃって」


 彩花の質問に小春は言いづらそうに答える。


「なんて?」


 それに首を傾げたのは詩乃だ。


「おおよそ予想がつきますわ。私達に文化祭に出演して欲しい、といったところですわね」


「あはは」


 図星もばかりに小春が笑って肯定する。


 そこでそれぞれがふむと頷く。

 小春は自身の学校であるわけでもちろん拒む理由がない。


 夜からの仕事となれば朝から昼にかけてならば時間に都合がつくということだが、あくまでも仕事だけを見ればということだ。


 今回のこれは仕事ではなく、言ってしまえばボランティアだ。

 プロである以上、断る権利はそれぞれにあるし、断ったところで悪く言われる筋合いもない。


 それが分かっているからこそ、小春は強く言えないでいた。


 のだが。


「それってつまりハル様と文化祭回れるってこと? 嘘でしょまじでかこはちゃん天使すぎ!」


 ノリノリのメンバーが一名。

 もちろん詩乃である。


「あんたと春吉くんが二人で文化祭回ってたらニュースになるわよ。冗談抜きで」


「そんなこと言われましても!」


 春吉の方がそんなリスキーなことをするとは思えないが、彼は押しに弱いところがある。


 そして、詩乃のこの様子を見るに本気で押し切って回りそうなのだ。監視しておかなければ何をしでかすか分からない。


「……詩乃が行くのなら私も行くわ。放っておくと全ての週刊誌に見開きで乗ってしまいそうだし」


 呆れたように、諦めたように彩花が言う。

 彼女にとっては妹の文化祭ということにもなる。とはいえ、妹は姉妹であることを隠しているようなので他人のふりをしなければならないが。


 悲しい話である。


「由希奈もいいよー。圭介と回れないのは残念だけど文化祭は興味あるし」


 由希奈も軽いノリで受け入れてくれた。

 そうなると残すところはあと一人なわけだが。

 と、四人は麻莉亜の方に視線を向ける。


「そんな揃いも揃ってこちらを見ないでくださいます? 言われなくても参加させていただきますわ」


 照れ隠しなのか、ふいっと顔を背けながら麻莉亜も頷く。


「ほんとにいいの? みんな揃って出てくれるの?」


「うん。ハル様と文化祭回れるのなら」


「詩乃を見張らないといけないしね」


「そういうの楽しそうだしね」


「一人くらい小春の頼みだから、くらい言ってはどうですの?」


 がっくりと肩を落としながら呆れたようにツッコむ麻莉亜に小春が抱きつく。


「そんなこと言ってくれるのは麻莉亜さんだけだよ。ほんとに麻莉亜さんはメンバーいちの仲間思いだよ!」


「やめなさい。私はそういうのではありませんわ!」


 と。


 そんな感じで。


 春吉の知らないところで、そんなことが決まりつつあるわけだが。

 この結果、彼に何も降りかからないわけがないのだが、それはもう少しだけあとの話だ。

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