第62話
進展ってどのタイミングで起こすべきなの?
ふと思う。
友達から恋人になるというのは大きな進展なのは間違いない。
ならば、恋人になった二人に次に訪れる進展とはなんだろうか。
手を繋ぐ?
家に呼ぶ?
それとも、その、キス的なことか?
俺は今、詩乃との恋人としての付き合い方に悩みを抱えていた。
アイドルを相手にどうしても遠慮というか気後れしてしまう、という気持ちは常にある。
けどそうじゃなくて。
女の子と付き合ったことのない俺には彼女との距離の詰め方がいまいちピンとこない。
手を繋ぐ、というのが一つの進展だとするならば手は繋いだことあるんだよなあ。
じゃあ家に呼ぶ?
家にも呼んだことはある。
というか。
「ハルくん。次はこれしよ?」
現在進行形で家にいる。
詩乃の数少ない一日フリー。
自分の済まさなければならない用事はないのかと尋ねたが、すると詩乃は『そんなの仕事の合間にどうとでもなりますよ。それよりもハルくんと一瞬にいたいのです』と即答してきた。
であれば俺としても嬉しい限りだ。
「ああ、うん」
夏に付き合ってからおよそ二ヶ月くらい経つ。
そろそろ、次のステージへと進んでもいいのではないだろうか。
と、思う今日この頃。
次のステージというと、やはりキス……とか?
キスってどのタイミングでするもんなんだろうか。
こうして二人並んでゲームしてるときにするもんでもないはずだ。そんなの戸惑いしかない。
初めてのキスなんだし、やはりロマンチックな景色をバックにキザなセリフを吐いてからするとか?
ううん、想像できん。
「どうかしました?」
「え、なにが?」
「なんか、ぼーっとしてましたよ?」
「そんなことないけどね」
「してましたよ。だってわたしが勝ったんですよ?」
「ああ」
このゲームはどちらかというと俺の得意なタイプのものなので、これまで詩乃と何度か対戦したけど蒔けることはなかった。
結構な負けず嫌いなのでここに来るたびに勝負を申し込まれるのだが、日に日に強くなっていることは確かだ。
もうすぐ詩乃が勝ち星を上げる日もくるだろう。
それが今日になるとは。
「詩乃が強くなったのでは?」
「いやいや、いつもの手応えがなかったです。こんなのノーカンですよノーカン」
「勝ちは勝ちだろ」
「で、なにか考えごとですか?」
隣に座る詩乃が俺の顔を覗き込んでくる。
ふわり、とシャンプーなのか香水なのか分からないが女の子特有のいいにおいが鼻孔をくすぐる。
夏も終わり夜になると肌寒く感じる季節になったものの、それでも日中はまだ暑い。
詩乃は胸元の開いたVネックのシャツにミニスカート、素足をタイツに守らせている。
もちろんそれだけでは寒いので外を歩く際には上着を羽織っていた。
「いや、まあ、いろいろ」
まさか君とキスするタイミングを考えていたとは言えまい。
「気になります。ハルくんがゲームに集中できなくなるような考えごとをするなんて」
じじー、と詩乃はこちらに訝しんだ視線を向けてくる。
「ほんとに大したことじゃないから。ほら、もっかいしよう」
「次にわたしが勝ったら洗いざらい吐いてもらいますよ?」
「ああいいよ。勝てたらね」
もちろん、それから俺が負けることはなかったのであった。
しばらくゲームをしていた俺たちだけど、さすがに疲れてきたので小休止を挟むことに。
詩乃は毎度うちに来るときは何かしら持ってくる。ケーキだったりシュークリームだったりゼリーだったり。
俺が買うような安っぽいものではなく普段買わないようなちょっといいやつを買ってくる。
個数はいつも四つ。
こうして昼に二人で食べるようと、夜に俺と親で食べるようの計四つだ。
今日はプリンだった。
頭を使ったので甘さが染みる。
「うま」
「ですよね。わたし、ここのプリン大好きなんですよね。気に入ってもらえてなによりです!」
なんと言えばいいのかよくわからないが、程よく柔らかく程よく甘く、けれども味は濃厚で、みたいな。
詩乃も「んまーい」と満面の笑みを浮かべながらプリンを口にする。
そのときにふと、彼女の唇に視線がいってしまい俺は慌てて視線を逸らす。
さくら色の小さな唇。
考えると心臓がバクバクと激しく動く。
「ハルくん、顔赤いですよ?」
「き、気のせいだ」
「さっきからそればっか。なんか今日のハルくんは変です」
と、唇を尖らせながら言う詩乃だったが、ハッとなにか思い浮かんだように表情を明るくして、にたーっと笑いながらこちらを向き直る。
「さてはハルくん、えっちなこと考えてましたね?」
「ブフッ」
突然の口撃に俺は動揺する。
えっちなことというと少し語弊が生じるところだが、大きな括りで言えばそう言えなくもないところ強く否定もできない。
「あ、図星ですか?」
「ち、ちちち違うわ」
「わかりやすく動揺してる。アニメでしか見ないようなベタな動揺の仕方をしてる……」
ぐぬぬ、と俺は唸る。
「そんなんじゃないってば」
「わたしはいつでもオッケーですよ? なんならこのあとでも」
ぽっと頬を赤く染めながら言う。
しかし。
この人分かってるのか。
理由はともあれ、俺は一度拒絶されているんだけどな。
勢いに任せすぎたというのもあるし、あの頃はまだ正式なお付き合いもしていなかった。
配慮も思慮も欠けていたのは確かだが、それでも拒絶されたという過去は俺の行動に大きく影響を与えている。
経験のない俺が勢いに背中を押されたとはいえ、女性に襲いかかったんだぞ。
それをあんな形で拒まれれば二度目はどれだけ勇気がいることか。
「ばかなこと言うな。もうすぐ文化祭だから、憂鬱になってただけだ」
人の気も知らないでよく言えたもんだな。
「いいですよねー、文化祭。一緒に回りたいです。もちろん二人きりでという意味でですが」
「無理だよ。詩乃はアイドルだし」
「夢の話ですよ。それに、もしかしたら叶うかもしれないじゃないですか」
「そうだな。叶うかもしれないなー」
「全然叶うと思ってない言い方ですよね。二人きりは無理でもみんなでなら回れますよね?」
「んー。そもそも学校も年齢も違うからな」
しかし、そんな光景を想像してみる。
俺は文化祭を楽しみとは思っていない。
友達はほとんどいないし、クラスの催し物もほとんど関わっていない。
当日は適当に時間を潰して終わるだろう。
だが。
もし。
何かしらの奇跡が重なり、詩乃と文化祭を回ることができたとしたら。
「……まあ、一緒に回れたら文化祭も楽しいかもな」
きっと、俺はそう思うだろう。
もちろん、そんなこと起こりはしないのだが。
そのあとも俺たちはゲームをしたりどうでもいいことを話したりして時間を過ごした。
もちろん、健全な時間に詩乃は帰宅していく。つまり、えっちなことはしていない。
……。
どうしたものかね。
そんなことを考えながら、その日俺は眠りについた。
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