第65話
大人気アイドルが校内を歩いていれば当然だが注目の的となる。
変装とまでは言わないものの、帽子を被ったりメガネを掛けたり、マスクをしたりと最低限の工夫をしつつ、俺を先頭に大人気アイドルが文化祭を回っていた。
「え、あれってキューキス?」
「マジで? そういやさっきステージあったって」
「やっば。本物のオーラすげえ」
「あの男誰?」
「なにあいつ。なんでキューキスと一緒にいんの?」
などなど。
すれ違う生徒が好き勝手に言う。
言葉にするだけで実害がないことがせめてもの救いだろうか。
サインや握手をせがんでくる厄介なファンはどうやら見当たらないようだ。
まあ、一人が前に出ればそれに続くだろうとは思うけど。
「随分と注目されてるわね」
「貴方は睨まれているようですが?」
感心したように彩花さんが言う一方で北条さんがはてと疑問を抱く。誰のせいで注目されて睨まれていると思ってるんだ。
「まあ、そりゃあこんな冴えない男が大人気アイドル五人を引き連れて文化祭回ってれば睨まれるでしょ」
「どこに冴えない男がいるんですか? わたしが見る限りではカッコよくて優しい最強男の子しかいないんですけど?」
「あー、はいはい」
さすがにそんなこと言われても喜べない。詩乃の主観的意見過ぎる。
「まあ、地味めではあるよね」
「……あはは。否定はできないかも」
あっさりと認めてしまう由希奈ちゃんと久那さんであった。
「それで、どこに行くんですか?」
聞いたところによると一時間後にはここを出る予定らしい。それぞれ仕事があったりで忙しいのだとか。
残りの時間を考えても、回れるのは一つくらいだろう。
「由希奈はねー、お化け屋敷かなー」
「私は焼きそばを」
「そうねえ。せっかくだしこの映研の映画とかいいかも」
「断固メイド喫茶です!」
それぞれが思い思いに口にする。
「見事に」
「バラバラだ」
久那さんは一応案内する側なのか俺サイドで苦笑いを浮かべる。
以前から思っていたけど、この五人はいろんな部分で合わなさすぎる。どうして上手くやれているのかが不思議なくらいだ。
「全部は行けないので一つに絞ってもらうしか」
「じゃんけんでもする?」
久那さんが言うと、他の四人はむうっと唸る。じゃんけんというものに納得をしていないのか。
「話し合いで決まるならそれが一番ですけど」
ということで時間はないが、ここは一度話し合ってもらうことに。
「以前、夏祭りに行ったときに焼きそばを食べることを諦めました。忘れたとは言わせませんわよ?」
「確かあれよね、詩乃がどうしてもって言うから射的しに行ったのよね?」
「ち、違う……こともないけど、由希奈ちゃんもノリノリだったよね?」
「うええ、由希奈にくる? そうだっけなあ」
「つまり、今回こそは焼きそばを譲っていただきます」
「焼きそばなんていつでも食べれるじゃーん」
「ですです!」
「私はお祭りの焼きそばというものを食べたいのです。ただの焼きそばではないのです!」
「とりあえず詩乃と由希奈は脱落ってことでいいかしらね?」
「いいわけあるか!」
「ここは譲れません!」
ということで交渉決裂。
この間およそ一分である。
「よく分かんないけど全員で同じところ行く必要あるんですか?」
俺は問う。
そもそもの話だ。
五人で歩こうが一人で歩こうが変わらず注目は浴びるだろう。
集団でなくなれば声をかけてくる奴らもいるかもしれないが、それでも野蛮なことにはならないだろう。
それがファンというものだ。
「それは……」
彩花さんが言い淀む。
「確かにね。一つがよくないって言うなら二人くらいで別れればいいよ」
由希奈ちゃんが彩花さんを突き放すように言う。
「そうですわね。それで焼きそばを逃すくらいならば一人で行かせてもらいますわ」
「そーしよ。じゃ! 一時間後に校門前でいいよね?」
それじゃーねー、と由希奈ちゃんが手を振って行ってしまう。
「あ、あたし由希奈ちゃんについて行くね。あの人、放っておくと集合時間忘れて遊んじゃうから」
言って、久那さんが由希奈ちゃんの後を追う。
「それでは私も失礼しますわ」
「……さすがに一人で歩かせるのは危険でしょ。私も行くわ」
歩き出した北条さんに彩花さんがついて行こうとする。が、一度こちらを振り返ってきた。
「言っておくけど、問題になるようなことはしないでよ?」
「はーい」
念を押すような彩花さんの言葉に、分かったのか分かってないのかよく分からない返事を詩乃がした。
二人の背中が見えなくなったところで詩乃がこちらを向く。
「行っちゃいましたね」
「そうだな」
「仕方ないので、二人で時間を潰しましょうか。九澄さん」
わざとらしく少し大きめの声で、まだ聞いたことがないような他人行儀を見せる詩乃。
ここでいつもの調子を出すようなバカではないということだ。
こう見えて、詩乃は意外とずる賢い。
とりあえずその場所から移動することにした俺たちだが、詩乃は自分のリクエストであるメイド喫茶へ向かおうとするのかと思いきや、そんなことはなかった。
彼女の提案で俺が案内した場所は。
「ここがハルくんが授業を受けてる教室ですか!」
俺の教室である。
当然というほどでもないが、文化祭真っ只中のこの時間に教室にいる生徒はほとんどいない。
他のクラスは分からないが、少なくともこのクラスでそんなことをするのは俺だけだ。
昨日がそうだったから。
ということで現在、この教室にいるのは俺と詩乃だけ。
こんなところを他の誰かに見られれば問題になるかもしれない。
来ないだろうというだけで、絶対に来ないとは限らない。そんな中でこうして二人でいるのはどうにも心臓に良くない。
けれども。
俺は詩乃のこの提案を拒めなかった。
「どうして教室に来たがったんだ?」
分かっていながらもあえて訊いてみた。
「興味本位です。ハルくんが普段どんなところで過ごしているのか気になりまして。気持ち的には聖地巡礼みたいなもんですね」
「……ちょっと違うと思うけど」
「ハルくんの席はどこですか?」
きょろきょろと教室の中を見渡しながら詩乃が言う。
別にそこまで珍しい光景でもないだろうに。どこにでもある平凡な教室だと思う。
「ここだよ」
俺は自分の席に触れる。
すると、詩乃がその隣の席に座った。
「ハルくんも座って?」
時折、思い出したように敬語を抜く詩乃の声にどきりと心臓が跳ねる。
言われるがままに座ると、詩乃は満足げににぱーっと笑った。
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