第64話


 体育館ステージで行われたCutieKissのスペシャルライブはまたたく間に話題となり校内に知れ渡った。


 もちろん、知ったときには既にライブは終了しているので誰もが行けなかったことを悔やんだ。


 中にはどうして先に告知しなかったのかというクレームを飛ばす輩もいたが、それに関しては人が溢れて問題になることを防ぐためという答えが出された。


 ともあれ。


 どれだけクレームを入れようとも再度パフォーマンスが行われることはない。

 あの場にたまたま居合わせた人間だけが謎の優越感を得る形でこの一件は幕を閉じた。


 のだが。


「……あのー」


 特別ゲストを迎えるための臨時控室があり、俺はそこに呼び出されていた。


 恐る恐る中に入ると、そこには文化祭実行委員らしき生徒とうちのクラスの文化祭実行委員。

 それに加えてCutieKissのメンバーの方々が揃っていた。


「それで、これは一体どういう?」

 

 嫌な予感をひしひしと感じつつ、俺は訊くしかないこの状況の説明を求めた。


 それに対して口を開いたのはうちのクラスの文化祭実行委員の人だった。

 眼鏡をきらりと光らせる女子生徒。関わりはなく興味もないので名前は知らない。


 とりあえずこの場は眼鏡さんとでも呼んでおこう。


「私はこの文化祭を成功に導くために久那さんに一つの依頼をしたの」


「はあ」


 そこは分かる。

 久那さんの繋がりがなければこんなことは起こり得ないだろうから。


「メンバーに確認をしてくれた久那さんは出演の承諾に当たって一つの条件を提示してきたの」


「条件?」


 俺の頬を汗が伝う。

 おかしいな、この部屋はそこまで暖房が効いているわけでもないのだが。


「そ」


 俺の険しい表情と共に漏れ出た言葉に反応したのは久那さんだった。


「あたしが提示したのは、ステージが終わってから少しの間、九澄春吉くんに付き合ってもらうこと」


「は?」


 俺はなにも聞いていないのだが。

 そう思い、眼鏡さんの方を睨んでみせた。


「日頃教室で一人でいるあなたにはどうせ予定なんてないだろうと思って勝手にオッケーしました」


「おおよそその通りだけどせめて確認はしろよ!」


「嫌よ。万一にも断られたらどうするのよ」


 うざったそうに眼鏡さんは言う。

 ただの横暴じゃねえか。


「そういうわけなので、九澄くんにはこれから少しの間、あたしたちに付き合ってもらいます。いいですか?」


 久那さんが言う。


 いいですか、と言われても……。


 俺は久那さんの後ろにいる詩乃の方を見る。どうせこの話の裏には詩乃が絡んでいるに違いないからだ。


 さすがに空気を読んでいるのか、詩乃はいつもの調子ではなく、あくまでもアイドルとしての振る舞いを見せている。


 故にここでああだこうだと騒ぐことはない。が、俺には分かる。こちらを見る目は「いいですよね?」と圧をかけている。


 そのまま視線を横にスライドさせていく。


 彩花さんは詩乃の方を呆れたような目で見ているし、由希奈ちゃんはこちらに興味がないのか窓からグラウンドの方を見ているし北条さんは澄ました顔で黙っている。


「俺に拒否権はあるの?」


「ないね」


「……ですよね」


 確かに詩乃と文化祭を回れれば楽しいだろうとは思った。


 思ったけども。


 こういうことではないぞ。

 このメンツと俺に関わりがあることが学校の人らに知られれば面倒なことになる。


 できることならそこは伏せておきたい。


 詩乃だけでなく、メンバー全員と顔が知れていることがバレればファンから確実に嫌がらせを受けることになるだろうし。


「そういうわけで私達は退散します。あとはよろしくお願いしますね、えっと、そうそう、九澄くん」


「クラスメイトの名前くらい覚えとけ」


 自分のことを棚に上げて言う。

 そんな俺のせめてもの口撃など気にもしない様子で眼鏡さんともう一人の実行委員は部屋を出ていった。


 それを久那さんが確認したところで詩乃の他メンバーにアイコンタクトを送る。


 そこで。


「ハルくーん!」


 詩乃が起動した。

 俺に向かって飛びかかってくる。


 俺はそれを受け止めようとしたけど勢いが強すぎてそのまま床に倒れてしまった。

 結果、詩乃のそれがタックルになってしまった。


「それで、これはどういうことだ?」


「なにがですか?」


 きょとん、と首を傾げる。


「文化祭で歌うならせっかくだし文化祭楽しみたいよねって思うでしょ?」


 詩乃の代わりに答えたのは由希奈ちゃんだ。


「そしたら詩乃が春吉くんと回りたいって言い出して聞かなくなるでしょ?」


 知らんがな。

 続いた彩花さんに心の中でツッコむ。


「そこで譲歩案として私達が同行することになったわけです」


 それに北条さんが付け加える。


「ほんとは二人きりで楽しみたかったんですけど、みんながうるさいので大人なわたしが仕方なく折れました」


 詩乃はそう言うが他のメンバーの顔がそれを否定している。だいたいどういうやり取りがあったのかは予想できた。


「そういうわけなので、ハルくんには少しの間あたしたちに付き合ってもらうよ」


 話をまとめるように久那さんが言う。

 それに詩乃がぴくりと反応した。


 しかし。

 

「さ、早く案内してよ。時間は限られてるんだし」


「庶民の文化祭というのも興味ありますわ。焼きそばはあるのかしら?」


 文化祭を楽しむことに意外と乗り気な由希奈ちゃんと北条さんが空気を変えたことで、詩乃は何も口にできないまま終わった。


 一瞬、なにか言いたげな顔をしてたように思えるけど気のせいか?


 ていうか。


「もしかして、俺はこの五人を相手にするということ?」


 俺の質問に、部屋の中のアイドル五人は同時にこくりと頷くのだった。

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