第49話


 着替えた俺は詩乃と合流し、別荘の庭的場所へと案内された。

 セレブの家にあるような光景に俺は一瞬言葉を失ったが、北条さんはしっかりセレブだということを思い出す。


「もう大丈夫なの?」


「ああ、うん」


 肉を焼いてくれているのはこの別荘にいる執事やメイドさんで、他のみんなは食べることに専念している。

 本当に至れり尽くせりである。


 俺が座るとお皿とコップを持ってきてくれた宮城が隣に座ってくる。

 どうやら心配をかけていたらしく、俺は問題ないことを伝えようと少し大袈裟に言った。


「食欲はありますの?」


 さっきまで海で遊んでいたのか、俺以外のみんなは水着にラッシュガードなりを羽織っている。

 シャツを上から着ただけの北条さんが様子を伺うように訊いてきたので、俺はこくりと頷く。


「食材はたっぷり用意しているので、遠慮せずに食べなさい」


「ありがとうございます」


 そんな話をしていると肉が焼けたらしく、宮城がてててと取りに行ってくれた。


 俺はコップに注がれていたオレンジジュースをすする。


「皆さん、筋肉痛とか大丈夫なんですか?」


「……私たちを何だと思っていますの?」


「なにって……ああ」


 そうだよ、この人たちアイドルなんだ。

 日頃からレッスンだなんだで体を動かしているだろうから、あの程度の運動ではダメージなんてほとんどないんだ。


「あたしもないよ」


「だろうな。動きに鈍さを感じない」


 宮城も運動不足ではなかったらしく、ケロッとしている。今の俺がさっきの宮城の動きをするには倍の時間がかかるだろう。


 京佳さんの方を見ても影響はなさそうなのでやはり俺だけが筋肉痛に襲われている。

 格好悪いなあ。


 圭介さんは相変わらず由希奈ちゃんにベタベタと張り付かれていた。今では少しだけあの光景が羨ましく思えたり。


「ねえ」


「ん?」


「なんかあった?」


 不意に宮城が訊いてきた。

 しかしそんな抽象的な質問を投げてこられても答えかねる。


「なんかって?」


 俺が訊き返すと、宮城はんんーっとわざとらしく唸る。そして、ちらと詩乃の方に視線を向ける。

 詩乃は彩花さんと話しながら肉を頬張っていた。


「まあ、ぶっちゃけ詩乃ちゃんと」


「ぶっちゃけだな……別に、何もないけど」


 関係がどうこうなったかと言われるとそんなことはない。俺も詩乃については違和感を覚える部分はあるけれど、その原因については思いつかない。


「ほんとに?」


「なんでそんなに疑ってくるんだよ?」


 雑談にしてはやけにしつこい宮城に俺はうんざりしたように返す。


「だっておかしくない?」


「なにが?」


「あんたがこうしてあたしや北条さんに囲まれているのに突入してこないなんて」


「……別におかしくはない……ことも、ないか?」


 それは俺が部屋で抱いた違和感に似ていた。

 別に俺が他の女性と話しているからといって全てに対して反応してくるわけではない。

 が、どういう感情からくる行動なのかは分からないが、宮城が言うような行動を取ってくるのも事実だ。


「あなたのその筋肉痛、昨日のビーチバレーが原因ではなかったりしますの?」


「……それはどういう意味で?」


 意味深に目を細める北条さんに俺はとぼける。この流れでそんなことを言われれば、彼女の言いたいことはなんとなく察する。


 それは宮城も理解したのか、うへえっと表情を歪ませた。


「え、嘘でしょ!?」


「……なにもないって」


「神に誓って?」


「誓って」


「けれど、詩乃の様子がおかしくなったのは今朝からですわ。その原因があるとすれば昨晩以外には考えられませんの」


「様子、おかしかったんですか?」


 俺が訊くと、北条さんは頷く代わりに詩乃の方に視線を向けた。

 北条さんが言っていたのは、なにも宮城の言っていたことだけではないのだろう。


「晴香さんは何か感じまして?」


「……んんー、まあ、なんとなく?」


「どういうことだよ」


 宮城は口をへの字に曲げて渋ったあとに諦めたように口を開いてくれた。


「詩乃ちゃん、朝からあんたの話全くしなかったから」


「へ?」


 なんだそれ、と思ってしまう。

 別にそんなことでおかしいと思うことはないのではないだろうか。俺だって別に詩乃の話をしないことなんてよくあるぞ。


 が、それには北条さんも納得なのか肯定するように小さく頷いた。


「無理もありませんわね。あなたは、あなたのいない場での詩乃の振る舞いを知る由はないのですから」


 それは俺が盗撮でもしない限りは絶対に見ることのできない光景だ。もちろんそんなことをするつもりはないのでこの先も知ることはない。


「言い方を選ばずに言うなら、めちゃくちゃうるさいよ。ハル様がーハル様がーって、もう鬱陶しいくらい」


「言い方は選ぼう?」


「ま、詩乃ちゃんだからそこが可愛く思えるんだけど」


 フォローするように宮城は付け足す。そのあとすぐに「まあ、内容が九澄なのが気に食わないけど」と続けてきたが。


「仕事の控室なんかでも、よくあなたの名前を口にしていましたわ。今回初めて顔を合わせましたが、私も由希奈も彩花も、皆あなたの存在は認知していましたし」


「……なにを話しているんだろう」


 ちょっと怖かったり。

 と、言いながらもなんとなく想像はできてしまう。その光景を想像すると恥ずかしくなる。


 詩乃が俺のことを悪く言っているとは思えないから。


「昨日もそうだよ。お風呂のときとかね。だからこそ、詩乃ちゃんの口から九澄の名前が出なかったのがすっごい違和感だった」


「そういうことです。で、もう一度確認しますが、昨晩は何もなかったのですね?」


 念を押すように北条さんが確認してくる。

 何も、というのは別に性的なものに限ったことではないのだろう。例えばゲームの最中に些細なことで喧嘩をしたとか、うっかり着替えを覗いてしまったとか。


 昨日、か。


 部屋に戻ってからは寝ちゃって変な夢を見て、起きてからは普通にゲームをして寝た。

 ゲームの最中に喧嘩なんかなかったし、言い合いになることもなかった。いつも通り楽しくプレイし盛り上がっただけだ。


 となると、やはり思い当たることと言えばあの夢のこと。

 やっぱり、あれが夢じゃなかったとか?


 にしては、詩乃は随分と普通なように思えるけど。


「なにかありますの?」


「なにかある顔してるけど?」


「ああ、いや……えっと」


 言えないよなあ。

 変な雰囲気になって気分が高まったから襲いかかったら詩乃に拒否されたとか。


「やっぱりやることやったの!?」


「だからそれはないって!」


 ただ、と俺は自信なさげに付け足す。宮城も北条さんもそれに反応して視線を俺に向けて言葉の先を促してくる。


「……それっぽいことは、あったのかも」


「かも?」


「煮えきりませんわね」


 俺は思い切って相談することに決めた。

 俺が覚えた違和感を宮城や北条さんも抱いていたということは、少なくとも何かがおかしいのだ。


 それを俺一人で解決できるとは思えない。


「ちょっと変な空気になって、それでちょっとだけそういうことになりかけて」


「ぼかしてるけど、それってつまりそういうことってことよね?」


 なおもぼかしてくる宮城に俺は頷きを見せる。


「けど、突然詩乃が素に戻ったように恥ずかしがって俺を押してきて、頭打った俺は気を失った。目を覚ましたとき、詩乃がいつも通りだったからそれは夢だったのかって思ったんだけど」


「夢かどうかの判断もつかなかったと?」


「夢とは思えなかったけど。ただ、そのときの詩乃といつもの詩乃があまりにも違いすぎて。その上、そんなことなかったように振る舞われたらそう思いませんか?」


「どうでしょう」


 すん、と澄ました返事をしてくる北条さん。


「けど、それが夢じゃなかったとしたら原因それだよね。ていうか、絶対夢じゃなかったでしょ」


「……そう、かな」


 俺が言うと、二人はタイミングを見合わせたように同時にこくりと頷いてくる。


「どうすればいいですかね?」


「さあ」


「分かりませんわ」


 せっかく相談したのに、あっさりと突き放された。なんだこいつら冷たすぎない?


 結局。


 バーベキューをしている間、俺は詩乃と一度も会話することはなかった。

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