第30話
電車を乗り継ぎ二時間、建物並ぶ都会の景色から一変、周りは自然に囲まれた田舎の駅へとやってきた。
駅前にはバス停があったが一時間に一、二本しか運行していない。ここで待つように言われているそうなので暫く待つ。
「コンビニって絶対に駅前にあるものだと思ってたわ」
「……言いたいことは分かるけど」
駅前の景色を見て宮城が呟く。
俺たちが日常を過ごしている場所は都会というに相応しい栄え方をしている。
駅前にはコンビニどころか様々な店が並んでいるし、バスは五分か毎に運行している。行き交う人の数は数え切れず、右を見ても左を見ても人工物が視界に入る。
ここはそれとは真逆と言っていい。
田舎町と言われて想像する景色そのもの。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
とにかく、何となくぼやっと想像はしていたけど実際にこの景色を目の当たりにしたとき、改めて思わされる。
田舎だな、と。
「やっほー!」
俺と宮城は見たことないような景色に言葉を失い、詩乃と彩花さんは雑談をしていた。
そんな俺たちに手を振りながら声をかけてくる人影があった。
真ん中の手を振る人に加えて、大きな男の人と小さめの女の子。段々と近づいてくるにつれて、その人物の正体が明らかとなった。
「あらら、もしかして由希奈たちが最後ー?」
彼女は牧園由希奈。
CutieKissのメンバーだ。彩花さんのときもそうだったが、詩乃以外のメンバーを目の前にすると声が出ない。
緊張というのもあるが、彼女たちの放つ芸能人オーラに気圧されているのかもしれない。
しかし、そんな俺とは違い宮城は牧園由希奈さんを見た瞬間に「きゃー!」とテンションのボルテージを最大限まで上昇させる。
「由希奈ちゃん! 本物だぁー!」
きらきらと瞳を輝かせながら牧園さんに近づいていく。
「もしかして彩花さんの妹ちゃん?」
「そ、そうです! 晴香って言います。サイン貰ってもいいですかー!」
「ああ、うん、いいけどあとでね。由希奈ちょっと疲れてるし」
「あ、ご、ごめんなさい」
何というか、テレビで見るのとあんまり変わらないな。そこら辺は詩乃とは違うようだ。
彩花さんもあまり変わっているようには感じなかった。詩乃が特別キャラを作ってるのだろうか。
「んで、そっちがなんだっけ、あの……アキ様?」
「ハル様!」
ベタなボケ方をする人だなあ。
詩乃が瞬時に訂正のツッコミをする。
「はじめまして、九澄春吉です」
一応、簡単に自己紹介だけしておく。牧園さんは「よろしくね。知ってると思うけど、由希奈は牧園由希奈。由希奈ちゃんって呼んでね」と疲れなど感じさせないテンションで言う。
呼べねえよ。
「言っとくけど、牧園さんとか呼んできたらお説教だから」
何かを企てているような悪い顔をしながら彼女は俺に言い寄ってくる。
「どうしてですか?」
「可愛くないから。あと、その敬語もやめて。気持ち悪い」
気持ち悪いってひどくないですか。
「見たところ、君は女の子とは無縁そうだし、そういうの慣れてなさそう。練習する? ほら呼んでみて?」
ほら、セイ! と催促してくる。ヘルプを求めるように周りに視線を送るが誰も応えてくれない。
なんだよこいつら、冷たすぎない?
「由希奈、ちゃん……」
「はい、よくできました。えらいえらい」
俺が呼ぶと、由希奈さんはにこりと笑って俺の頭を撫でてきた。何この子めちゃくちゃ可愛いじゃん。
由希奈ちゃん、か。
呼べる気がしないが努力しよう。彼女の指定する呼び方以外で名前を呼ぶと何されるか分からない怖さがあるし。
俺への絡みが終わった由希奈ちゃんは詩乃や彩花さんの方へ行く。唖然とする俺に寄ってきたのは、由希奈ちゃんと一緒にいた高身長のイケメンだった。
「悪いね、由希奈のわがままに付き合ってもらって」
色の抜けたブラウンの髪をワックスやら何やらでくしゃくしゃとセットするイケメン。
体は程よく筋肉質で、健康的な焼け方をしている。隣に立つだけで劣等感を刺激される。
何この人もアイドル?
「えっと」
「オレは遊馬圭介。シークレットだけど、由希奈のこれだ」
言いながら、彼は小指を立てる。
え、それって彼氏ってこと? アイドルなのに彼氏作っていいの?
と、内心で驚く。
それを表に出さないように意識しながら俺も「九澄春吉です」と自己紹介を済ます。
「んで後ろのあれが妹の京佳。基本的には妹と由希奈が友達でオレはその付き添いってことにしてんの」
「そ、そうなんすか」
「今回の旅行も男はオレ一人かと思って不安だったんだよ。他にもいてくれて助かったわ。いろいろよろしくな、春吉」
「あ、はい」
めちゃくちゃ距離詰めてくんな。
初対面の開始五分経たずしてナチュラルに下の名前で呼んでくるじゃん。これが生粋の陽キャか。
そりゃアイドルと付き合えるわ。
今のところ何一つ欠点が見つからないもの。
「ちょっと圭ちゃん。アキくんにばっかり絡んでないで由希奈の相手してよぉー」
「ハルくん!」
「あー、はいはい」
由希奈ちゃんに呼ばれて遊馬さんは行ってしまう。詩乃の機敏なツッコミには相変わらずノータッチだった。
そんな様子を眺めていると、詩乃が何やら俺の方をじとりと睨んでいる。俺なんかしたかなと首を傾げるとツカツカと近寄ってきた。
「なにか?」
訊くと、詩乃はむすっとした顔を見せる。理由は分からないけど何かしらの理由で不機嫌なのは分かる。
「ハル様、さっき由希奈のことなんて呼んでました?」
「え、えっと、由希奈……ちゃん?」
「わたしのときはあれだけ嫌がった挙げ句最後の最後まで呼ぶことはなかったのに、由希奈の言うことはすぐにききました」
ああ、それで怒ってるんだ。
そう言われてもなあ。
「ほら、詩乃は歳上の女の子だし」
「由希奈は歳下なんですか?」
「知らんけど」
「知らんけど!?」
彼女の正確な年齢は知らない。けれど、行動や言動から何となく歳上とは思えなかった分、呼びやすかったのかも。
「由希奈は十七歳です」
「同い年か」
歳下でないのは少し躊躇うが、けど同い年ならばぎりぎり許容できるな。それに何より由希奈ちゃんと呼ばなかったときが怖い。
ああいうぶりぶりキャラほど怒るとヒステリックだったりするしな。これは完全に偏見だけど。
まあ彼氏さんもいるから暴走することはないだろうし、暴走しても止めてくれそうだけど。
「こうなったらいよいよわたしのことも詩乃ちゃんと呼んでもらう他ありません!」
「いや、それはちょっと……」
「なんでですか!」
「歳上だし」
初対面のときは雲の上の存在であり歳上ということもあって躊躇ったけど、こうして詩乃のことを知った今では彼女のことを歳上としては接してないように思う。
結構子供っぽいところもあるし、そういう意味では呼べなくもないが、今更呼び方を変えるのも恥ずかしい。
「お願いしますよぉー」
その後、暫くの間、詩乃は俺にまとわりついていた。誰一人それに触れてこなかったのは何故だろうか。
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