第31話
由希奈一行と合流して暫く。集合時間ぴたりになったとき、俺たちの前にテレビでしか見たことないような高級車が停止した。
「え、なにこれ」
「お迎えでしょ」
俺の漏れ出た呟きに反応してくれたのは由希奈ちゃんだった。
彼女の言う通りらしく、運転席からスーツを纏った髭の生えた初老が出てきた。
メガネをかけており、アニメなんかに出てくる『じいや』を実写化したような風貌だ。
「お待たせ致しました。麻莉亜お嬢様より、皆様を迎えに行くよう命じられました執事の伊藤で御座います」
そして、俺たち側の扉が開かれる。それが中に入れという意味だと受け取り、俺たちは順番に乗り込んでいく。
「執事だって。萌えるわぁ」
由希奈ちゃん、キャラ濃いなあ。
「あれ、メンバーってもうひとりいますよね?」
全員が車に乗り込んだところで俺がそういえばと気づく。
「ああ、あの子は欠席よ。どうしても外せない用事があるらしいわ」
そう言ったのは彩花さんだった。
俺たちが乗り込んだことを確認して、黒くて長い高級車は走り出す。
俺、詩乃、彩花さん、宮城。
遊馬さん、由希奈ちゃん、妹さんが向かい合って座る。
各々がそれぞれ好きなように会話を始めるので車内は中々に騒々しい。少し移動するだけなのかと思ったが、時間にすれば二十分は走っていた。
田舎道なので信号もあまりなく、一定のスピードで問題なく進んでいく。
大勢の人に囲まれたからか、少し疲れた俺はぼーっと窓から外を眺めていた。
緑ばかりの景色は少しすると青空と海の景色へと切り替わる。写真でしか見たことないような光景に俺は小さく声を漏らす。
そしてさらに暫く車が走ると次第に建物が見えてくる。何となく、それが今回の目的地なんだと俺は察した。
俺の考えは当たっていたらしく、建物の前で車が停まる。
今回は北条麻莉亜の別荘にお呼ばれするという話だったけど、一体どこから敷地内だったんだろう。
「皆様、到着致しました。足元に気をつけて降車下さい」
執事の人がそう言うと扉が開けられる。外に出ると別荘らしき建物の前に一人の女性が立っていた。
長い金髪を風に靡かせながら車の到着を待っていたのだろうか。
ボンキュッボンというオノマトペがよく似合うスタイルを盛大にアピールするような、ノースリーブと短パンに身を包む圧倒的オーラを纏う女性。
間違いなく、彼女こそ北条麻莉亜だ。
「皆様、お待ちしておりました。どうぞ、中を案内しますわ」
気さくに笑いながら、車から降りた俺たちを建物の中に入れてくれた。
「お部屋はどうしましょう? 幾つか用意はしてあるのですが」
中に入ると大きなロビーがあった。天井は高く、見上げると大きなシャンデリアが飾られている。
家の玄関というよりは、ホテルのフロントと言ったほうが近いだろう。
「由希奈は圭ちゃんと一緒だよね?」
「いや、さすがにこういう場だし男女は別れたほうがいいだろ。春吉はそれでいいか?」
「あ、はい。大丈夫です」
由希奈ちゃんの早速の提案には少し驚いたが、薄々こうなるだろうと予想はしていたので俺は遊馬さんに従う。
後ろで小さく「ちぇー」と知った声が漏れ出たことには触れなかった。
「じゃあ京佳ちゃん、由希奈と寝よ?」
「うん。いいよ」
まあ妥当な流れだな。
そうなるとこのあともだいたい予想はできる。
「そうなると、私は晴香と一緒かしら」
「そーだね」
宮城姉妹が決まる。
余るのは詩乃だ。
「わたしは!?」
「詩乃は私と同じ部屋にしましょう」
北条さんが苦笑いをしながらそう提案する。
部屋割りが決まったところで、タイミングを伺っていたのかどこからかメイドさんが数人やってきた。
長いスカートに白いエプロンの至ってシンプルな装いのメイドさんだ。
「荷物をお部屋にお運びします」
「え、でも」
慣れない提案に俺は戸惑った。
「皆さんはお客様ですので、お気遣いなく」
そんな俺を見てか、北条さんがそう言うものだから、これ以上遠慮しては逆に迷惑がかかると思い荷物を預けた。
他の人も同様に預けていく。
そしてそれぞれがメイドさんに案内されて部屋へと向かう。俺は遊馬さんと並んで数歩前を歩くメイドさんを追っていた。
「悪かったな」
「え?」
急に謝罪されて俺は振り向いた。
知らない間に財布でもすられたのかと思ったけどそんなことはなかった。そもそも財布はポケットにない。
「いや、今日会ったばかりのロクに知らない歳上の男と同室ってのは気遣うだろ?」
なるほど、そういうことか。
あの場ではああいう他なかっただろうから、気にしてはいなかった。それでもわざわざ一言詫びてくるとは、さてはこの男いい人だな?
「いや、全然です。こっちこそ、同室がこんなのですみません」
へらっと笑ってみるが、どうにも上手くいかない。
遊馬さんが笑うとニカッと爽やかになるというのに、どうしてこうも違いが出るのか。
生き方だな、きっと。
「んなことねえよ。ま、せっかくだし少ない男同士仲良くしようぜ」
実に気のいいお兄さんだ。
こんな兄がいれば俺ももう少し爽やか成分を分けてもらえていたのかな。
今回の旅行で精一杯、爽やか成分を搾取するとしよう。
「遊馬さんは」
「圭介でいいぜ。仲良くなろうってのにそんなそよそよしい呼び方してるの変だろ。まずは形からだ。な?」
「あ、はい」
やべえなこの人。
グイグイ距離詰めてきやがる。しかも不思議と嫌ではなく、不快感も感じさせない爽やかさ。
「圭介さんは由希奈ちゃんと同じ部屋じゃなくてよかったんですか? お二人って、ほら……あれじゃないですか」
前にメイドさんがいるので一応気を遣い大事な部分は濁しておく。
「ああ。むしろ同じ部屋だと一生ベタベタしてくるだろうから、別室になってほっとしてるよ」
「嫌なんですか?」
「そりゃ可愛いとは思うけどな。度が過ぎてるんだよ。オレの言った一生って言葉を軽く捉えただろ?」
「……まあ」
一生なわけないしな。
せいぜいたまにベタベタしてくる程度だと思ったのは確かだ。
「比喩とか例えとかじゃないぞ。二人きりならマジでずっとベタベタしてくる。たまにはゆっくりのんびりしたいもんさ」
好かれすぎるというのも、いろいろ悩みが出てくるんだなあ。と、俺は他人事のように考える。
他人事なんだが。
「その点、今回は同室に春吉がいるから遠慮するだろうさ。文字通りというか本来の意味通り、バカンスだし羽を伸ばすとするよ」
圭介さんに、アイドルと付き合っているという事実を、そこまで重く考えている様子はない。
けれど。
それは牧園由希奈を応援しているファンからすれば残酷な現実なわけで、その関係は決して軽いわけじゃないはずなんだけど。
「圭介さんは由希奈ちゃんのこと……あ、すみません、彼女さんのこと由希奈ちゃんとか呼んじゃって」
「気にすんなよ。由希奈がそれを望んでるんだし。むしろどんどん呼んでやってくれ」
ハハ、と圭介さんは明るく笑う。
そして、それで? と言葉の続きを促してくる。
「由希奈ちゃんのこと、好きなんですよね?」
「ああ、好きだよ。幸せにしたいと思ってるよ」
「……アイドルと付き合うことについて、なにか思うことはありましたか?」
俺の質問に、圭介さんは少しだけ沈黙を作った。難しい顔をしているわけではないが、それでも答えを言い淀んでいるように見える。
「ま、最初の頃はな、いろいろと考えたさ。でも、由希奈だってアイドルである前に一人の女の子だし、誰かを好きになることはあるだろ。俺もアイドルとしてじゃない、一人の女の子としての由希奈が好きなわけだし。今では気にしないようにしてるぜ」
だから、と圭介さんは俺の方に視線を向けながら続ける。
「春吉もあんまり気にしなくていいと思うぜ。自分の気持ちに正直になるといいよ」
「へ?」
まさかそんなことを言われるとは思ってなくて、俺は間抜けな声を出してしまう。
それを見た圭介さんはおかしそうにクスクスと笑う。
「違ったか? ま、どっちでもいいんだけどよ。なにかあったら、俺はいつでも相談に乗るぞ」
「……ありがとうございます」
そんな話をしていると俺たちの部屋に到着したようだった。前を歩いていたメイドさんが足を止める。
そこで圭介さんは、この話は終わりだなと小さく言うのだった。
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