第43話


 表示されてグラフィックページにはヒロインの可愛らしいイベントグラフィックが並んでいた。


 朝起きたてで寝巻きが乱れている妹キャラ。

 階段の上から主人公を見下してちゃっかりパンツを見せてしまう委員長。

 芝生で無防備な寝顔を披露する後輩キャラ。

 部室で着替えているところをうっかり見られる先輩キャラ。

 放課後にデートまがいなことをして照れるツンデレキャラ。


 などなど。


 恋愛シミュレーションゲームにありがちなイベントを網羅したイベントグラフィックを横にフリックしながら次へ次へと眺めていると俺の手がぴたりと止まる。


「……」


「どうかしました?」


 俺の手が止まったことに気づいた詩乃がこてりと首を傾げる。

 そして俺の手の中にあるスマホの画面を覗き込んできた。


「……え、えっと」


 イベントグラフィックなのはそうなのだが、そのイラストの中に明らかなモザイクが施されている。

 男のそれが隠されているだけで、そもそもヒロインは半裸である。上の桃色の何かは完全にお披露目されているし。


 さらに言うならば、たまたま表示されたイベントグラフィックが詩乃に似ていると思った柚原芽依だったのでなお気まずい。


 そのグラフィックに写る柚原芽依は髪のアレンジを無くしている分さらに詩乃に寄ってしまっているせいで、その半裸ヒロインは完全に詩乃と化していた。

 もうそうにしか見えない。


「……ハル様には刺激が強すぎましたかね?」


 あはは、とさっきの戸惑いをまだ消化し切れないでいる詩乃が冗談混じりに言う。

 彼女の頬はほんのりと赤くなっているので、俺と同じ気まずさは覚えているらしい。


 詩乃はこのキャラが自分に似ていると思っているのだろうか。思っているのならその恥ずかしさは計り知れない。


「まあ、そだね」


 俺も余裕はないのでそんな返ししかできない。こういうときに気の利いたこと言えるやつが世の中のモテる男なんだろうな。


 壁ドンでもして「お前もこんな格好にしてやろうか?」くらい言えればいいのか? そんなの通報不可避じゃないか。


 非常に気まずい空気が部屋の中を満たす。俺たちはどうしていいのか分からず、うふふえへへとぎこちない笑みを浮かべるだけだった。


 そこに救いの手を差し伸べる人物が現れた。こんこんとドアをノックしてそれを待つことなく入ってきたのは宮城晴香だ。


「ふたりともいるー?」


 ひょこりと顔を出した宮城はベッドの上で微妙な空気を漂わせる俺たちを見て怪訝な顔をした。


「……えっと、事後?」


「んなわけあるか」


 なんでそうなる。


「いやなんか変な空気だったし。明らかに何かあったあとみたいな雰囲気だったし」


「別にそんな空気じゃないわ。ていうか、そういうことがあると思ってるならノックしてから返事を待てよ」


 もしそういうことしてたらどうするつもりだったんだよ。


「いやいや、そこを邪魔してやろうって魂胆だよ。九澄だけ良い思いし過ぎなの納得いかないし」


「……なんだそれ」


 ただ結果的にそのわけ分からない魂胆に救われたことになるわけなのだが。

 なので今回に限り不問としてやろう。


「ところでなにかご用ですか?」


 仕切り直すように詩乃が尋ねる。

 そうだった。さすがに邪魔するためだけに侵入してくるようなやつではないだろう。


「ああ、そうそう。今からみんなでレクリエーション大会するから大広間に集合ね」


「レクリエーション大会?」


 そういえばゲームがしたいとか言っていたような気がする。そんな記憶は風呂入って疲れと一緒に流れてしまっていた。


「そーそー。それでみんなに言って回ってるの。これは強制参加だから拒否は許さないよ」


「わかってるよ」


 それがルールだしな。

 ゲーマーはルールを破らない。それがどんなものであれだ。


「それじゃ、またあとで」


 じゃあね、と手を上げて宮城は行ってしまう。

 静かになった部屋の中だが、宮城の登場により空気がリセットされたため先程のような気まずい空気はなくなっていた。


 俺は持っていたスマホを詩乃に返す。


「拒否権ないらしいし、さっさと行くか」


「そうですね。でもその前にお手洗いだけ行ってもいいですか?」


「ああ」


 この別荘には一部屋一部屋にトイレとバスルームが設けられている。もちろん大浴場と同様に部屋の外にもトイレはあるのだが。

 まじでそこら辺の普通のホテルより居心地が良い。


 詩乃はスマホをベッドに置いてとてとてとトイレに行ってしまう。着替える必要もないし、特にすることのない俺はぼーっとしていたのだが、ふと詩乃のスマホが気になった。


 別に変な意味ではない。ただ画面がついていたから気になっただけだ。普通は置いていくにしても画面は切っていくなりするだろうに、無用心なやつだ。


 どっちでもいいけど気になるから画面は暗くしておいてやろう、と詩乃のスマホを手にした。


 そのときだ。


「……」


 目を見開く。


 さっきまでは十八禁のエロゲのホームページを表示していたスマホだが、そのタブを閉じたせいでか詩乃が黙々と見ていたページが開かれていた。


『奥手な彼をその気にさせる方法』という見出しで始まるそのページを、俺はついつい見てしまった。


 慌てて画面を切って元あった場所に戻す。


「……」


 え。


 え?


 あれどゆこと?


 あれかな、さっき見てたのはまた別のページであってあれは旅行以前に開いていたタブかな。

 だとしてもどうしてそんなもの見てたんだという話だが。


 奥手な彼って?


 詩乃の言葉を全て信じるならそういう相手はいないはず。それに俺への気持ちがなんなのかをハッキリさせる云々言っていた。


 あれ俺?


 え。


 俺、その気にさせられるの?


 いやいやいやいや。

 そんなはずは。


「おまたせしましたー……って、どうしたんですか?」


 俺がベッドの上で固まっているとトイレから戻ってきた詩乃がこてんと首を傾げながら眉をしかめた。


 どうやら彼女から見ると相当に変な様子だったらしいが、逆にどうしてそんな平然としていられるの?


 やっぱりそんなつもりは一切ないのか? 女子会のノリでそういうことを調べていただけとか?


 だとしたら意識してる俺がめちゃくちゃ恥ずかしいことにならない?


「……なんでもない。行こっか」


 考えても仕方ないな。

 忘れよ。


 頼むぜ、宮城。

 俺の中にあるこのモヤモヤを忘れるような夜にしてくれ。

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