第42話
お風呂を終えるとそれぞれ自分の部屋へと戻り、暫しの自由時間を過ごしていた。
「……」
部屋はベッドが二つ並んでいる他、テーブルやソファが一式。雰囲気的にはちょっとおしゃれなホテルの一室って感じだ。
快適に過ごすために必要なものはおおよそ揃っているが、必要ないものは一切置いていない。
中でも俺たちが惹かれたのは大きなテレビだ。自宅では拝むことのできないブルジョワだけに許される贅沢。
俺はてっきりこの大画面テレビにゲームを接続して思う存分楽しむつもりなのだと思っていたのだが、風呂から戻ってきてからというもの詩乃にそんな様子はない。
同じ部屋になったときに見せた、カバンの中のゲーム機をちらと見せることすらない。
ならばなにをしているのかと言うと、ベッドの上でスマホを触る俺のすぐ前で同じようにスマホを触っている。
ちらちらとこちらの様子は伺ってくるものの、なにかアクションを見せるわけではない。
けれど、同じベッドの上にいるということはそれなりに距離も近いわけで、そうなるとお風呂上がりのシャンプーのいいにおいがこちらに漂ってくるわけで。
二人きりということも相まって、変な気分になりつつある。そんなわけで俺はさっきからずっとソワソワしているのだ。
詩乃と一緒にいて、気まずいと思ったのは初めて会ったとき以来かもしれない。
あのときは正体を知らずに顔を合わせ相手が大人気アイドルであることに驚いた。
雲の上の存在であるアイドルと二人きりという状況に緊張と気まずさを感じていたが、笹原詩乃という人間を知ってそれはなくなった。
それに。
今、俺が感じているのはあのときの気まずさとは少し違うような気がする。
じゃあ何なのだと言われると言葉にできないのだが、さっきから心拍数がやけに激しくなっている。
スマホでは朝からいろいろあって消化できていなかったソシャゲのデイリーミッションを終わらせているが意識はほとんどそこにはなかった。
ぐるぐると。
悶々と。
思考を巡らす俺だったが、あるとき突然その沈黙が破られた。
「ハル様」
警戒というか、意識は完全に詩乃に向いていたのだが、それでも突然の発言に俺はびくりと驚いてしまう。
「な、なんだ?」
「見てください、これ」
何事かと思えば、詩乃はそういってずっと持っていたスマホの画面を見せてくる。
慌てた様子ではなく、興奮した様子でもない、至って平然とした様子でいる。
「なんだ?」
俺は詩乃のスマホの画面を見てみる。
そこにはゲームの発売を報告するページが表示されていた。
「少し前に発売された『アイドルパラダイス』というゲームを知りませんか?」
アイドルパラダイス?
これまで多くの作品をプレイしており、様々なハードに通じていると自負している俺だが、聞き覚えがなかった。
名前からしてアイドルが関係していることは間違いない。それにパラダイスという楽園を意味する言葉が添えられていることからハーレムという情景が思い浮かぶ。
アイドル育成ゲームか。
あるいは恋愛シミュレーションゲームか。
「知らないな。どういうゲームなんだ?」
あまりにも過去の作品であれば厳しいが、俺は毎月発売の新作はとりあえずチェックしているが本当に知らない。
「ヒロイン全員がアイドルの恋愛シミュレーションゲームです」
内容は予想通り。
「少し前っていつくらいだ?」
「去年くらいですかね」
んんー、と考えながら詩乃が答える。
去年ならば新作チェックは既にしていたはずだ。しかしその名前は微塵も記憶に残っていないというのは不思議なことだ。
どんなジャンルであっても把握しておきたいゲーム好きとしては遺憾な結果だ。
俺のプライドが許さない。
もう少しヒントを貰えれば思い出すやもしれん。
「ハードは? スイッチか? それともプレステ系?」
「パソコンです」
「エロゲじゃねえか!!!!」
そりゃ分からんわ。
エロゲは十八禁だ。もちろん学生である俺が買えるはずもなく、そもそも万が一買えたとしても堂々とプレイはできない。
なのでもちろんチェックもしていなかった。
「そうですよ。エロゲです。けどだからといって侮るなかれ。アイパラは名作中の名作です」
「そうなの?」
当たり前だがエロゲはプレイしたことない。
ただ、ギャルゲは何度かプレイの経験はあって、つまりそれに十八禁シーンがあるバージョンだと思っている。
中にはシナリオが良く泣けるとされる作品もある。アニメ化されたりもしており、全てがただエロを売りにしているわけではない。
それは理解している。
もちろん侮ってはいない。
「故にこうして家庭用ハードへの移植が決定したのです」
ああ、なるほどね。
そういうページだったんだ。
「ぜひハル様もプレイを」
「ああ、そこまで勧めるのならやってもいいけど」
「ちなみにハル様はエロゲはしたことありますか?」
「俺まだ高校生だからね?」
「そうでした。ギャルゲの経験は?」
「まあ、数える程度には」
「例えば?」
「ダカーポとか、リトバスとか」
「名作ですね」
俺でも知っているほどのゲームなのでさすがに詩乃も知っているようだ。言い方的にもしかしたらプレイ済みなのかも。
「ちょっとホームページ見てみてください。ヒロインが可愛いんですよ」
しゅぽしゅぽとスマホをいじってそのアイドルパラダイスの作品ページへと移動する。
そしてそのスマホをそのまま俺に渡してくる。こいつ、何の躊躇いもなくスマホ渡してきたな。
どうやらこのゲーム、ささいなことをきっかけに大人気アイドルグループの全員と出会った主人公とアイドルたちの恋愛模様を描いた作品らしい。
ヒロインは全員で五人。
それぞれが恋愛シミュレーションゲームによくあるツンデレだとか妹系とか、ベタな属性が設定されている。
その中の一人、柚原芽依というヒロインに視線が向いたとき、妙な既視感を覚える。
黒髪ロングのハーフツイン。
身長は低く、後輩系ヒロイン。
なんだろう。
どこかで見たような気がするんだけど。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでも」
俺の手元を覗き込んできた詩乃の方をちらと見ながら答える。そのときに俺はハッとして既視感の正体を理解した。
このキャラクター、外見が詩乃によく似てるんだ。
「キャラクターみんな可愛くないですか?」
詩乃は俺の思考など気にもせずに楽しそうに言ってくる。
このキャラクターが自分に似ているとは思っていないのかな。
「そうだな」
「せっかくなのでこのままシナリオグラフィックも見てみてください」
言って、詩乃はページ上にある『グラフィック』の部分をタップした。
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