第26話


 じりじりと熱い日差しが肌を刺す。

 何もしていないのに、ただそこにいるだけで汗が額から流れ、頬を伝い地面に落ちていく。


 この暑さをこうして体全体で感じると、ああ今は夏なんだと改めて思わされる。


 エアコンの効いた涼しい部屋でゲームをしていたい俺だったが、今日は珍しく電車に揺られて街の方まで出てきていた。


 車内が涼しかっただけに、ドアから一歩踏み出した瞬間の空気のむわっとした暑さは地獄のようだった。

 まるで重力がかかっているかのような思い体を引きずりながら改札を出て柱に背を預けてスマホを手にする。


 現在、午後の三時四十七分。

 約束の時間は四時なので、余裕を持った行動という意味では十分だろう。


 どこか日陰に避難しておこうかな。わざわざこんな日差しが直撃する場所で待っている必要なんてない。


 そんなことを思ったときだった。


「おーい!」


 と、改札の方からこちらに手を振りながら駆け寄ってくる人の姿が視界に入った。

 もちろん、そんなことをすれば周りからの視線を集めることになる。あの子は自分が有名人だという自覚があるのだろうか。


 時折、疑問に思ってしまう。


「待ちましたか?」


「いや、今来たとこだけど」


「あ、それデートの定番セリフですよね。もしかしてそれ言うためにちょっと早く来た感じですか?」


「そんなわけないだろ。集合場所には余裕を持って到着するよう心掛けているだけだ」


 まして、相手が大人気アイドルとなればさすがに気になる。こんな暑い中待たせてしまうと申し訳なく思うし、じっとしていると周りに招待がバレかねない。


 詩乃は黒茶の長髪をポニーテールで纏め上げ、ノースリーブのワンピースの上からサマーカーディガンを羽織っている。

 帽子を被り、赤縁のメガネを掛けており身バレ対策もバッチリな様子。


「そう言ってくれるハル様も素敵です」


 ぐへへ、と詩乃がだらしなく笑う。

 久しぶりに顔を合わせたのでこういうのもなんだか懐かしく思う。


 ライブの日に顔は見たが話してはいないので本当に一ヶ月以上こうして会っていなかった。であればそう思っても不思議ではないだろう。


「こうしてデートするのも久しぶりですね。わたし、この日を楽しみにしてたんです」


「俺も、まあ楽しみにしてたよ」


 こう口にすると恥ずかしさが込み上げてくるので、俺は誤魔化すように視線を逸らす。


「さて、では行きましょうか」


 本日の目的は俺の水着を購入するというのをメインにぶらぶら買い物をしようというものだった。


 水着がないことを詩乃に話したら間髪入れずに『買いに行きましょう!』と言ってきたのだ。

 買い物し慣れていない俺としてはアドバイザーがいるのは有り難いので、その申し出を受け入れた。


 さっそく駅を離れて適当に店に向かう。いろんなお店があるショッピングモールへと入る。

 電化製品やアウトドアグッズなど、様々な種類の店がある中でレディースからメンズ、子供用から婦人服など幅広いアパレルショップも見つかった。


 その中で俺たちが向かったのはスポーツ用品店だ。今回買うのはスポーツ用のものではないが、そのお店では普通の水着も置いていた。


「ハル様はどんなものが好みですか?」


「できるだけ地味なの。派手な模様とかあるのはちょっと」


 水着ゾーンのものをちらちらと物色する。どれもこれも何かしらの模様が施されている中で一つだけグレーの無地水着を見つけた。


「これとかいいんじゃないかな」


「いやいや」


 俺の言葉に詩乃がすぐさま否定してくる。


「え、なんで」


「普段着の服ならともかく、水着はある程度模様とかあった方がいいですよ。それだと逆に浮きます」


 どうして、と訊こうとして止めた。

 詩乃の言っていることを理解したからだ。周りが派手なものを着ているその場では派手な水着が普通なのだ。だからその中に一人だけいる地味な水着は目立つ。


 静かな場ではしゃぐ陽キャは目立つが、逆に周りがはしゃぎまくる陽キャばかりの場での陰キャが目立つのと同じ原理。


「なるほど。じゃあちょっと派手なくらいがいいのか」


「ですです」


 そう言われるといよいよ分からんな。

 地味なものを適当に買えばいいと思っていたから考えてもいなかった。好みで選べと言われてもそもそもが好みではないので判断材料としては弱い。


 だが。


 俺には奥の手が残っている。


 こんなときの為の彼女だ。


「どういうのがいいと思う?」


 選んでもらえばいい。

 詩乃はそれなりにセンスも磨かれているだろうし、彼女が選んだものならとりあえずハズレにはならなそう。


 ぶっちゃけ、こうなったら俺からすればどれも同じだし。


「わたしが選んでいいんですか?」


「ああ。オレには分からんから」


「ちなみにブーメランとかは」


「この辺のでよろしく頼む!」


 なにを着せようとしてるんだ。

 ああいうのは体に自信がある男が着るものであって、俺のようなヒョロガリが装備するものでは断じてない。


「それではですね」


 あれでもないこれでもないと水着を物色し始める詩乃。選び始めて三分ほどが経過したとき、彼女が両手にそれぞれ水着を手にして俺の方を向く。


 一つは赤色の生地に黒い柄が入ったもの。もう一つは白の生地に黒い模様が入ったもの。


「どっちがいいですか?」


「断然、白」


 赤は派手だろ。


「ちなみにおすすめは赤ですが」


「いや、白で」


「一度試着してみますか。着心地とかもありますし」


「白でいいんだけど」


「わたしここで待ってますので試着室で着替えてください」


「全然話聞かないじゃん」


 まあ、選んでもらっているので俺には詩乃の言葉に逆らう資格はないのだが。

 店員さんに案内されて俺は試着室に入る。ズボンを脱いでパンツの上から水着を履く。


「おおー」


 赤色の方を試着して詩乃に見せるとそんなリアクションだった。そのあとに白を見せると、やはり「おおー」だった。


 思っていたよりリアクションは薄い。


「白でもいいかもですね」


 どうやら赤は違ったらしい。

 何がどう違ったのかは俺には分からないけど、感想が変わるということは試着って大事なんだな。

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