第38話


「それではわたしたちのお願いをそれぞれ発表したいと思います」


 ビーチバレー大会が終幕し、俺たちは水着から着替えて別荘のダイニングに集まっていた。


 普段テレビでは気を張った服装で見ることが多いアイドルたちもプライベートということもありシャツに短パンやワンピースといった気の抜いた服装である。


 それが何となく新鮮ではあるのだが、そんなことよりも詩乃の提案というか命令というか、つまるところお願いというのが不安でならない。


 お金持ちの家にあるイメージの長い机に俺たちは腰掛けていた。


 由希奈ちゃん、圭介さん、俺、詩乃の並びと、彩花さん、宮城、京佳さん、北条さんの並びで向かい合う。

 それぞれの前にはオーダーしたドリンクが置かれている。俺の前にはカフェラテだ。店で飲むのより普通に美味い。これ飲み放題とかどうかしてる。


「晴香は決めたの?」


「んー、まあ、そうだね」


 悩むような素振りを見せる彼女は俺の方をちらと見る。そういえば俺が昼飯を奢り続けなければならない命令を下すとかなんとか言っていたが、あれは本気なのだろうか。


「これなに?」


 隣にいる圭介さんと由希奈ちゃんは話し合いの際に不在だったため、この状況を理解できていない。

 俺は軽い説明をしておいた。


「あたしの命令はね、このあとみんなでゲームがしたいから強制参加ってことでよろしく」


「へ」


 てっきり名指しで罰ゲーム宣言されると思っていたので宮城の予想外の提案に間抜けな声を漏らしてしまう。


「ゲームって?」


 隣に座っている彩花さんが訊く。


「それはお楽しみってことで。ただどんなゲームであっても強制参加してもらうから」


 うぇっへっへ、とイタズラを思いついた子どものような笑いを見せる宮城。

 ここまで念入りに強制参加というワードを強調しているし、あんまりいい予感はしない。


 が、俺の財布の中身が守られただけでも助かったと思おう。


「それ、オレらは?」


 ビーチバレーに参加していなかった圭介さんと由希奈ちゃんには強制参加のルールは及ばない。


「強制はしませんけど、せっかくだし一緒に楽しめればなとは思います」


「なるほどね」


 宮城の言葉に納得したらしい圭介さんはそれ以上はなにも言ってこなかった。


 宮城の提案が一段落したところで俺の隣に座る詩乃が立ち上がる。


 いよいよというか、なんというか。

 果たして何を言ってくるのだろう。


「それでは発表しますね。わたしの命令……それはッ!」


 カッと目を見開く詩乃は俺を指差す。そして少し遅れてその提案を口にした。

 俺を指さした時点で俺が大きく関係することになる。嫌な予感が百パーセントだが聞くしかないと腹を括る。


「部屋割りの変更を要求します。具体的に言うなら、わたしとハル様を同じ部屋にしてください!」


「んな!?」


 そんな要求が通るはずがない。

 俺たちは恋人同士ではない。いや、そもそも恋人同士であってもあまりよくないことだ。

 さらに言えば一般人とアイドルでもある。いろんな意味で確実にハネられる要求だ。


 が。


 詩乃はその要求を通すためにあのような提案をした。

 彩花さんの俺と詩乃は二人で会わないという命令を受け入れたのもこの要求を通すためだ。


「ちょっと、それはさすがに」


「拒否権はありませんよ。わたしはこの要求一つを叶えるためだけにビーチバレーを制したのですから!」


 誰も文句は言えなかった。

 詩乃の言うことは尤もだったからだ。


 だが、その中で手を上げたのはまたしても圭介さんだ。ビーチバレーに参加していないルール外の人間。

 今、詩乃に意見できるとすれば圭介さんか由希奈ちゃんしかいない。


「なんですか?」


「春吉と相部屋のオレはどうなるんだ?」


「好きにしてくれればいいですよ。わたしとハル様の邪魔さえしなければ」


「……邪魔はしないが」


「そういうことなら圭介は由希奈と同じ部屋でいいよね?」


 そのとき。

 ここぞとばかりに由希奈ちゃんが主張する。ガバリと圭介さんの腕をしっかりとホールドした。

 そういえばこの人は元々それを提案してきたんだっけ。由希奈ちゃんからすれば詩乃のこれは願ってもないことなのだ。


「……いや、でも」


「いいじゃん。ね、詩乃?」


「ね!」


 味方を手にした詩乃はいよいよ無敵だった。由希奈ちゃんも中々に強引なタイプなだけに、この二人が手を組むと厄介だな。


「……まあ、約束だし仕方ないわね」


 彩花さんも渋々だが受け入れたようだ。

 ここに俺の意見が介在する余地はあるのだろうか。いや、ないですよね。だって俺が発言しなくても話が進んでいってるもの。


「京佳さんは私と同じ部屋でもよろしくて?」


 どうしてかテンションの低い北条さんが京佳さんに言う。ビーチバレーで負けてからずっとこの調子だ。もしかして失敗したことまだ引きずってるのか?


「あ、はい。大丈夫です」


 そんな感じで部屋割りの変更が行われた。軽い雑談をしたあとに部屋の大移動を行う。といっても移動するのは詩乃と圭介さんと京佳さんだ。


 俺の部屋にやってきた詩乃はるんるんと自分のグループの曲をハミングしながら荷物を整理する。


「なんであんな提案したんだ?」


 なにも話さないのもおかしいと思い、俺はそんな分かりきったことを訊く。

 というか、雑談でもしないと緊張する。


 なにせ、自宅で二人きりとかそういうのとは少し違うのだ。


「ハル様と少しでも一緒にいたいからに決まってるじゃないですか」


 予想した通りの答えが返ってきて、俺は小さく息を吐く。詩乃はそれをどういう気持ちで言っているのだろう。


 もしも、万が一にも彼女の中に俺に対する恋心なんてものがあれば俺たちの関係は一変しかねない。


 彼女はアイドルで、俺は一般人。

 そこにそびえ立つ壁が大きくて、乗り越えるのが困難だからこそこうして曖昧な関係が続いている。


 けれど、詩乃の中には確かに特別な感情はあって、それが何なのかを知ろうとしている。


 それは俺も同じだ。


 そんな二人が、こうして同じ部屋で二人きりというのは少し危険な気がする。


 まあ、とはいえ普段の詩乃の様子を思い返せば、何か間違いが起こるとも思えないのだが。


「ゲームを持ってきました。今晩は楽しみましょう!」


 ほらな。


 彼女は恋を知らない。


 男女が同じ部屋で二人きりになることの意味を、一晩一緒にいることの意味を理解していない。


 きっとゲームをしていれば盛り上がって、変な空気になることもないだろう。


「俺もだよ」


 カバンからゲーム機を取り出してちらと俺に見せてくる詩乃に応えるように、俺も色違いのゲーム機を彼女に見せつけた。

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