第45話
王様ゲームというのは始まってしまった以上は割りとどういう命令をしてもまかり通る。
それこそ空気次第では女子にえっちな命令だって従わせてしまうのだから本当に何だって受け入れられる。
「ぐふふ、どうしましょうかねぇ」
口元をだらしなく緩ませた詩乃がまるでセクハラを企むオヤジのような笑みを浮かべる。
「一応言っておくけれど、まだ序盤だっていうこと忘れないでよ?」
呆れたような、あるいは諦めたような口調で彩花さんが言う。
「そうですねえ。とりあえず三番が王様の肩を揉むということで」
「意外と控えめだ」
驚きの声を漏らしたのは宮城だ。
彩花さんの言っていることを素直に聞き入れたのか、それとも詩乃も王様ゲームの流れというものは理解しているのか。
「三番は?」
「そう訊くということはハル様ではないと!?」
「うん」
ガーン、と分かりやすく落ち込む詩乃。そんなに俺じゃないことがショックだったのか?
「俺、別にマッサージ得意じゃないぞ?」
「別にそれはいいんですけど。軽い肉体接触で上手い具合に興奮してくれないものかと思いまして」
「思っててもそんなこと口にするな」
これを冗談ではなくマジで言っているのだから彼女は実に恐ろしい。
「あの、三番なのですが」
そんな俺と詩乃に遠慮して手を挙げていなかった北条さんがしびれを切らして名乗り出た。
「うげ」
「うげ、とはなんですの?」
「い、いや、えっと」
なにかよからぬリアクションが口から漏れ出た詩乃にギロリという視線を向ける北条さん。
尋ねられるとしどろもどろになる詩乃の思考はよく分からないのだが。
「では始めますわよ」
指をポキポキと鳴らしながら詩乃の肩に触れる北条さん。
その様子を見ていた俺に、心を見透かしたのか彩花さんが耳打ちしてきた。
「麻莉亜、握力強いのよ」
「……なるほど」
ほどなくして、詩乃の悲鳴が部屋の中に響き渡る。けど安心、なんとこの別荘の一室一室は防音対策がされているのです。
大声で叫んだって隣の部屋にすら迷惑はかからない。
それから何ターンか繰り広げられる。
序盤ということもあり命令は至って軽めで、それでも番号で当たってしまうと少なからず悔しさが残り、やり返してやりたいという気持ちが起こる。
そうやってターンを繰り返している間に、俺たちは見事に王様ゲームの流れに呑まれていた。
ゲームも中盤に差し掛かった頃のこと。
そろそろ少し命令の内容がエスカレートしてもいいのでは、というタイミングで王様を引いたのは宮城だった。
「どうしようかなー。そろそろちょっと刺激が欲しいですよねー?」
考えていることは同じらしく、んんーと指を顎に当てて考える宮城。
刺激は欲しいが過度なエスカレートは禁物である。ここは宮城のセンスが試される場面だ。
「一番と五番が十秒間ハグをする、とかどうですか?」
にたり、と笑いながら宮城がそれぞれに視線を移す。
「まあ、男の子もいるわけだしね。そろそろそういうの欲しいわよね」
と、彩花さん。
あれこの人意外と乗り気だな、と驚いたのだがいつの間にか彩花さんのところにはアルコールの缶が置かれていた。
お酒呑んでる……。
そっか、この人は成人してるのか。
「一番と五番は誰ですか?」
言われて、俺はもう一度自分の番号を確認する。あんまりしっかり覚えてなかったけど五番だわ。
うわ、確定で女子とハグじゃん。
しかも四分の三の確率で相手はアイドル。
「俺、五番だ」
「なんですと!?」
詩乃が本気で驚きやがる。
どうやらリアクションを見るに詩乃ではないらしい。ならば誰だと他の人を見る。
「残念。私も違うわ」
と、二番を見せる彩花さん。
「三番です」
と、京佳さん。
ということはつまり。
「私ですわ」
ぐぬぬ、と悔しそうに歯を食いしばる北条さんが一番の番号を見せてくれる。
「それじゃあお二人、十秒どうぞ」
恥ずかしそうに頬を染めながらも北条さんがこちらを向く。そして、手を広げて俺を受け入れる姿勢を作ってくる。
え、俺がそっちに行く感じ?
それはちょっと恥ずかしいのだけれど、今更どうこうも言えないしなあ。
北条さんも恥ずかしいだろうし、腹をくくるか。
「失礼します」
俺は北条さんの腕の中に収まる。すると彼女が俺の背中へ腕を回してホールドを始める。
ぎゅっと背中に回した腕に力を込めると自然と俺の胸に柔らかい弾力が押し付けられる。
今まで生きてきた中でこんなにも幸せな感触を味わったことはない。さらに耳元では北条さんの吐息を至近距離で感じることになる。
宮城が十秒数えているが、それが少し長く感じたのは、きっと目の前で詩乃が恨めしそうにこちらを睨んできているのを目の当たりにしたからだろう。
ようやく十秒が経過し、北条さんが俺から離れる。ふーふー、と呼吸を整える彼女は耳まで真っ赤に染めていた。
「これほどの屈辱を味わったのは人生で始めてですわ」
「そんな目の前で言わんでも……」
言いたいことは分かるけども。
屈辱だと目の前で言われる俺の気持ちを考えてほしい。いや、まあそれを差し引いてもお釣り返ってくるくらい幸せな時間だったけども。
やられたらやり返す、というのが王様ゲーム中盤以降の流れだ。内容がエスカレートすればするほど今の北条さんのような思考に陥る。
彩花さんがアルコールに呑まれてしまえば、いよいよストッパーは北条さんだけだったのだが、その彼女が一番最初に王様ゲームマジックにかかってしまった。
このゲーム、どうなってしまうんだッ!
「あ、わたし王様です!」
そして詩乃に王様のターンが回ってくる。
「覚悟してくださいね、みなさん」
「お、なにがくるー?」
段々とテンションがハイになってきた彩花さんが詩乃を煽る。なるほど、この人はアルコール呑んだら性格変わるタイプかあ。
「二番が王様と至近距離で十秒間見つめ合う! お願いハル様来てください!」
願いが口から漏れ出てる。
そういうのは思ってても口にするな。
「残念。俺は一番だ」
危ない危ない。
詩乃と至近距離で十秒間見つめ合うとか恥ずかしすぎる。ハグの方がまだ何倍もいいと思えるだろう。
「私ですわ」
「うげ」
「どうしてそんなリアクションですの?」
「ハル様じゃないから」
「失礼しますわ。ほら、さっさと終わらせますわよ」
そして詩乃と北条さんは十秒間見つめ合う。なんというか、バックに薔薇とかのエフェクトが広がりそうな光景だった。
なんだかんだ言ってた詩乃がしっかりと照れていたところが意外と可愛く思えたり。
「さあ、それでは次のターンです!」
宮城がくじを差し出し、それぞれが引く。
実を言うと俺はまだ一度も王様を引けていない。神様というのは相当な意地悪らしく俺に良い思いはさせてくれないつもりなようだ。
と。
そう思っていたのだがそうではなかったらしい。
「俺、王様だ」
どうやらここ一番で回ってくるようにタイミングを見計らってくれていたようだ。
神様ってばマジ神様!
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