第36話


「彩花さん、バレーの経験あるんですか?」


 試合が終わったわずかのインターバルに訊いてみた。


「ま、少しね」


「……少しってレベルじゃなかったような」


 正直、あのレベルを披露されると勝ちの未来が想像できなかった。北条さんの余計なプライドがなくても俺たちは勝てなかっただろう。


 ともあれ、これで俺たちは一敗。彩花さんチームが優勝に一歩近づいてしまった。


「次の試合はもう少しいい勝負ができるんじゃない?」


 次の試合といえば俺のチームと詩乃のチームの対戦だ。まあ詩乃はインドアだろうから実力の程は知れている。

 問題は宮城だな。運動神経は良さそうだけど、果たして詩乃の味方をしてくれるのだろうか。


「そうですね。詩乃は多分運動得意じゃないでしょうし」


 よくよく考えるとなんでそんな圧倒的不利な条件の勝負であんな無茶苦茶な要求を受け入れたんだよ。


「そうじゃないわよ」


「どういう?」


「晴香も多少なりはあるけど、私ほどの胸はないから見惚れたりしないでしょ?」


「な、なんのことですかね!?」


 胸見てたのバレてる?

 女性は自分への視線に敏感だというが、あれは本当なのか? その上相手はアイドルだ。もしかしたら人よりもそのスキルが優れている可能性もある。


「まあ、男の子だものね」


 からかうように笑う彩花さんから逃げるように俺はコートに戻る。


 第二回戦の始まりだ。


 一敗してしまった以上、ここで勝たなければ俺たちの優勝はなくなってしまうのか。


「頑張りましょう、北条さん」


「言われなくてもそのつもりです。北条の人間として、これ以上の敗北は許されませんもの」


 それ嫌な予感しかしないからやめてくれないかな。


「相手がハル様であっても勝ちを譲るつもりはありませんよ。わたしには野望があるのです」


「俺も負けるつもりはない」


 詩乃とのじゃんけんを済ます。今回は残念ながら負けてしまい、先攻を取られてしまう。


 ちらと宮城の方を見ると準備体操をしているところだった。どうやらやる気はあるようだが。


 かくして、試合が始まった。


「では、わたしから行かせていただきます」


 詩乃のサーブからスタートだ。

 彼女はアンダースタイルで安定したサーブをこちらに向けてきた。

 さすがだ、詩乃は自分の実力をしっかりと把握している。なのにうちの金髪の人とはえらい違いだ……。


「きますわよ!」


「はい」


 俺のところに来たボールをレシーブで上げる。それに反応した北条さんがトスをこちらに向けてくる、がそれが大変軌道の逸れた方向に行ってしまう。


 俺はそれをなんとかアタックで相手チームに返す。ほとんど経験のない人間のアタックにしては割と上手くできた方だと自画自賛してみる。


 が。


「オーライ!」


 野球部じゃねえぞ、とツッコミを入れる暇もなく、アタックに反応した宮城がレシーブを上げる。


 それを詩乃が不器用ながらにトスで繋ぐ。インドアの詩乃もそれなりに形にはなっているようだ。あんな要求を受け入れたのも自信があったからなのか?


「そおおれえええい!」


 宮城のアタックが俺たちのコートに叩きつけられる。


 無理だ。

 あれは取れんわ。

 胸が揺れていて視線を奪われたという言い訳もできねえ。揺れてないから。


「ちょっと、反応できたのでは?」


「すみません」


 無理だよお前やってみろよ。

 と、言えもしないことを心の中で思う。


「次は私ですわね」


「あの、分かってると思いますけど」


「言われなくても分かっています。皆まで言わないでください」


 俺が言おうとすると、北条さんがぴしゃりと言葉を切ってくる。とはいうものの、半信半疑の俺は疑いの眼差しを外さない。


 が、北条さんは今度はアンダーサーブでかろうじてボールを相手コートに送った。


 ちゃんと分かってくれてた。


 ふわりと弧を描いたボールは相手陣地へと向かう。ただスピードがないので容易に落下地点へ回られてしまった。


 宮城はレシーブを上げる。

 そのまま詩乃がトスで繋ぐ。


「来ますわよ!」


 デジャヴ。


 スパーン!!!!


 高速のアタックは再び俺たちが触れることもできずに砂を蹴散らし地面に叩きつけられた。


 無理だよこんなの取れねえよ。


「なにをしていますの! 今のはあなたのエリアでしてよ?」


「……いや、無理でしょ」


 お前やってみろよ、という言葉が今度は喉のぎりぎりのところまで出かけたがなんとか堪える。


 次は宮城のサーブだ。

 あの調子ならば恐らくジャンプサーブでサービスエースを狙ってくるだろう。

 正直言ってあのスピードのボールを拾える気はしない。


 しかし、意外なことに宮城のサーブはアンダーサーブだった。ジャンプサーブを決める自信がないのか、あるいは俺たちに同情してか。


 北条さんがレシーブを上げたので俺は彼女のタイミングに極力合わせるようにトスを上げた。


 さっきの試合では空振りだった。あれだけで北条さんのおおよその運動神経というか、少なくともバレースキルは把握できたのだが。


 果たして。


 思いっきり振りかぶった右腕をボール目掛けてフルスイングする。警戒した宮城がレシーブの構えで迎え撃とうとした。


 が。


 ちょん、と北条さんはボールにわずかに触れ、相手コートのネット際にボールを落とした。


 ふ、フェイント……だと……?


「ナイスです、北条さん!」


 この人やるやん。

 そういう駆け引きはできるのか。


「当然ですわ。あなたも足を引っ張らぬよう、私についてきなさい!」


「うす!」


 調子付かせておけばこの後も活躍してくれるかもしれないし、一応乗っておくか。


 これで相手が二点。こちらが一点だ。


 続いて俺のサーブだ。

 ここで宮城の方に打てば再び詩乃のトスからのアタックが飛んでくる。あれは拾うことは不可能なのでそもそも打たせてはならない。


 であれば、狙うは詩乃の方だ。

 アンダーサーブではなく上に投げて押し出すフローターサーブを試す。アンダーよりはコントロールも良くなるだろう。


 威力はないが、それでも詩乃の方にボールは飛んでくれた。


「ぐぬぬ、ハル様め」


 言いながら、詩乃がレシーブをする。下手くそなレシーブを宮城が見事なトスでカバーしたが、詩乃のアタックは失敗に終わった。


 やはり、あの子自身にはそこまでの力はないようだ。


 これで同点。

 勝負は振り出しに戻った。


 その後、緊迫した攻防を見せ、俺たちの試合は四対四の最終局面を迎えた。


 サーブは俺たちのチーム。

 問題は北条さんが打つということ。


「大丈夫ですよね?」


「もちろんですわ。北条の人間として、ここで負けるわけにはいきませんもの」


 なら大丈夫だな。

 さっきまでもしっかりサーブは入れていたし、心配するのは彼女に失礼だろう。


 今は気持ちよくプレイさせてあげよう。


 俺はネット前で構える。


 トスン、と。


 後ろから妙な音がした。

 振り返るとボールが地面に落ちていたので疑問に思うと、北条さんは「少しタイミングがズレましたわ」と言い訳をしてきた。


 まあそういうことはあるか。

 そういうことのための二回目があるわけだし。


「……」


 いやちょっと待てよ。

 アンダーサーブでタイミングがズレるとかある? 位置がズレるならともかく。それっておかしくないかな?


 俺は慌てて振り返る。


 北条さんはコートのラインから数歩後ろのところにスタンバイしていて、明らかにこれから助走しようという状態でいた。


「え、ちょ、北条さん。え?」


 俺はテンパって言葉を上手く出せないでいた。

 なにしてんだこの人。ここ落としたら終わりなんですけど。


「問題ありません。北条の人間として、ここは必ず決めてみせますわ!」


「いや、学習しろよおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 しかし。


 俺の悲痛な叫びは彼女に届かず、ボールを天高くに放り投げ、タタタと助走をつけ始める。


 落下のタイミングに合わせて、相変わらずフォームだけはめちゃくちゃ綺麗なジャンプを見せた。


 振りかぶった腕を思いっきり振るう。さっきは空を切ったその腕が、今度はしっかりとボールを捉えた。


「よし!」


「私は北条麻莉亜! こんなところで負けるわけにはいきませんの!」


 それはまるで自分を鼓舞する雄叫びのようだった。あるいは、そう言い聞かせているのかも。


 己をプレッシャーで極限まで追い込むことで実力以上の力を発揮したんだ。


 すげえ、これが北条の人間かッ!


「……っ!」


 相手コートの宮城も北条さんの見事なフォームに警戒レベルを上げる。腰を降ろし、手を伸ばして構える。

 ボールが放たれた瞬間に動けるように神経を集中させている。


 そうだよ。

 俺たちはこんなところで負けない。


「行けええええええええ!」


 北条さんが捉えたボールは凄まじい勢いのまま相手コートを超えて明後日の方向へ飛んでいった。


 明後日の方向へ飛んでいった?


「アウト。ゲームセット」


 コート外に落ちたそのボールがあっさりと勝敗を決めてしまった。


 は?


 これが北条の人間か。

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