第74話 予定地
ライブを終え、動かした家具を元の位置に戻していると、部屋の扉がノックされた。
「お客様、フェリクス様がお越しです」
「ありがとうございます」
返事をし、室内を見回す。
……うん。まあ、あとは帰ってきてからやればいいだろう。
そう考えた俺はそのまま部屋を出て、ホテルのエントランスへと向かった。
「あ! フェリクスさん! お待たせしました」
エントランスで待っているフェリクスさんを見つけ、すぐに挨拶をする。
「こんにちは、リリスさん。私も少々早めに来てしまいましたのでお気になさらず」
フェリクスさんは紳士的に微笑んだ。
「それでは早速出かけましょう」
「はい」
「さ、リリスさん」
フェリクスさんはエスコートしようと俺に手を伸ばしてきた。
なんというか、こういった状況にも多少は慣れてきてはいるものの、やはりまだ微妙に嫌悪感がある。とはいえ今の外見はどう見ても女だし、駄女神の呪いのせいで口調と仕草だって完全に女のものになってしまっている。
フェリクスさんはルイ様と違って露骨に口説いてきたりしないまともな人で、男性が女性をエスコートするのはこの国のマナーでもある。
ならば余計な波風を立てず、ちょっと我慢してしまったほうが得策だろう。
「はい」
こうして俺はフェリクスさんに連れられ、ホテルの前に停まっていた馬車に乗り込んだ。すると馬車はゆっくりと動き出す。
「そういえば、物見の塔に行かれたそうですね」
「はい。夕日がすごくきれいでしたよ」
「そうですか。市民たちの間では夕日を浴びるリリスさんが話題になっているようですよ」
「え? そうなんですか?」
「はい。ほら、あのパン屋の件でリリスさんはかなり有名になりましたから」
「あ、そうなんですね。あの地域の人たちだけかと思ってました」
「最初はそうでしたが、やはり噂は広まるものですよ」
「そうですか……」
「それに、今回の教会建設の件で、イストール公がリリスさんを公式に使徒と認めましたからね」
「え? でも声を掛けられたりとかは特にないですよ?」
するとフェリクスさんはさも意外だと言わんばかりの表情となった。
「ええっ? 私、何か変なことを言いました?」
「あ、いえ、失礼しました。まともな者であれば使徒に対してちょっかいを掛けるなど恐ろしくてできません。神からどのような罰を下されるか分かりませんので」
「あ、それもそうですね」
思い返せば、あのトマでさえもレティシアには手を出していなかった。
「しかもリリスさんはオークの群れすらも葬り去る強力な魔法の使い手でしょう? 何か嫌がることをしたら返り討ちに
……ああ、まあ、たしかに。もっともオークを殺したのは魔法じゃなくて精気を吸いだしただけなのだが。
そんな話をしていると、馬車が停車した。
「到着したようです。さ、リリスさん」
「はい」
俺はフェリクスさんにエスコートされ、馬車を降りた。ここは中央の大広場から伸びる通りを数百メートル進んだ場所で、何やら目の前のブロックが丸ごと更地となっている。
「こちらがアルテナ様の教会を建設する予定地となります」
「ここが、ですか……。よくこんな一等地にこれほど大きな土地が空いてましたね」
「それはもちろん、イストール公の呼び掛けに応じてくれた所有者が善意で寄付してくれたのですよ」
「……」
善意という名の強制な気がするのは俺だけだろうか?
「リリスさん、そのようなお顔をなさらないでください。このブロックでは少し前に大きな火災がありまして、ちょうど残った建物の解体の準備が行われていたのです。そこにアルテナ様の教会建設の話が出てきたため、解体の費用を払いたくない所有者が寄付を申し出てきたのです」
「でも寄付をしたら……」
「所有者には燃え残った建物を解体する義務がありますからね。ですがそのお金を節約できるうえ、我が国で新たに公認されたアルテナ様の最初の教会に使ってもらえるのです。これほど名誉なことはないでしょう」
「はぁ」
信仰しているわけでもない神様に土地を寄付することがどうして名誉なのかさっぱり理解できないが、そう言っているのであればそれで良しとしておこう。
そう自分を納得させ、俺は寄付されたという土地へと足を踏み入れた。
「でもこの広さだと、ちょっと大変そうですね」
土地の奥行きは大体百メートルくらいだろうか。幅は奥行きよりも少し狭いくらいだろう。それほど広い土地が一ブロック丸ごと更地になっているということも相まってか、やたらと広く感じる。
「そうですね。本当はもっと広い土地があれば良かったのですが」
「え?」
「えっ?」
フェリクスさんの発言に耳を疑ったが、フェリクスさんは俺のその反応に驚いている。
「だって、こんなに広い土地に教会を建てても……」
「すぐに手狭に感じるようになるはずですよ」
「……」
いや、絶対そんなことないと思うぞ。今はまだあの駄女神の駄女神っぷりが知られていないから神格化されているだけで、実際に話したら一発で駄女神だと見抜かれるはずだ。
「信用していらっしゃらないご様子ですが、間違いないく手狭になります」
「……そうですか」
自信満々な様子でそう断言するフェリクスさんに俺はとりあえず話を合わせるのだった。
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