第91話 日本では……(17)

 リリスのライブ配信があった翌日の放課後、剛たちは体育館裏に集まっていた。体育館からは部活で汗を流す生徒たちの掛け声が聞こえてくる。


「麻薬捜査だってな」

「な。でもリリちゃんが捜査してたら絶対目立ちそうじゃね?」

「それな~」


 いつものように感想を言い合っているが、何やら剛たちの表情は冴えない。


「でもなんか、ホントに困ったそうだったよな」

「あーね。俺も思った」

「心配だよな」

「な」


 剛たちは暗い雰囲気になり、大きくため息をついた。


「でも異世界のこととか、俺らじゃ助けられないしなぁ」

「だよなぁ」

「でもライブで俺らに相談してくれたんだし、なんとか助けてあげたいよな」

「そうだけど、麻薬の捜査とか、さすがに委員長でもわかんないだろうしなぁ」

「だよなぁ」


 再び剛たちはため息をついた。


「ファンの中に警察とかいねぇかな?」

「どうだろう? いてもおかしくはない気はするけど……」

「ん? 警察? そうだ!」


 西川が何か気付いたかのように大声を上げた。


「お? どうした?」

「警察だよ! 警察に聞けばいいんだよ!」

「は? 西川、お前、大丈夫か? まさか警察署に行って教えてもらうって言うのか?」

「いやいや、それは無理だろう。警察だってそんな暇じゃねぇって」


 いきなり警察に聞こうと言いだした西川を全員が止めるが、西川は確信を持っているようだ。


「俺の父親の知り合いで、ちょくちょく遊びに来るおじさんが警官なんだよ」

「は? お前、警官の知り合いがいるの?」

「そうなんだよ! で、今週の土曜日に来るって言ってたから、俺、話し聞いておいてやるぜ」

「マジか! お前神じゃん!」

「だろ?」


 西川は大げさにふんぞり返りながら剛たちの賞賛を浴びる。


「よっ! 天才!」

「まあな」

「頼りになる男は違うな」

「だろだろ~?」

「さすがティッシュ王」

「おうよ」

「ゴミ箱孕ませるだけはあるよな」

「そりゃあもちろん……ん? おい! 松田!」

「わっ! ゴミ箱王が怒った!」

「まーつーだー! 誰がゴミ箱王だって?」

「やべっ! 逃げろ」


 松田が走りだし、それを西川が追いかける。


「ぎゃー、おーそーわーれーるー」


 松田が完全な棒読みの悲鳴を上げながら逃げていき、その後ろを西川が必死に追いかけ、さらにその後ろを剛たちがゆっくり追いかけていく。そのまま校舎に入り、廊下を走っていると正面からゴミ袋を抱えた藤田がやってきた。


「ちょっと! 松田くん! 廊下を走るなんて何してるの!」

「げっ!? 委員長!?」

「げって何よ!」

「まーつーだー!」

「うわっ!? 委員長、ごめん! 今逃げてるから!」

「えっ?」

「ちょ、ちょっと! 松田くん? 西川くんも! 走っちゃダメよ! 先生に言いつけるわよ?」


 しかし松田と西川の姿は廊下の彼方に消えていった。


「もう、なんなのよ。誰かにぶつかったら危ないじゃない」


 そうつぶやいた藤田はゴミを捨てに行こうと振り返ると、向こうから剛たちが歩いて来ていた。


「あ、委員長」

「あら、こんにちは。松田くんと西川くんを探しに来たの?」

「そうそう。あいつらどっち行ったか知らない?」

「二人なら向こうのほうに走っていったわよ。廊下で走るなんてダメなのに、何があったの?」

「それがさ。いつもみたいにリリちゃんの話をしてたんだけど、松田が西川をからかいすぎちゃってさ」

「ええっ? ダメよ。あんなに怒るまでからかうなんて、それ、いじめよ? 止めなかったらみんなもいじめに加担したのと一緒なんだから、ちゃんと謝って」

「え? あ、ああ。そっか。ちゃんとあとで謝っておくよ」

「うん」


 剛の返事に藤田は満足そうにうなずいた。


「あ! そうだ!」

「何?」

「昨日のリリちゃんのライブって見た?」

「え? ええ。もちろん見たわよ」

「あれさ、どうなんだろう?」

「どうって?」

「だから、誰が犯人なのかなって。ライブだと裏切り者がいるってみんな言ってたじゃん?」

「そうね。あたしもそう思うわ」

「やっぱそっかー。じゃあ、警官だとなんて言うんだろうなぁ」

「警官? どういうこと?」

「実はさ――」


 剛は西川が警官の知り合いに聞いてみると言っていた話を伝えた。


「へぇ、西川くんにそんな知り合いがいたのね。でも、現役の警察官でもそんなすぐにわかるかしら? ライブアーカイブが残っていれば見てもらえるだろうけど」

「たしかに……」


 それから数秒間沈黙が流れるが、すぐに藤田が話題を切り替える。


「あ! ごめん。あたし、ゴミ捨てに行かなきゃ」

「おっと、そうだった。呼び止めてごめん」

「ううん。いいの。それより、ちゃんと西川くんに謝るのよ! それじゃあね」


 そうして藤田は足早に立ち去っていったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る