第90話 困ったのでライブ配信してみた(後編)

 リリスの呼びかけに次々とコメントが流れていく。


「えーっと、ちょっと待ってくださいね」


 画面内のリリスは困惑した様子で右腕を画面外に伸ばした。何かを操作している様子だが、その腕の小さな動きに連動するように彼女の豊かな胸が小さく揺れている。


「はい。上から読んでいきますね。ええと、ナルアキさん、ありがとうございます。捜査チームの関係者に裏切り者がいる、ですか? そんな……考えたこともなかったです」


 リリスは困惑している様子だ。


「あ、じゃ、じゃすにぬむさん? もやっぱり裏切り者がいるって思うんですね。そうなんですね……」


 リリスは少ししゅんとなってしまった。


「リーダーは違って、警備隊の上のほうが密売組織のボス? そんな……」


 すると次のコメントが飛んできた。


「盗聴器みたいなものが仕掛けられている……ああ、そういうのもあるんですかね? ちょっと明日聞いてみますね」


 リリスは再び画面外に腕を伸ばす。


「あ、青井あおいさん、で合っていますかね? やっぱり裏切り者がいるっていう意見ですね。なるほど! 家族とかが人質に取られている可能性もあるんですね。だとしたら許せませんね」


 リリスの表情に怒りの色がにじむ。


「なつりんさん、ありがとうございます。その状況だったら内通者がいると考えたほうが自然なので、情報を全部知っている人を疑う、ですか。情報を全部ってことは、これまでのことも含めてですよね。うーん、だとすると今のリーダーは新しい人だから捜査班に最初からいたダルコさんとパトリスさん、それからヴィヴィアーヌさんですよね。でもみんなそんな風には見えなかったですけど……」


 リリスは困惑している様子だ。


「え? 他に関係者はいないのか、ですか? そうですねぇ。警備隊だと……やっぱり副長さんですかね? でも副長さんはあまり捜査のことに首を突っ込んでこないんです。普段はリーダーのウスターシュさんに任せてて、今回の突入捜査のときみたいに他の部隊の応援を呼ぶときと、あとは一か月に一回の定例報告くらいを受けるくらいだそうです。あとは、そうですね。アスタルテ教会の救護施設の人はよく患者さんを搬送していますけど、捜査の情報は話していないですし……」


 リリスは困ったような表情をしたまま、画面外に腕を伸ばす。


「ちょっとアレさん、ありがとうございます。警備隊の人じゃなくて、警備隊の家族が犯罪に関わっているっていう可能性ですか。そうですね。それもありえそうですね。ええと、突入時期は誰かからお金やお酒の愚痴で聞き出す、ですか。そうですねぇ。捜査している私たちはお酒を飲んでいないので、お金ですねぇ」


 しかしすぐさまそれに反論するコメントが次々と流れていく。


「え? あ! そっか。私たちだけじゃなくて突入に関係した警備隊の人なら誰でも知ってますもんね。んんー」


 リリスは難しい表情になった。


「ええと、あの拠点には地下に隠し通路がある、ですか? うーん、でもこの前捜索したときは見つからなかったんですよねぇ。床とかも丁寧に調べていたみたいですけど、これはちょっと聞いてみますね」


 すると再びコメントが飛んでくる。


「え? 警備隊の施設を監視しているんですか? ああ! たしかに! 突入捜査をする前って人が増えますもんね。それは思いつきませんでした。ちょっとアレさん、すごいです! ありがとうございます」


 リリスは尊敬のまなざしを画面に向けてくる。


「えっと、他には……あ! ナルアキさん、またまたありがとうございます。味方に流す情報を分けて、直前に予定を変えるんですね。分かりました。どうやったら上手くできそうか、考えてみますね」


 リリスは再び画面外に腕を伸ばす。


「えっと、はら……げんぽろへい……あ! 原幌平晴はらほろひらはれさん、で読み方合ってますよね?」


 リリスは得意げな表情を浮かべる。


「催眠術ですか。うーん、人が操られているんだとすると大変そうですね。あと盗聴器か盗聴魔法ですか。盗聴器説はさっきも言われましたね。だとすると結構可能性が高いのかも……」


 リリスは困ったような表情になって胸の下で腕組みをしたが、すぐにそれを解いて右腕を画面外に伸ばす。


「あ! えーえすびーえむ三百四十さん、誰かの思考をトレースする魔法持ちですか? えっと、思考をトレースってことは、何を考えているか分かっちゃうってことですよね? それは……怖いですね。そんな魔法使いがいたら、どうしたらいいんでしょう?」


 リリスは再び困ったような表情を浮かべ、腕組みをした。


「あ! 青井あおいさん、またコメントありがとうございます。ええと、他に考えつくのは姿と気配を消せる能力者が情報を盗んでいる、ですか? あとはネズミとか昆虫を操って情報を集めている、ですか。そうですねぇ」


 リリスは難しい表情になり、何かを考えているようだ。


「はい! ありがとうございます。ちょっとこれも聞いてみますね」


 リリスは再び腕を画面外に伸ばした。


「あ! なんちゃんさん、ありがとうございます。ええと、才能や能力がありそうなので、新しい魔法やスキルを見つけてみては? たとえば認識阻害系で潜入捜査とか。なるほど。そういうのもありですよね」


 するとすぐに次のコメントが飛んでくる。


「テイムとか召喚もあり、ですか? そうですねぇ。さっき言ってくれていたネズミとか昆虫を操って情報を集めるっていうやつですよね。え? 私のおとり捜査希望、ですか?」


 リリスは困ったような表情を浮かべた。


「あ! 久遠刹那さんも潜入捜査ですか? っていうか、そっちの仕事をするって何の仕事ですか」


 リリスは苦笑いを浮かべる。


「実はですね。私はかなり顔がバレてしまっているので、ずっとフードで顔を隠しているんです。だからちょっと潜入とかおとりとかはダメって言われてるんです。せっかくアドバイスしてくれたのにごめんなさい」


 リリスは申し訳なさそうに手を合わせ、小さく頭を下げて謝罪した。


「あ! 戸部マリオさん、長文でありがとうございます。ええと、そもそも情報がミスリードです。アジトは麻薬の保管に特化しているはずで、黒幕は不在で当然。監視するにしても仕入れルートと実働部隊、それの指示者を特定できないならハズレとして、再探索がよろしい」


 リリスは神妙な面持ちを画面に向けてくる。


「なるほど。そうなんですね。たしかに、そこにいる売人を捕まえて尋問しようと思っていました。ただ、敵はアジトを転々と変えるので、そこまで調べてから踏み込むとなると、それまでにアジトを変えられちゃうかもしれません。もうちょっと捜査チームに人がいればいいんですけど……」


 するとコメントが飛んできた。


「えっと、魔法制御を修行して、拡声魔法を応用した盗聴魔法を売人にかけて、自動撮影にて記録すると手掛かりが入手出来そうな気がする、ですか。拡声魔法の応用ですか。なるほどなるほど。それで売人との距離は夜間行動と飛行の合体か、幻惑や認識阻害でなんとかするんですね。うーん、できるか分からないけど試してみますね」


 リリスは再び腕を画面外に伸ばす。


「あ、えーっと、し、しるふぁいでさん? ありがとうございます。ええと、一網打尽ができないなら、容疑者全員を個別にピックアップして泳がせて、なるべく親に近い人物を狙い撃ちするのが良い、ですか。うーん、そうですよねぇ。そのつもりだったんですけど……」


 リリスは困ったような表情になった。


「ええと、手段は、監視カメラ代わりの人海戦術で、リリスを全方向から撮影したものを、遠隔地に設置したサイネージとGodTubeに分割表示して、監視員と視聴者を貼り付けさせるリリスリアルタイム24時間ライブ配信、ですか。えっと、すみません。サイネージってなんですか?」


 リリスは困惑している様子だが、すぐさまサイネージの説明がコメントでいくつも飛んでくる。


「あ、サイネージってそういうものなんですね。うーん? 分割表示って、あれですよね。一つの画面にいろんなカメラの映像をまとめて表示するやつですよね? できるのかなぁ……」


 リリスは画面外に腕を伸ばし、カメラ目線から外れる。そのまましばらく何かを確認していたようだが、がっかりしたような表情になった。


「分割表示、ちょっとやり方がわかりません。ごめんなさい」


 リリスは申し訳なさそうに謝罪してきた。それから画面外に再び腕を伸ばす。


「……んー、もう目新しいアドバイスはないみたいなので、ちょっと一人で考えてみますね。皆さん、相談に乗ってくれてありがとうございます」


 リリスがニッコリと微笑みながらお礼を言うと、リリスを励ますコメントが次々と流れてくる。


「ありがとうございます。それじゃあ、今日はこのへんで配信を終わろうと思います。皆さん、悩みを聞いてくれてありがとうございました。おやすみなさい。バイバーイ」


 リリスは笑顔で左手を振ると、右手を画面外に伸ばした。すると配信がプツリと途切れ、黒い画面となったのだった。


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 ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

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