第55話 護衛依頼

 あれからしばらくして、ジャクリーヌさんはものすごく可愛い女の子を出産した。母子ともに健康で、今では赤ちゃんを隣の部屋に寝かせながら売り子として働いている。

 

 もっと休めばいいのにと思うものの、どうやらこの町には育児休暇なる概念は無いらしい。産後たった二週間ほど休んだだけだというのに、もう現場に復帰してしまったのだ。


 というわけでラ・トリエールでお役御免となった俺は今、レティシアさんの護衛依頼を受けて南にあるリオロンという小さな漁村にやってきた。


 この村はC字の形をした入り江に築かれている。港の周囲は高さ十メートルほどの白いごつごつとした岩に囲まれているおかげで波は常に穏やかで、港としては絶好のロケーションなのだそうだ。


 さらに入り江には川が流れ込んでおり、その近くには小規模ながらもビーチが存在している。といっても魔物に襲われる可能性があるため、残念ながら海水浴をしようという人はいないらしい。


 人々が暮らす家々は船着場から崖の斜面を上手く利用して建てられており、そこにおよそ百人ほどが暮らしているという。


 さて、なぜレティシアさんがこの村にやってきたのかというと、なんとこの村の北西に広がる森で発見されたオークの集落の討伐隊に同行するためだ。


 オークはゴブリンと同じ習性を持っている人類の敵なうえ、ゴブリンよりもそれぞれの個体がかなり強力らしい。


 そのため放っておいて数が増えてしまった場合、下手をすると国が滅びるような事態にもなりかねないのだそうだ。


 というわけで、今回はあのルイ様が直接百人規模の討伐隊を率いてオークの駆除にやってきたというわけだ。


 宗主国の起こした戦争に駆り出されて男手が足りないにもかかわらずこれほど大きな規模の討伐隊を差し向け、さらにレティシアさんの同行を依頼してきたのだ。イストール公は相当の危機感を感じているのだろう。


 とはいえゴブリンと同じ習性を持っているのであれば、俺が行って吸精するだけであっという間に壊滅させられそうな気もする。


 レティシアさんたちもどうやら同じことを考えているようで、レティシアさんは依頼を受けた際に、俺をレティシアさんの護衛として連れて行くように要求したのだ。


 レティシアさんにはもうゴブリンから散々搾り取る現場を見られているのでいいが、はっきり言って他人に見せられるような光景ではない。


 当然動画にもしづらいため、俺としてはあまり嬉しい依頼ではない。


 まあ、この村の様子やグルメなんかは動画にできるかもしれないが……。


 さて、リオロンの村は小さな漁村であり、ホテルというものが存在していない。そこで俺たちは宿の代わりということで空き家を提供してもらえることになった。


 そこまではいいのだが、なんと女同士ということでレティシアさん、そしてミレーヌさんと同じ家になってしまったのだ。


 いや、もちろん俺はレティシアさんの護衛ということで来ているので正しいとは思う。


 たしかに肉体は女になっているので問題なさそうに見えるが、俺の中身は男なのだ。あの駄女神の呪いのせいで女言葉と女っぽい反応をしてしまうようになっているが、健全な男子なのだ。


 それが女性二人と一つ屋根の下だなんて……。


「リリスさん、どうされましたか?」

「え?」


 そんなことを考えて葛藤している俺を、レティシアさんがいつの間にか不思議そうに覗き込んできていた。


「あ、いえ、なんでもないです。どんな家なのかなって」

「ええ、楽しみですわね。さ、案内してくださる?」

「はい!」


 レティシアさんにそう言われ、案内役に抜擢されたらしい村の少年が嬉しそうに返事をする。


「聖女様、こっちです!」


 少年はそう言って俺たちを崖の上に建つ小さな一軒家に連れて行ってくれた。


「この家です。どうぞ入ってください」


 少年は鍵を開けて中を案内してくれる。


「ちょっと古いですけど、中は俺たちでちゃんと掃除をしておきました!」


 そう言って嬉しそうに胸を張った。


 なるほど。たしかにきれいに掃除がされており、俺たちを、いや、レティシアさんをもてなそうという意気ごみが伝わってくる。


「寝室は二部屋あります。どっちの部屋からも港が見えるんですよ!」


 少年が窓際に案内してくれる。


 おお、これはたしかに絶景だ。ここがもし地球だったらきっと観光地として有名になっていたことだろう。


 あ、ちょっと動画のアイデアが思いついてきたぞ。


「じゃあ、鍵はここに置いておきます。リネンとかは毎日届けますね」

「ええ、素敵なお部屋に案内してくれてありがとう」


 レティシアさんが聖女スマイルでそう答えると、少年は分かりやすく背筋を伸ばして硬直した。


「と、と、とんでもないです! ど、どうぞごゆっくりおくつろぎください!」


 少年はそう言い残すと、大慌てで外へと出ていったのだった。


 なんというか、初々しくて可愛い。もうしばらくしたら食べごろに……ん?


 俺は脳裏に浮かんだ考えに愕然とし、小さくかぶりを振る。


「お? もしかしてリリス、ああいう子供が趣味なのか?」

「え? ち、違いますよ!」

「ほぉー? 怪しいなぁ」

「本当ですから! 男に興味はないですから!」


 俺が大声でそう否定すると、レティシアさんとミレーヌさんが顔を見合わせた。そしてなぜかニンマリと笑みを浮かべる。


「ほぉー? そうなんだ。それはそれは。なぁ? ミレーヌ」

「うん、そうだね」


 聖女の仮面と凛々しい女剣士の仮面を外した二人がまるで獲物を狙うかのような目でこちらを見てくる。


「あ、その……」

「なぁ、リリス。あたしたちはもっとお互いをよく知る必要があると思うんだけど、どう思う?」

「え、あ、いえ、その……」


 じりじりと迫ってくるレティシアさんに気圧され、俺は一歩、また一歩と後ろに下がるのだった。


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 更新が遅くなって申し訳ありません。新年になって何か忘れているなー、とずっと引っかかっていたのですが、こちらの作品の執筆をしていませんでした……汗


 不定期更新ではありますが、きちんと日本側の問題が解決させてから完結する予定ですので、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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