第56話 オーク討伐へ

「ほら、また敬語に戻ってるぜ?」

「あ、そ、それは……」


 ついに壁際まで追い詰められ、逃げ場がなくなってしまった。


「なぁ? 何を怖がってるんだ?」

「それは、その……」


 レティシアさんはニヤリと笑った。俺はその笑みに得も知れない感覚を覚える。


 ただ立っているだけで何かをしているわけでもないのに、まるで逃げられる気がしない。それほどまでにレティシアさんから放たれるプレッシャーがすさまじいのだ。


「リリスは男にはめっぽう強いのに、女相手には受け身に回るんだな。なぁ」


 レティシアさんがそう言いながら不適に笑い、一歩距離を詰めてくる。俺は下がって距離を取ろうとしたが、壁がそれを阻んだ。


 するとレティシアさんがふっと表情を緩めた。


「そんなに怖がるなよ。女同士もいいもんだぜ? なぁ?」

「うん」


 レティシアさんの言葉にミレーヌさんが相槌を打つ。


「ま、最初はハードル高いのは分かるからよ。あたしたちはこっちの部屋を使うから、リリスは隣の部屋を使いな。でも、混ざりたくなったらいつでも歓迎だぜ?」


 レティシアさんはそう言うと、ぺろりと唇を舐めた。小柄で小動物系な可愛らしい容姿をしているレティシアさんだが、その仕草はまるで蛇が舌なめずりをしているかのようだ。


「ははは、そんなに怯えるなって。あたしたちは嫌がってるのを無理やり襲ったりしないぜ」

「は、はい。じゃあ、私の部屋を確認してきますね」


 俺はなんとかそう返事をすると、そそくさと自分の寝室へと向かうのだった。


◆◇◆


 翌朝、俺はなんともスッキリしない目覚めを迎えた。


 というのも、隣の部屋の嬌声が筒抜けになっていたせいでまるで寝付けなかったのだ。


 もっともそれをおかずに、久しぶりに自分でもいたしたわけで、寝不足の半分は自業自得なのだが……。


 え? ヘタレ?


 う、うるさい。そこで堂々と乱入できるような性格だったら前世で魔法使い目前になったりしていない。


 それはさておき、もしかして毎晩あれを聞かされるのか?


 さすがにそれは俺の体力が持たない気も……。


 そんなことを思案していると、レティシアさんが部屋の扉をノックしてきた。


「おーい、起きてるか?」

「あ、はい」


 俺はすぐに扉を開ける。


「おはよう、リリス。それから、敬語は無しでいいんだぜ?」

「あ……うん。そうだった。おはよう、レティシアさん」

「さん付けもいらないって。同じ使徒同士、仲良くしようぜ」


 その言葉に不穏な空気を感じ、思わず身を固くした。するとレティシアさんはニカッと笑う。


「大丈夫だって。取って食ったりしないから安心しろ」

「うん」

「つーわけでよ。さん付けもなしだからな?」

「……分かったよ、レティシア」

「おう。そんじゃ、メシにするぞ。食材は用意してくれてるからな」


 そう言うとレティシアさん、いや、レティシアはキッチンに向かい、テキパキと朝食の準備を始めるのだった。


◆◇◆


 それから数日間、寝不足以外に特に困ったこともなく、のんびりと観光をしながら過ごしていた。特に何もない村ではあるものの、それなりに動画の材料は集まったので、そろそろ動画を作れるかもしれない。


 そうして動画の構成を考えているところで俺たちはルイ様に呼ばれ、村の郊外にある討伐隊の陣地へとやってきた。


 陣地に着くとルイ様が自ら出迎えてくれる。


「聖女レティシア様、それにリリス嬢、ミレーヌ嬢、ご足労いただきありがとうございます」

「いいえ、当然ですわ」


 レティシアは完璧な聖女の仮面を被り、穏やかに微笑む。


「どうなさったのですか? どなたかお怪我を?」

「いえ、そうではありません。ご覧いただきたいものがあるのです」

「まあ、なんですの?」

「はい。あちらの天幕にまとめてございます」


 そうしてルイ様は俺たちをひと際大きな天幕の中へと案内してくれた。するとそこには身なりのしっかりした十人ほどの兵士の姿がある。


「あら、皆様、隊長さんでしたわね?」

「はい。討伐隊の部隊長が全員集まっております」


 ルイ様はいつになく真剣な表情でそう言った。


「こちらをご覧ください。これは偵察隊に探らせた森の中の様子です」


 ルイ様はそう言って中央のテーブルに置かれた大きな地図を指し示した。大雑把な地形と森、それから何やら集落らしきものが二つ描かれている。


 それを見たレティシアとミレーヌさんは同時に眉をひそめた。


「ルイ様、集落だけではないんですの?」

「はい。どうやら集落のさらに奥にあるかなり古い時代の廃砦を根城にしているようで、この集落は前線基地といった類いのようです」

「……」


 レティシアとミレーヌさんは険しい表情のまま、お互いに顔を見合わせる。


「我々はこの集落に陽動攻撃をかけ、殲滅します。その後、集落を拠点として砦から出てきたオークを順次狩り、砦のオークの群れも殲滅する予定です」


 レティシアはルイ様のほうをじっと見つめ、しばらくしておもむろに口を開く。


「……わたくしたちは何をすればよろしいんですの?」

「はい。占領したオークの集落に後から入っていただき、負傷者の治療をお願いしたいのです」

「わかりましたわ」


 こうしてなんともざっくりではあるが、オーク討伐の作戦が決定されたのだった。

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