第57話 集落急襲

 リリスたちを交えての作戦会議の翌日、ルイ率いる討伐隊は作戦どおりにオークの集落への襲撃作戦を実行に移した。


 討伐隊を五人一組の小隊に分け、それぞれがオークの集落を取り囲むように配置に就く。


 集落では八つほどの草がこんもりと積み上げられた寝床があり、その近くにはくすんだ緑色の肌でまるで豚のような頭部を持ついかにもといったオークたちが座ったりうろうろしたりと、手持ち無沙汰な様子を見せている。


 オークたちの身長はおよそ二メートル五十センチくらいだろうか。その肉体は野生を生き抜いているせいか引き締まっており、巨大な筋肉の鎧を身に纏っている。


 そんな巨大なオークたちを前にしても、討伐隊の兵士たちに焦った様子は見られない。


「総員! 攻撃開始!」


 ルイの命令により、兵士たちは一斉に矢を射掛けた。


 突然の攻撃にオークたちは驚いた様子だったが、すぐに腕を上げて顔を覆い、目に矢を受けないようにその身を守った。


 何発もの矢がオークに命中するが、その鋼の肉体を傷つけることはできなかった。


「突撃! 一匹ずつ囲んで殺せ! 矢の支援を怠るな! 目を狙え!」


 ルイの命令により討伐隊は統制の取れた動きでオークたちを囲もうと突撃を仕掛けた。


 しかしそれを見たオークたちは一目散に森の奥へと逃げていったのだった。


「……勝った、のか?」


 ルイはあまりに呆気ない勝利に拍子抜けした様子だ。


「ルイ様! 我らの勝利です! きっと我らの威容に恐れをなしたにちがいありません!」

「奴らが逃げたのは砦の方向ですぞ。きっと群れのところへと逃げ帰ったのでしょう。元々何匹かのオークは逃がす予定でしたし、ちょうどいいではありませんか。あとは作戦どおり、砦から出てきたオークどもを各個撃破しましょう」

「ああ、そうだな」


 ルイは部下の兵士たちにそう言われて納得したのか、満足げにうなずいたのだった。


◆◇◆


 俺たちは討伐隊がオークの集落を占領したという報せを受け、その現場へとやってきた。集落といっても俺が想像していたような大きな木製の家は一切なく、あちこちに天幕が張られているだけだ。


 そして不思議なことに、レティシアが治療するはずの怪我人は一人もいなかった。


 ……思ったよりもオークが弱かったのだろうか? それとも討伐隊が屈強なだけだろうか?


 不自然な状況にそんな疑問が頭に浮かぶが、ルイ様がその答えを教えてくれる。


「なぜかは分からないのですが、オークどもは攻撃をしてきた我々の姿を見るなり、一目散に砦のほうへと逃げ出したのです」

「逃げた? オークがですか?」

「はい」

「そのようなことが……」


 ルイ様の話を聞き、レティシアは怪訝けげんそうに眉をひそめた。


「きっと我々の威容に恐れをなしたのでしょう。オークなど所詮は知能の低い下賤なケダモノです。本能的に強い者から逃げ出したのでしょう」


 ルイ様は自信満々な様子でそう答えた。レティシアは何かが引っかかっている様子だったが、やがて納得したかのようにうなずく。


「……そうかもしれませんわね」

「そうですとも。あのようなオークどもなど相手ではありません。すぐに殲滅せんめつしてご覧に入れましょう」


 ルイ様はそう言ってちらりと俺のほうを見てきたが、俺はそのまま気付かなかったふりをした。それでもルイ様はめげずにちらちらと視線を送ってくるが、レティシアが割って入ってくれる。


「わたくしたちの天幕はどちらになりますか?」


 するとルイ様はやや虚を突かれたかのような表情を浮かべたが、すぐに紳士的な笑顔に戻る。


「はい。ご案内いたします」


 こうして俺たちはオークの集落内に作られた俺たち用の天幕へと向かったのだった。


◆◇◆


「おかしいな」

「ええ、おかしいですわね」


 天幕の中に入ったミレーヌさんとレティシアは凛々しい女剣士と聖女の仮面を被ったまま、そんなことを言いだした。


「あの、一体どういうことですか?」

「オークが戦わずして逃げたというのがおかしいんだ。オークは体格こそゴブリンなどと比べ物にならないほど大きいが、知能はゴブリンよりも下だ。体格の大きな相手は恐れるが、人間は恐れない。人間相手に逃げるのは、戦って負けたときだけだ」


 俺の質問にミレーヌさんが答えてくれたが、それでも疑問は残る。


「でもミレーヌさん、オークは集落を作るんですよね? それくらいの知能があるなら――」

「いや、奴らにそんな知能はない。集落と言っても枯れ草を敷いて寝床を作るくらいだ。家を建てたり柵を作ったりなんてことができるわけではない。群れが決まった場所でまとまるという程度の話に過ぎない」

「そうなんですか。それでレティシアもさっき……」

「ええ、そうですわ」

「……でも、逃げたってことは勝てないって思ったってことだよね?」

「それはそうだと思いますわね」

「なら、このまま任せておいても……」

「大丈夫だとは思いますわ。でも、何かがおかしい気がするんですわ」


 レティシアはそう言うとミレーヌさんと再び顔を見合わせ、難しい表情になった。


 俺にはさっぱり分からないが、やはり何かが引っかかっているらしい。冒険者としての経験から来る虫の知らせのようなものだろうか?


 だがそんな二人の心配をよそに、今のところは至って平穏だ。


 それにルイ様が俺たちを呼び寄せたということは、きっと周囲に危険がないということは確認済みなのではないだろうか?


 だからそれほど不安に思う必要もない気がするのだが……。


 そうしてそのまま何かが起こるということもなく、また二人が仮面を外すこともなく、俺たちは天幕の中でゆっくりと過ごしたのだった。

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