第54話 日本では……(11)

 炊き出しの動画が公開された翌朝、ホームルーム前の教室でいつものように剛たちは動画の感想を語り合っていた。


「今回の、なんかリアリティあったよな」

「な! 俺も思った」

「やっぱ異世界って厳しいんだな。炊き出しがあるなんて知らなかったよ」

「だよなぁ。なんか今までと違ってちょっと重いよな」


 剛たちは真剣な表情でそんな感想を言い合っていた。すると西川がいつもどおりのお茶らけた口調で話題を逸らす。


「でもさでもさ。受け取ってた奴ら、羨ましいよな。俺もパン、手渡してもらいて~」


 すると先ほどまでの真面目な雰囲気は一瞬でどこかに吹き飛んでしまった。


「だよな~。にしてもさ。途中からどう見ても金に困ってなさそうな奴らが来てたくね?」

「あ、それ俺も思った」

「絶対リリちゃん見に来てたよな!」

「間違いない。胸、ガン見してたもんな」

「な! でも、俺らも女子の胸を見てたら気付かれるってことだよな?」

「大丈夫だって。ほら、リリちゃんファンの俺らがガン見するほどでかい女子いないし」

「お、おい、西川。さすがにそれはちょっと……」

「え?」


 西川のデリカシーに欠けた発言に、藤田をはじめとする周囲の女生徒たちが不快そうな表情を浮かべている。


「あ……」


 すると藤田は聞こえるように大きなため息をつくと、剛たちのところへとやってきた。


「あんたたち、いい加減にしたほうがいいわよ。別にリリちゃんの動画を見るななんて言わないけど、そんな目で見てるなら誰もいないところでやってちょうだい」

「あ、ああ。悪かったって。次からは朝の教室では話さないから。ほら、西川も謝れ」

「あ、う、うん。変なこと言ってすみませんでした」

「わかったわ。じゃあ、そういうことで。みんなも水に流してあげて」


 すると周囲の女生徒たちは仕方ないな、といった表情で小さくうなずくのだった。


◆◇◆


 その晩、剛たちが寝静まったころ、金杉家のリビングでは、満面の笑みを浮かべた洋子がウィスキーの箱を久須男の前に差し出した。


「お、山城の十二年じゃないか! どうしたんだ? こんなに高いウィスキーを」

「ええ。見つけたから買っちゃったの。ほら、最近余裕があるじゃない?」

「ん? ああ、そうだな。だが、まだローンの返済は終わっていないんだろう?」

「それなんだけど、なんだか朱里ちゃんの口座にごっどちゅーぶいんく? とかいうところから結構な金額が振り込まれてたのよ」

「ん? なんだそれは? 大丈夫なお金なのか?」

「わからないわ。でも、わからないなら使っちゃったほうがいいかなって」


 久須男は怪訝そうな表情をする。


「後で返せって言われたりしないだろうな?」

「え? 大丈夫じゃない? それに私たちはあの子たちの養育費に使ってるんだもの。それより早く飲みましょうよ」

「……そうか。それもそうだな」


 久須男は疑念を抱いている様子だが、山城十二年の誘惑に負けたのか、いそいそとウィスキーの箱を開けて中から瓶を取り出した。


「おお! これが山城の十二年か。最近は高くて手が出せなかったんだよなぁ」

「本当、いい色ね。飲んでみましょうよ」

「そうだな」


 久須男はすぐに瓶のふたを開け、グラスに注ぐ。久須男はオンザロックで、陽子はハイボールにするようだ。


「おお、いい香りだ」

「本当ね。同じサントレーでもドリスとは全然違うわ」


 久須男と陽子はグラスに鼻を近づけ、クンクンと音を立てながら臭いを嗅ぐとしたり顔でそう言った。


「んん! 味も違う。これは飲みやすい」

「本当! スッキリしていていいわ!」

「まったく、猛夫君には感謝しかないな。ちょうどいいところで死んでくれたよ」

「本当ね」


 久須男と陽子は下卑た笑みを浮かべながらそんなことを話すのだった。

 

◆◇◆


 それからおよそ一か月後、いつもどおり朱音の口座からお金を下ろしに来た陽子は再びGodTubeからの入金があったことを確認し、小躍りした。


「これ、間違って振り込まれたんじゃないじゃないってこと!? しかもこの金額! ふ、ふふふ。やった、やったわ。これが毎月あるならローンなんてすぐじゃない」


 洋子はとても他人には見せられないような醜悪な笑みを浮かべると、朱音の通帳をバッグの奥へと大切にしまうのだった。


 だが洋子はまだ気付いていなかった。自分たちに破滅の足音が迫ってきていることを。


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 本作の年内の更新はこれで最後となります。皆様どうぞ良いお年をお迎えください。

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