第115話 雑談ライブをしてみた

 金杉夫妻が逮捕された週の金曜日の夜、ライブ配信が開始されたという通知がリリスのGodTubeチャンネルの登録者に対して行われた。


 画面を開くと近衛隊の制服を着て、いつもの部屋で椅子に腰かけるリリスの姿が映し出されていた。窓の外は明るく、現地はまだ昼間のようだ。


「始まってますかね? あ、始まっていそうですね。異世界からこんにちは。リリス・サキュアです」


 リリスははきはきとした声で挨拶をした。すると「いま夜だしw」「相変わらず時間がwww」「こんにちは」「こんばんは」などといったコメントが流れてくる。


「あ! 夜なんですね。それじゃあ、なつりんさんこんばんは。にっしーさんこんばんは。はるとまんよんじゅうはちさん、こんばんは。初見です……って、はるとまんよんじゅうはちさん、初見さんじゃないですよね? このネタ、前もやりましたよね? もうっ!」


 リリスはそう言って咎めるものの、クスクスと楽しそうに笑っている。


「ええと、マヨ玉さん、こんばんは。煉十郎さん、つよぽんさん、山本本山さんこんばんは~」


 それからもリリスは次々と挨拶を返していく。すると五百円のスーパーチャットが流れた。


「あ! ポポンどMさん、こんばんは。いつもスーパーチャットありがとうございます♪ あ! 似合ってますか? ありがとうございます。実はこれ、イストール公国の近衛隊の制服なんです」


 リリスはそう言って立ち上がると、くるりと回って全身を披露した。リリスの長い髪がふわりと流れ、たわわな胸がたゆんと大きく揺れる。


 すると「うおおおお」「似合ってる!」「超かわいい」「おっきしたw」などのコメントが流れる。


「ありがとうございます♪」


 リリスは嬉しそうにそう答えた。


「実はですね。この制服、麻薬捜査のときに借りたやつなんですよね。まだ返してくださいとは言われていないんですけど、でも、ずっと借りているわけにもいかないじゃないですか。だから最後にライブで皆さんに見てもらおうと思って着て来ました」


 リリスは笑顔のまま、話を続ける。


「それでですね。今日のライブなんですけど、今回はちょっと雑談するだけになります。お時間のある方は、ぜひ一緒におしゃべりしましょうね」


 リリスはそう言ってニッコリと微笑んだ。するとすぐさま「もちろん!」「ずっと話してたい」などといったコメントが流れてくる。


 すると三千円のスパチャが流れてきたので、すかさずリリスはそれに反応する。


「あ! なんちゃんさん、スパチャありがとうございます! ええと、『麻薬取引の犯人摘発おめでとう! スラム街の治安もよくなったし、リリちゃんへの誤解も解けたし、アルテナ様の信奉者も増えたようで大団円やねー』。はい。ありがとうございます。そうなんです。皆さんが色々と一緒に考えてくれたおかげです。皆さん本当にありがとうございました」


 リリスはそう言ってニッコリ笑うと、深々と頭を下げた。


 そして顔を上げると、再びコメントの読み上げを始める。


「え? 信者数が分かるスキルですか? どうなんでしょう? そういうのは聞いたことないですけど……アルテナ様なら分かるかもしれないですね」


 リリスはそう言ってこてんと可愛らしく首をかしげた。


「え? アルテナ様のライブ生出演ですか? ど、どうでしょうね。できるんでしょうか……」


 リリスは困ったような表情を浮かべる。


「え? 地図ですか? 地図は……見たことないです。売ってるんでしょうか? 売ってるとしたら、何屋さんに行けばいいんでしょう?」


 すると「本屋だろ」「本屋だよ」「コンビニとかないの?」などといったコメントが流れる。


「本屋さん……実は見かけたことないんですよね。コンビニもないですし……」


 すると「本屋ないとかマジ?」「雑貨屋とかはないの?」「偉い人に聞いてみては?」などのコメントが流れる。


「あ! そうですね! 偉い人に聞いてみようと思います。ありがとうございます」


 リリスはぱっと表情を明るくしてそう答えた。


「次は……使えるスキルと魔法ですか? スキルはちょっとよく分からないですけど、今こうやって皆さんと配信で繋がれているのはスキルなんじゃないでしょうか? 魔法は……そうですね。なんだか色々とやってみたらできちゃったという感じなので、実はよく分かりません。ただ、空を飛んだり、水を出したり火を出したり風を吹かせたり、いろいろできますよ。あ! でも怪我や病気を治すのはできませんね」


 その言葉に「使える魔法を把握していない女www」「可能性は無限大」などといったコメントが流れ、その合間に「メイドコスで『おかえりなさいませ、ご主人様』って言ってほしい」というコメントが流れた。


「えっ? メイドコス、ですか? もう……メイド、本当に大人気なんですね」


 すると「おかえりなさいませご主人様って言ってほしい」というコメントが流れた。リリスは困ったような表情ではにかむ。


「えっと、そ、そういうのはちょっと……恥ずかしいです」


 その反応に「うおおおお」「かわいい」などのコメントが滝のように流れていく。


「ちょ、ちょっと……」


 あまりのコメントの速さにリリスはしばし困ったような表情を見せていたが、すぐに一件のコメントを拾った。


「え? 好きなお寿司のネタですか? お寿司はあんまり行ったことないんですけど……サーモンとか好きですよ。今度お寿司屋さんを見つけたら、入ってみますね」


 すると「寿司屋あるのか?」「中の人がリアルでって話だろw」などのコメントが流れ、それにリリスは反応する。


「中の人ってなんですか? 中の人なんていませんよっ!」


 リリスはそう言うと、笑いながらもむくれてみせる。それに対して「かわいい」「中の人なんているわけないもんなw」「メタ発言禁止だぞ」などといったコメントが流れる。


「ええと、私の転生前の死因はトラックか、ですか? えっとですね。トラックではないですよ。ちょっと不幸な事故に遭っちゃいまして」


 リリスはそう言うと、なぜか恥ずかしそうに微笑んだ。すると「まあ、PONだしな」「PONだしな」「これはPONだなw」などのコメントが流れる。


「え? ちょっと? PONってなんですか? 前も教えてくれなかったじゃないですかぁ」


 リリスはそう言って視聴者に質問するが、やはりPONの意味を説明するコメントは流れてこない。


「もぉー、皆さん意地悪してますね?」


 リリスがぷくっと膨れながらそう言うと、「あはは」「リリちゃんが可愛いから」などといったコメントが流れてくる。だがやはりPONの意味を説明するコメントは流れてこなかった。


「ちょっと、教えてくださいよぉ」


 リリスはなおも食い下がるが、やはりPONの意味を説明するコメントは流れてこない。


「もぉー、分かりましたよ。じゃあ、話題変えましょう。ええと……あ! つよぽんさん、コメントありがとうございます。ええと、『ムカつく自称保護者が逮捕されました。どうしたらいいですか?』」


 コメントを読んだリリスは真剣な表情になる。


「つよぽんさん、ちょっと事情がよく分からないんですけど、その自称保護者って、ご両親ですか? あ、違うんですね。じゃあ、どうして逮捕されたんですか? え? お金を盗んだ? あああ、それは……あ! もしかしてつよぽんさんも盗まれたんですか? ああ、そうですか。それは……」


 リリスはまるで自らのことのように辛そうな表情を浮かべた。


「逮捕されているのならもうしているかもしれませんけど、児童相談所に相談してください。それから弁護士さんにお願いして、盗まれたお金を取り戻す方法を相談してください。私はちょっと裁判とかはわからないですから、信用できる人を見つけるのが大事だと思います。えー、そうですね。皆さんはどう思います?」


 リリスがそう話を振ると、「相手に資産があればそれを差し押さえられるぞ」「そいつ、他でも色々やってそうだな」「こんなとこにいないで早く弁護士に相談しろ」「いや、リリちゃんのライブなら仕方ない」などといったコメントが流れてくる。


「あ、皆さんありがとうございます。つよぽんさん、やっぱり早く弁護士に相談したほうがいいみたいですよ。お金、取り返せるといいですね」


 リリスはつよぽんのことを心配しているようで、真剣な目でそう伝える。すると「ありがとうございました。そうします」とつよぽんのコメントが表示された。


「はい。それじゃあ次のコメント、読みますね。あ! このコメントにしましょう。イストレアのオススメグルメはなんですか? そうですね。やっぱり……」


 それから雑談を続けていると、いつの間にか画面内の窓から差し込む光が赤く色づき始めていた。


「あれ? いつの間にか結構時間、経ってましたね。うーん、今日はこのくらいにしておこうかな? はい。それじゃあ、そろそろ配信を終わろうと思います。皆さん、今日は来てくれてありがとうございました。おやすみなさい。バイバーイ」


 リリスは笑顔で左手を振ると、右手を画面外に伸ばした。すると配信がプツリと途切れ、黒い画面となったのだった。

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