第2話 駄女神は突然に

2022/08/08 誤字を修正しました

================


 仕事帰りにスーパーへ寄ろうと歩いていると、突然頭に衝撃が走り、気が付けば真っ白な世界にいた。


 周り全てが真っ白で、上下の感覚もない。


 俺は、死んだのだろうか?


 そんな突拍子もないことが頭をよぎったその瞬間だった。


「ええ、そうよ」


 突然女性の声が聞こえてきて、俺は思わず顔を上げた。すると目の前にはいつの間にか一人の女性が浮かび上がっている。


 整った顔に長い金髪、尖った耳、まるでファンタジーに出てくるエルフのようだ。気の強そうな青い瞳もまた、気位の高い設定の作品に出てきそうだ。


「エルフ? 何を言っているの? アタシは神よ? アタシは女神アルテナ」


 気の強そうな彼女はふふんと自慢気に胸を張る。


 ギリシャ神話風のシンプルな服装のおかげでその胸がより強調され、なんとも悩ましい。


「呆れた。女神に欲情するなんて」


 彼女は汚いものを見るかのような目を向けられる。


「あ、はい。すいません」


 美人ににらまれ、俺は思わず謝った。


「分かればいいのよ。で、アンタは死んだの。ちょっとアタシが花瓶を落としちゃってね。不幸な事故だったわ。それで――」

「ちょっと待ってください! 花瓶を落とした? じゃああの頭に感じた衝撃は……」

「そうよ。見事に直撃だったわね。ま、たまにはそういうこともあるわ。それで――」

「だから待てって! じゃあ俺はお前に殺されたってことか!? ふざけるな!」

「そうとも言うわね。ま、神にも手違いはあるわ。アンタは運が悪かったかもね。それで今後のことなんだけど」

「運が悪かったで済まされるか! 今すぐ生き返らせろ! 神様ならできるんだろ!?」


 俺が猛抗議すると、女神はやれやれといった表情になった。


「あのねぇ。死んだ人間を生き返らせることはできないの」

「そんな……」


 いや、待てよ? これはただの夢かも知れない。女神だの死んだだの、現実味がなさすぎる。


 早く帰って妹たちの……。


「あら? ああ、そういうこと。アンタ、一人で妹と弟を育ててたんだ。えっと、名前は茂手内猛夫、二十九歳、独身。彼女いない歴=年齢の童貞で、学校でのあだ名はモテないモブ。十八のときに両親が交通事故で他界。以来一回り以上年下の弟妹の親代わりとして育てている。ふーん、なるほどね。アンタ意外にいい奴じゃない」

「なっ!?」


 ど、どうしてそれを……!?


「アタシは女神だもの。見習いだってこのくらいはできるわ」

「ん? 見習い?」

「それでね」

「おい! 見習いってなんだ!」

「アンタが徳を積んでいたことは分かったから、アンタにチャンスをあげるわ。今すぐ輪廻転生するか、異世界に転生するかを選ばせてあげる」

「は!? いや、だから生き返らせろって」

「それは無理。一度失われた命は戻らないわ」

「いやいやいや! おかしいだろう!」

「あら? 生き返るほうがおかしいでしょう? 死者の魂は輪廻転生して、何かに生まれ変わるの。普通はミジンコとかゾウリムシあたりになるのが多いんだけど、アンタなら牛とか豚あたりの動物になるくらいはできるかもしれないわね」

「は? ミジンコ? 動物?」

「そうよ。人間に転生できるのなんてごく一部だもの。でもね。優しいアタシはアンタに異世界転生という選択肢を用意してあげてるの。わかる?」


 いや、さっぱりわからん。そもそもお前のミスが原因じゃないか。


「細かいわね。神の筆にも誤り、女神も空から花瓶を落とす。ことわざにもなるくらい有名な話でしょ?」

「いや、初耳」

「何よ!? 面倒ね。さっさと選びなさいよ!」

「……もしかして」

「何よ?」

「これ、もしかして隠蔽いんぺいしようとしてるんじゃ……?」

「ぎくっ!?」


 図星のようだ。


「な、な、な、何よ! そ、そ、そ、そんなこと、ないんだからね!」

「……なら、生き返らせてくれ。俺はあの二人が成人するまでは死ねないんだ」

「それはね、無理なの。どうやっても。アタシの力をすべて使ってもね」

「……」

「だから輪廻転生するか、異世界転生するか選んでちょうだい? 異世界転生なら多少の便宜は図れるわ」

「遺産だってほとんど遺してやれていないんだ。妹と弟をどうにか助けてやる方法はないか?」

「そうね……」


 そう言って女神はじっと俺の表情を見た。


「あっ! これならできるわね。アンタ、異世界に行って配信をしなさい」

「は!?」

「VTuberとして、GodTubeで動画配信するの。その収益を二人の口座に入れるのならどうにかなるわよ!」

「GodTubeって、あの世界最大の動画配信サイトの?」

「そう。それよ。アンタにはそのための転生特典をあげるわ。あとはアンタの希望に……あら? この三十歳まで童貞のままだと魔法が使えるようになるっていうのは何? アンタ、もしかして魔法が使いたかったの?」

「なっ!? それはっ!」


 突然予想外のことを言われ、俺は慌てふためいてしまった。


「まあ、いいわ。さっきアタシのことをイヤらしい目で見ていたし、よっぽどセックスに飢えて……あら? この記憶は何かしら? ……エルフ? エルフはこんなに胸が大きくないわよ? なんなのこれ? あら? オーク? 触手?」


 まさか! それはこの前中二になったばかりの弟が俺のパソコンで勝手に見ていた十八禁の!


「アンタ、ずいぶんとマニアックな性癖してるわね」


 初対面の女性にこんなことを言われるなんて!


 穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。


「ま、いいわ。アンタの希望は全部叶えてあげる。それじゃあね」


 彼女がそう言うと、俺の視界はブラックアウトしたのだった。


◆◇◆


 ぐしゃり。


 柔らかい衝撃で俺は目を覚ました。


 生暖かいドロドロした何かに包まれているような感覚があるが、周囲は真っ暗で何も見えない。


 すると目の端に光が映ったので、そちらへと右手を伸ばす。


 すると手はドロドロした何かの外に出たようで、空気に触れている感覚がある。


 左手も同じように外へ出し、グイッと力を入れて体を向けて動かした。


 頭が外に出る。


 どうやらここは森の中のようで、俺は何やら白い繭のようなものの中から顔を出している状態だ。


 俺はこの繭の中から出るため、繭の表面に手を置いてぐっと体を持ち上げようとしてみた。だが、肩が出ているのに胸が引っかかって外に出ることができない。


 ……ん? 胸がひっかる?


 驚いて下を見ると、繭の割れ目から巨大な谷間が見えていた。


「ええっ!? ……え?」


 思わず声を上げたのだが、なぜか甲高い声が聞こえてきた。続いていぶかしむ女性の声が聞こえてくる。


 自分の手を見てみる。白濁した粘液でべとべとになっているが、その手はあり得ないほど細い。


「ま、まさか、私、女になったの!?」


 !?!?!?


 俺は自分が口走った女言葉に衝撃を受ける。


 どういうことだ?


「私……」


 今、俺って言おうとしたのに!?


「もしかして、勝手にしゃべり方が変えられてるの?」


 ……どうやらそのようだ。


 すると突然、目の前に半透明の小さなウィンドウが現れた。


「ひゃっ!?」


 俺は驚きの声を上げようとして、可愛らしい悲鳴を上げた。


 そのことに頭がクラクラするものの、まずはウィンドウを確認してみる。


 するとそこには再生ボタンが一つだけ配置されている。恐る恐る再生ボタンを押してみると、あの女神の声が流れ始めた。


「その世界はエンデガルド。アンタの希望を総合した結果、胸が大きい以外はエルフと同じ外見をした淫魔の一種、エロフに転生させてあげたわ。ここならオークも触手もいるし、エロフなら魔法だって余裕で使えるわ。それに食事でだっていやらしいことができるのよ。嬉しいでしょう?」

「はい?」


 あまりの内容に俺は目が点になった。


「それから、アンタの名前はリリス・サキュアよ」

「な、な、な、な……」

「ちゃんとGodTubeに『リリスの異世界生活』っていう名前でチャンネルも作っておいてあげたから、頑張って盛り上げて仕送りしなさい。いやらしいことばっかりするんじゃないわよ?」


 まるでこちらの希望どおりになっていないにもかかわらずこの女神、いや駄女神はさもいいことをしたかのようにそんなことを言ってきた。


「ふざけないで! 私は美女とセックスしたいんであって美女になってセックスしたいんじゃないの!」


 思わず口をついて出た悲痛な叫び声が森中に響き渡り、それが女言葉になっていたことに俺は頭を抱える。


 こうして俺は異世界でエロフのリリス・サキュアとして、第二の人(?)生を送る羽目になってしまったのだった。



================

次回、初体験はゴブリンで。お楽しみに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る