第99話 スカイパトロール
午前中のうちに証拠書類の撮影を終えた俺は、警備隊の制服を着用し、貧民街の上空を飛行している。なぜ貧民街の上空を飛んでいるのかというと、レティシアにおすすめされた人助けのパトロール活動をするためだ。
もちろん麻薬の捜査も忘れてはいないが、空を飛んで上から怪しい奴を探すのだって十分有効な捜査のはずだ。もしかしたらマークしていた容疑者を見つけられるかもしれないし、それに俺が空から監視していると分かると敵は上に警戒を割かなければならなくなる。そうすればどうしたって地上で活動する捜査チームに対する警戒は緩み、活動がしやすくなるのではないかと思うのだ。
もちろんメインの目的は駄女神の使徒である俺が人助けをすることで、駄女神が悪魔だなどという濡れ衣を晴らすことだ。そうすればイストール公だって貧民街の人たちを皆殺しにせずに済み、悪人以外の全員にとっていいことづくめなのだから、やらない手はない。
さて、そうして飛行しながらプレビュー画面で地上の様子を拡大してチェックしていると、早速何やらトラブルになっているらしい現場を発見した。
画面をもう少し拡大してみると何やら一人の男が何かを手に持ち、女性にじりじりと近づいていっている。もちろん女性のほうは恐怖を感じているようで後ずさりしている。さらに拡大してみると、なんと男の手にはナイフがあるではないか!
これは! 確実に事件だ!
俺は一気に高度を落とし、男の背後に着地した。
「えっ!?」
「おぅぇぃ! いぃ#$%&@ゃえ!」
女性のほうは突然降りてきた俺に驚き、小さく悲鳴を上げた。だが男のほうはというと、かなりの風が吹いたにもかかわらずまったく気づいていないようで、女性のほうへとじりじりと向かっていっている。
「そこまでよ!」
俺は翼を展開したまま鋭く低い声で制止したつもりだったのだが、どうにもあまり迫力がない気がする。
「ひっ。た、助けてください!」
「おぁぁぁん? おめぇぁぃぁあ@&%$#」
女性は助けを求めてくるが、男のほうはまるで俺の言葉が聞こえていないかのように女性へと向かうのをやめない。
ええい! 仕方ない!
俺はすぐさま睡眠魔法をかけた。すると男はその場で崩れ落ちて眠る……かと思いきやぐわんぐわんと頭を揺らしながらふらつき、近くの壁にもたれかかった。
「え?」
どういうことだ?
「ぁぁうああ@¥※#」
相変わらず何を言っているのかさっぱり分からない奇声を発しながら、男はふらふらとした足取りで女性へと向かおうとしている。
「こっちへ!」
「は、はい!」
女性は小走りに俺のほうへとやってきて、後ろに隠れた。
「大丈夫ですか?」
「あ、あなたは一体……」
「私は記録の女神アルテナ様の使徒リリス・サキュアです」
「ひっ!? あ、あ、悪魔の!? そんな……わ、私に一体何を……」
女性は顔面蒼白となったが、俺は笑顔を浮かべて説明する。
「違います。アルテナ様は悪魔ではなく、記録の女神です。記録の女神アルテナ様は、見たものをそのまま記録として残すことができるんです。ですがそれを恐れた何者かがアルテナ様を
「え……」
「その証拠に、私は今麻薬撲滅活動の一環として、町の警備をしているんです。ほら、警備隊の制服をちゃんと着ているでしょう?」
「は、はい」
「それにすぐ、警備隊がきますから安心してください」
「ほ、本当ですか?」
「はい。もちろんです。今あったこともすべて記録されていて、あなたがあの男に襲われていたという事実も記録されてます。なのでもうあの男は逃げられません」
俺はプレビューウィンドウで先ほどの様子を動画で見せる。
「あ……ほ、本当だ。すごい……」
「これがアルテナ様の奇跡ですよ」
「は、はい!」
「ぉぁぇぁぉぇぉう=&@※#$%&!」
そんなやり取りをしているうちにいつの間にか睡眠魔法の影響から脱した男が再び奇声を上げながら俺たちに襲い掛かってきた。
俺はもう一度睡眠魔法を掛けるが、今度は少し怯んだだけで大きくよろめく様子はない。
仕方ない。
俺は男の精気を少しだけ抜き出した。
「ううっ!」
すると男は情けないうめき声を上げ、そのままがっくりと膝をついた。もはや立ち上がることすらできない様子で、その股間からはいつものようにイカ臭い匂いがごくわずかに漂ってきている。
いや、いつものように、ではないな。何やら様子がおかしい。
というのも今回はトマのときとは違い、小指の爪ほどしか精気を吸いだしていないのだ。にもかかわらずこれほど弱るとは、どういうことなのだろうか?
少し考えてみたが、さっぱりわからない。
まあ、よしとしよう。こいつは明らかにおかしな状態だったし、それにあのまま襲われていたら大変なことになっていたかもしれない。だからこれは正当防衛だ。
となると、残る問題はこの精気だが……とりあえずいただいておくとしよう。どうせ戻せないのだし。
俺はほんのわずかな精気を口にした。
……なんというか、ゴブリンのと同じくらい、いや、それ以上に微妙な味だ。まあ、なんとなくそんな気はしていたのだが、あのオークのときのように力が強まってくる感じもない。
例えるなら、そう。まるで喉が乾いていないにもかかわらずスプーン一杯ほどの飲み物を試飲することになり、しかもそれが美味しくもなく、かといって死ぬほどまずいというわけでもないという微妙な味だったときとでも表現すればいいだろうか?
そんななんとも形容しがたい感傷に浸っていると、女性がおっかなびっくりに声をかけてくる。
「あ、あの、これは一体……」
「え? ああ、これですか? 魔法で動けなくした、みたない感じですからもう大丈夫ですよ」
「そうなんですね。でもこの匂いは……」
どうやらほのかなイカ臭い匂いに気付いたようで、女性はなんとも言えない表情をしている。
「ああ、そうですね……」
俺もまたなんとも言えない気分となり、曖昧に答えたのだった。
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