第29話 帰村

 それからしばらくして、ようやく落ち着いたレティシアさんが声をかけてきた。


「リリスさん、すみません。お見苦しいものをお見せしましたわ」


 いつもの聖女然としてお淑やかなレティシアさんがそこにいるのだが……。


「ゴブリン退治、とても助かりましたわ。わたくしではとても……」


 か弱い聖女を演じてはいるが、俺はあの見事な右ストレートをばっちり目撃している。


「……」

「レティ、もう見られちゃったよぅ」


 ミレーヌさんはまるで姉に甘える幼い妹のような口調でレティシアさんにそう言った。


 見た目とのギャップになんだか頭がおかしくなりそうだ。


「……あー、猫被るのも面倒だしなぁ。まあ、そんなわけだ。悪いな、リリス。あたし、こっちが素なんだ」


 レティシアさんは聖女然とした表情を崩してニカッと笑った。小動物系の可愛らしい顔とのギャップがなんともすさまじい。


「あ、はい……」

「まあ、バレちゃったんだから仕方ねーわな。リリス、そんなわけだからもっと気楽に呼んでいいぜ」

「はぁ」

「おい、ミレーヌ。いつまでそうしてんだ! しゃんとしろ!」

「う、うん……」


 レティシアさんがミレーヌさんを引き離すと、ミレーヌさんは恥ずかしそうに俺から背を向けた。


「あたしはもともと冒険者でさ。格闘家だったんだよ。ミレーヌとは冒険者を始めたころから一緒にやってた。でもあたしが治癒魔法を使えることが知れ渡っちまってさ。それで教会に入らざるをえなくなっちまったんだ。で、聖女はやってやるから、かわりにミレーヌと一緒にいさせろって条件出したんだ。ま、教会としても聖女の護衛に女剣士ならちょうどいいって思ったんだろうな」

「はあ」

「じゃ、ちゃっちゃとゴブリンの巣穴、潰そうぜ。どうせあたしらがいればゴブリンは寄ってくるしな」

「……そうですね」

「もっと気楽にしゃべっていいって。な? あたしのこともレティでいいぜ」

「はあ。じゃあ、うん。レティ、行こう」

「おうよ」


 こうして俺たちはゴブリンの巣穴を潰すため、ゴブリンが来たほうへと向かった。


 それからほどなくして俺たちはゴブリンの巣穴を発見し、殲滅した。


 だがその巣穴の状況はあまりにも凄惨せいさんで、とても口に出して言えるような状況ではなかった。


 その惨状に気分が悪くなり、ゴブリンが人間にとっていかに許しがたい存在であるかがよく理解できた。


 申し訳ないが、これ以上は思い出したくもないので説明は割愛させてほしい。


◆◇◆


 俺たちがミニョレ村へと戻ってくると、門の前には冒険者たちが集まっていた。


「お前たち、どうした?」


 元に戻ったミレーヌさんがそう声をかけると、冒険者たちはビクンとなってこちらを振り返る。


「ミレーヌさん!?」

「レティシア様!?」

「爆乳エルフまで?」


 なんだか最後の一言がおかしかった気もするが……。


「どうしてこんなところにいるんだ?」

「それが、一緒に行動していたはずのジュゼッペが行方不明になったんだ」

「俺はミレーヌさんが崖から落ちてゴブリンに殺されたって聞いたんだ」

「俺はそこの爆乳エルフがレティシア様をたぶらかして森に入ったって……」

「俺はトマが瀕死の重傷を負ったらしいって聞いたぞ」

「……私は崖から落ちたのではない。トマとヤニックに突き落とされたのだ」

「ええっ!?」

「わたくしはわたくしの意志で、ミレーヌを助けに森へ入りました。トマ様はリリスさんに乱暴しようとし、魔法で返り討ちにあっただけですわ。ジュゼッペ様はトマ様とヤニック様と一緒におりましたので、まだこの村にいらっしゃると思いますわ」


 レティシアさんは完璧な聖女を装ってそう答えた。


「なんだと!?」

「ヤニックの野郎!」


 冒険者たちはそれを聞いて殺気立つ。


「それよりも皆様、わたくしたちでゴブリンの巣穴を潰して参りましたわ。被害者の救出をお願いできませんこと? 巣穴はあちらの谷筋にありましたわ」

「は、はい!」


 レティシアさんに言われ、冒険者たちはすぐさま森へと駆け出していったのだった。

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