第80話 警備隊襲来

 開かれた扉からは汗だくの兵士たちが入ってきた。


「お待ちください! そちらには聖女レティシア様が!」

「やかましい! 放火の犯人がこの中にいると言っているだろう!」


 後ろから兵士たちを止める女性の声が聞こえてくるが、兵士たちは恫喝でそれに答えた。


 って、あれ? あいつら、外で俺に難癖をつけてきたやつじゃないか。


「一体どういうおつもりです? わたくしはこの中庭にお前たちが立ち入ることを許可していませんわ」


 聖女の仮面を被ったレティシアがピシャリと言い放ったが、兵士たちは血走った目でレティシアにまで怒鳴りつけてくる。


「うるせぇ! そこの放火魔を捕まえたら出てってやるよ!」

「聖女様になんという……!」


 兵士たちに遅れて入ってきたシスターさんがそう言って絶句した。


「やかましい! 聖女だかなんだか知らねぇが、俺らはあの放火魔を捕まえるのが仕事なんだよ! 邪魔すんな!」


 兵士たちが槍の穂先をシスターさんに向け、シスターさんの顔には恐怖の色が浮かぶ。


「やめろ! 大聖堂の聖職者になんと言う真似を!」


 ミレーヌは抜剣し、俺たちをかばうように前に立った。だがそれを見た兵士たちはニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。


「ほーう? 俺たちに剣を向けていいのかぁ?」

「本気で言っているのか?」


 ミレーヌさんは険しい表情のまま問いかけるが、兵士たちはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。


「ようし。なら、お前も詰め所に来てもらおうか。逆らうならお前は罪人だ」

「……なるほど。警備隊の質もここまで落ちていたか」

「ああん?」


 ミレーヌにそう言われた兵士たちはまるでチンピラのようにこちらを威嚇してきた。


「イストレア大聖堂で起きた事件は処刑に相当するものを除き、警備隊の捜査権は及ばない。そんなことも知らずに警備隊を名乗っているのか?」

「はあ!? そんなん聞いたこともねぇよ! お前ら! 放火魔と警備隊に剣を向けた罪人を捕まえるぞ!」

「「「おう!」」」


 兵士たちはそう言って全員が戦闘態勢となり、俺たちを取り囲もうとゆっくりと広がっていく。


「お前たち、正気か? どうなるか分かっているんだろうな?」

「うるせぇ!」


 ミレーヌの忠告にまったく耳を貸そうとしない。


 ……なんというか、こいつら、本当に警備隊の奴らなのか? ただのチンピラにしか見えないのだが。


「ねえ、レティシア。アレ、やっちゃっていい?」

「えっ?」


 俺の問いにレティシアは一瞬なんのことか分からなかったようだが、すぐに顔をしかめた。


「ああ、アレか。いや、この中庭でさすがにそれはちょっと……」

「そっか……」


 たしかにここでイカ臭い白濁液をぶちまけられたくないという気持ちは理解できる。こんな立派な中庭なわけだし、それにもし思い出してしまうとお茶だって楽しめなくなりそうだ。


 そんなやり取りをしている間にも兵士たちは俺たちをぐるりと取り囲んでしまった。


「さあ、武器を捨てろ。抵抗すれば罪はより重くなるぞ?」


 兵士の一人がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら俺たちに投降を呼び掛けてきた。


「お前たちこそさっさと武器を捨てろ」

「どうやら自分たちの立場が分かっていないようだなぁ。よし、少し痛い目に遭わせてやれ」

「へい!」


 とても警備隊の兵士とは思えないようなやり取りのあと、兵士の一人がミレーヌに切りかかってきた。ミレーヌは華麗な剣さばきでその兵士の槍をいなす


「うおっ!?」


 あっさりバランスを崩した兵士はそのまま無様に地面に転がった。


「この! よくも!」


 立ち上がった兵士は再びミレーヌに切りかかるが、ミレーヌは一歩も動かずにそれをいなし、兵士は再び地面に転がった。しかも今回は顔面からなのでかなり痛そうだ。


 ええと、これはミレーヌが強すぎるのか? ……いや、でもこいつは一応兵士のはずだ。いくらミレーヌが強いとはいえ、これはいくらなんでも弱すぎるのでは?


「何をしているのですか! 大聖堂で狼藉を働くなど許されません!」


 男性の声が響き、今度は大聖堂の司祭さんが中庭にやってきた。司祭さんの他に何人もの聖職者たちが集まってきている。


「責任者か? ならそこの放火魔と我々に剣を向けた罪人を引き渡してもらおう」

「この大聖堂の責任者は主教様ですが、これだけは言えます。今すぐ、この場を立ち去りなさい。リリス・サキュア様にとががあるのであれば、正式な手続きを取りなさい」

「ああん? んなもん必要ねぇよ! こいつは放火の現行犯だ! こいつが放火した森はすでに火事になってんだ!」

「黙って聞いていれば、よくもそんなことを!」

「ああん? 事実なんだよ! 放火の現場を見られたから邪悪な力で飛んで逃げたんだろうが!」

「それはっ!」

「逃げるってことは、やましいことがあるからだろうが!」

「そんなわけないでしょう! あんな風に私を取り囲んできたからじゃないですか!」


 俺が反論すると、司祭さんが割って入ってきた。


「お二人とも、落ち着いてください。リリス・サキュア様、記録の女神アルテナ様のお力でその現場をお見せいただくことはできますか?」

「え? あ、はい。もちろんです」


 言われてそのことに思い至った俺はすぐさま映像の確認を始めるのだった。

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