第35話 主教との面会

 教会の中は外から見るよりもかなり広い。とてつもなく高い天井、そして立派なステンドグラスには様々な宗教画が描かれており、色とりどりのガラスを通して差し込む光が幻想的な雰囲気を漂わせている。


 その雰囲気に圧倒されていると、ミレーヌさんがそっと耳打ちをしてきた。


「リリス、ここはイストレア大聖堂。イストレアで最も大きい教会で、アスタルテ教イストール公国教区の主教の教会でもある」

「主教?」

「主教というのは、アスタルテ教の一教区の代表ですわ。ここの教主マクシミリアン様はイストール公国の主教ですから、イストール公国のアスタルテ教会すべての代表となりますわ」

「はぇぇ……」


 すごいのだろうが、どれほどすごいのかまったくもって想像がつかない。


 驚いていると、ミレーヌさんがまたそっと教えてくれる。


「さらにその上には総主教がいらっしゃるぞ」

「総主教ってことは、主教の代表みたいな感じ?」

「そうとも言えるが、そうでもない」

「???」

「総主教には、ご高齢で引退された聖女の方が就かれるのだ」

「ああ、なるほど」


 要するに、名誉職的な話なのだろう。


 そんな話をしながら大聖堂の奥にある扉を通って中庭に面した廊下を歩き、突き当りの扉から再び建物中に入る。そしてさらに歩いて奥まったところにある扉をノックした。


「入りなさい」


 中からはややしわがれた男性の声で返事があった。許可を得てミレーヌさんが扉を開け、レティシアさんが中に入る。


「ほら、リリスも入れ」

「あ、うん」


 俺も中に入り、続いてミレーヌさんが入ってきて扉を閉めた。


 室内には執務机が置かれており、かなり高齢の男性が座っている。


「レティシア、よくぞ無事に戻ったのう。おや?」


 彼は穏やかな微笑みを浮かべてレティシアさんにそう言うと、続いて入ってきた俺に気付いてこちらを見てくる。


「エルフの方とは珍しいのう。はじめまして。儂はイストール公国教区主教のマクシミリアン・ド・アズナブールですじゃ」


 座っていた椅子から立ち上がったマクシミリアン主教はしっかりとした足取りで俺の前までやってきた。


「はじめまして。リリス・サキュアといいます」

「ええ、ようこそ。ふむ。レティシア、どういうことかのう?」

「実は――」


 レティシアさんが事情を説明した。


「なるほど、そうじゃったかそうじゃったか。申し訳ないが、女神アルテナ様の御名は存じ上げませんのう。良かったらアルテナ様より授かったというお力を見せていただけませんかのう?」

「はい」


 俺はプレビュー画面を開き、レティシアさんの豊穣の祈りの動画を見せた。するとマクシミリアン主教は目を見開いて驚いた。


「こっ! これはっ!」

「お、おい。マクシミリアン様、もういい年なんだから座れよ」

「む? そうじゃのう。お言葉に甘えるとするかのう」


 マクシミリアン主教はそう言って先ほどまで座っていた椅子に座った。


「して、使徒リリス様。アルテナ様より賜ったお力で記録できるのはどういったものになりますかのぅ? たとえば、遠く離れた地のことも記録できるのかのぅ?」

「いえ、私が居た場所の景色を動画として記録できるだけです。編集もできますけど」

「……ふむ。左様か。ということは、アルテナ様は世界を記録するためにリリス様を使徒として遣わされたということになるかのぅ?」

「そう、ですね。多分そうなんだと思います」

「ふむ。記録の女神アルテナ様、か……」


 マクシミリアン主教はそう言ってしばらくの間考え込む。


「レティシアが連れてきたということは、悪しき存在ではないのじゃろう。じゃが、アスタルテ教として認められるかは別の問題じゃのう」

「えっ?」


 もしかして、異端審問とか魔女裁判とかあったりするわけ?


「リリス様、まずは女神アルテナ様の名を高めるのですじゃ。記録の力は良いようにも悪いようにも使われるじゃろう。女神として扱われるか、邪神として扱われるかは使徒であるリリス様にかかっておるのじゃぞ」

「ええっ?」

「まっ、そういうわけだ。冒険者となってあたしと一緒に活動すんだ。悪いことにはならねぇって」


 レティシアさんはそう言ってニカッと笑った。


 今さら気付いたが、どうやらレティシアさんはマクシミリアン主教の前だと素に戻るらしい。


「マクシミリアン様、それとな。実は――」


 レティシアさんは話題を切り替え、トマの話を説明した。さらに俺が保存しておいた動画を見せると、マクシミリアン主教は悲しそうな表情を浮かべた。


「嘆かわしいのぅ。力なき者を守るために派遣された者がこのような狼藉を働くとは」


 そして動画をじっと見つめ、俺に乱暴を働こうとしたシーンで大きく頷いた。


「うむ。任せるがよい。イストール公には伝え、しかと罰を受けさせよう」

「お願いします」


 それからしばらく歓談し、俺たちはマクシミリアン主教の部屋を後にしたのだった。


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 とりあえず邪神認定されずに済みました。次回は冒険者登録をしに、冒険者ギルドへと向かいます。お楽しみに!

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