第37話 使徒の仕事
冒険者ギルドでの用事を終え、俺は今近くのホテルの一室にいる。
このホテルはミニョレ村でミレーヌさんの救出とゴブリン討伐に貢献したお礼として冒険者ギルドが当面の間負担してくれることになっているため、お金はかかっていない。
せっかくなので動画の編集作業をしようとしたのだが、なんと動画を保存しておける容量の残りがかなり少なくなっていることに気付いた。
ミニョレ村を出発してからイストレアまでの道中でこれはと思ったシーンをバシバシと保存しておいたのだが、どうやらそのせいで容量が圧迫されてしまったようだ。
とりあえず今回の動画で使わなかったシーンはすべて削除すれば当面容量は空くのだが、問題はこれからだ。
このままでは容量が足りず、新しい動画を作れなくなってしまうかもしれない。
容量を増やすには……ああ、そうだ。たしかあの駄女神の信徒を増やす必要があったはずだ。
うーん? 信徒を増やすって何をすればいいんだ?
なんか勝手に記録の女神とかいう話になっていっているけど、どうなんだろう?
そもそもあの駄女神がなんの女神なのか聞いていないし、教義だって何一つ知らない。
日本の感覚でおかしなことを言って邪神扱いされるのは勘弁だしなぁ。
……いや、そんなことを考えても仕方ないか。
俺のやるべきことは、とにかく再生時間を伸ばして収益化をし、弟妹に仕送りをすることだ。
まずはこの動画の編集を終えてしまおう。
そう考えた俺は目の前の作業に集中するのだった。
◆◇◆
翌朝、俺は冒険者ギルドへ冒険者票を受け取りに行く前にレティシアさんの部屋を訪ねた。
「よぉ、よく来たな。メシでも食おうぜ」
ラフな格好をしたレティシアさんは完全に聖女の仮面を投げ捨てた口調でそう言ってくる。
「う、うん。突然来てごめんね。迷惑じゃない?」
「大丈夫だよ。昨日の夜に話、聞いてたからな。ほら、座れよ」
促されて着席する。
「おい、ミレーヌ。いつまで寝てんだ。早く起きろ」
「う、うん……」
まだベッドにいたミレーヌさんをレティシアさんが乱暴に起こそうとベッドの掛け布団を強引にはがした。
ミレーヌさんもミレーヌさんで、完全に頼れる女剣士の仮面を脱ぎ捨てている。
あ、ちなみにレティシアさんの部屋は大聖堂の奥にあり、かなり広い。
天蓋付きのキングサイズのベッド一つと広いダイニングテーブルが
身の回りの世話はすべて自分でやっており、驚いたことに食事はレティシアさんが自分で作っているらしい。
「ミレーヌ、おらっ! さっさと起きろ! リリスがもう来てるぞ!」
「えっ? あ……」
そう言われてようやくミレーヌさんが体を起こす。
「ほら、さっさと顔を洗ってこい」
「う、うん……」
そう言って立ち上がったミレーヌさんは隣の部屋へと歩いていくが、その目にはクマができている。
夜更かしをしていたのだろうか?
「あのさ。ミレーヌさんって、何か疲れてない?」
「えっ? ああ、いやぁ、まあ、その、な?」
レティシアさんはバツが悪そうに言葉を濁した。
「ほら、アレだよ。トマの件の報告とか、色々あったからな」
それだとレティシアさんも遅くまで大変だったのではないかと思うが、レティシアさんはどちらかというとスッキリしているような感じだ。
「まあ、ちょっと待ってろ。すぐに用意するからよ」
レティシアさんはそう言うと、そそくさと隣にあるというキッチンへと歩いていくのだった。
◆◇◆
俺はレティシアさんの作ってくれた朝食を食べながら駄女神の信徒を増やしたいということを相談してみたのだが、それを聞いたレティシアさんは微妙な表情を浮かべた。
「アルテナ様の信徒を増やしたい、ねぇ」
「うん。ただ、アスタルテ教とは変な争いになりたくないから……」
「まあ、いいんじゃね? 別に」
「えっ?」
「いや、使徒が神のため祈りと信仰を集めるのは当然だ。むしろそのために使徒を遣わせているんだからな」
「はぁ」
「なんだ? 知らねえのか?」
「うん」
「いいか? 神は信仰によってその力を増すんだ。だから、使徒を遣わせるってのは多かれ少なかれ、信徒を獲得しろっていう意味がある」
「うん」
「ただ、別にそれはアスタルテ様とは関係のない話だ」
「えっ?」
「大体だな。アスタルテ様は豊穣の女神さまだ。記録の女神アルテナ様とはそもそも司ってる領分がまったく違うんだよ」
「ええと……」
俺が困っていると、レティシアさんは盛大にため息をついた。
「たとえば戦をして勝ちたいと思ったとき、アスタルテ様に祈るか?」
「それは……」
「祈るんなら戦いの神マルス様だろ? そうじゃなけりゃ、竜神教の神殿に行く」
「えっと……」
「だからアスタルテ教の信徒がアルテナ様の信徒になったところで別に大した話じゃねぇ。むしろ普通だ。アルテナ様もアスタルテ様と同じように豊穣を司ってるのであれば話は別だけどな」
なるほど? どうやら多神教なのでそれぞれの神様で司っているものが違う。しかもそれはあの豊穣の祈りのように目で見てわかる恩恵があるため、欲しいご利益を求めて適切な神様にお祈りするということなのだろう。
良かった。唯一神がいてそれ以外はすべて邪神だ、みたいな宗教観ではないようだ。
「そんなわけだから、アスタルテ様の邪魔をしなければ問題ないぜ。それにアルテナ様が赦すってんならアスタルテ様と併せて大聖堂で祀ることもできるぜ?」
「え?」
「ま、それはアルテナ様がアスタルテ様の配下に入るってことだから、使徒を送り出す力がある女神なら嫌がるだろうがな」
いや、どうだろう? あの駄女神、見習いとか言っていたような気がするぞ?
「ま、そんなわけだ。もしアスタルテ様の配下になるってんならそのうち神託が下るだろ」
「神託?」
「ああ。神の声が聞こえたり、会ったりできるらしいぜ? あたしは一度もねぇけどな」
レティシアさんはそういって豪快に笑った。
「それはともかく、あたしらは誰もアルテナ様の名前を知らなかったしな。まずは名前を覚えてもらって、祈りを捧げてもらうのが先じゃねえか?」
「……なるほど」
「それに、ここには祈りを捧げてくれそうなのがいるぜ?」
「えっ?」
俺は思わずレティシアさんのことを見つめる。
「おいおい、あたしじゃねーよ。アスタルテ様の使徒だからな」
そう言ってレティシアさんはミレーヌさんのほうを見た。
「ミレーヌさん?」
「あ、ああ。私で良ければ祈らせてくれ」
ミレーヌさんはそう言うと手を組み、小さく祈りを捧げた。
「それにしても、リリスは信徒を増やすことも目的だったのだな」
「えっ? どういう……」
「いや、ミニョレ村の宿に少年がいただろう?」
「えっ? ああ、ロラン君のこと?」
「彼はずいぶんと熱い目でリリスのことを見ていたからな。きっと信徒になってくれただろうに」
「……あ!」
そういえばすっかり忘れていた。
薄い壁の向こうで毎晩自家発電していたあのロラン君か。
バレていないと思っていたんだろうが……うん。さすがにロラン君はちょっとなぁ。
なんだか昔、可能性は感じないでほしいと言って炎上した有名人がいたような気がするけれど、ほんの少しだけその気持ちが分かったような気がする。
こうして俺は朝食を摂り終え、ホテルへと戻るのだった。
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