第109話 日本では……(19)

 リリスが麻薬の問題を解決したころ、朱里の通う高校では最初の進路希望の提出時期を迎えていた。


 ホームルームでの進路希望調査票の提出も終わった放課後、朱里のクラスメイトであるクラスメイトの野田美里と石川陽菜が朱里の席にやってきた。


「朱里、志望校どこにした?」

「朱里ちゃん、成績いいし、やっぱり国立?」

「朱里なら東帝大とかいけるんじゃない?」

「えっ? うちの高校から行った先輩いたっけ?」

「だから、朱里が第一号になるんだって」


 楽しそうにそう話す美里と陽菜だったが、それの表情とは対照的に朱里は暗い顔でうつむいた。


「あ、あれ? どうしたの?」

「うちら、親友でしょ? 相談に乗るよ?」

「……うん」


 なおも暗い表情をしている朱里をしたのか、美里は朱里の顔を覗き込んだ。


「わっ!? みっちゃん、何よいきなり……」

「だって、朱里が暗い顔してるんだもん。暗い顔してたらどんどん暗くなっちゃうよ? 朱里、かわいいんだからさ」

「うん……ありがと」


 朱里はそう言ってなんとか微笑んで見せた。と、突然教室のドアが開き、血相を変えた担任が飛び込んできた。


「茂手内はいるか? お! いたな。茂手内、ちょっと進路指導室にきなさい」

「え? あ、はい。みっちゃん、ひな、石田先生が呼んでるから……」

「うん」

「またね!」


 こうして朱里は石田と共に進路指導室へと向かうのだった。


◆◇◆


「石田先生、なんでしょうか?」

「ああ。今日出してもらった進路希望調査票のことなんだがな。この就職っていうのは書き間違いじゃないのか?」

「はい。就職を希望します」


 すると石田は一瞬ショックを受けたような表情になったが、すぐに気を取り直したのか真顔になって話し始める。


「茂手内、就職するとして、どんな仕事をしたいんだ?」

「え?」


 朱里は虚を突かれた様な表情になり、言葉に詰まる。


「どうしてもやりたい仕事があるわけじゃないんだな?」

「はい」

「そういうことなら進学すべきだ。お前の成績ならかなり上位の国公立を狙えるんだぞ? それに、きちんとした大学を卒業すれば就職だって有利になるんだ。選べる職種の幅も広がる。いいか? 大卒と高卒じゃ、生涯年収は六千万違うんだぞ」

「で、でも……うちは兄が死んでしまって両親もいないので……」

「保護者は出してくれないのか?」

「はい。どうせ他人ですから」

「……だ、だが収入がないなら奨学金をもらうことができるぞ。それに収入がないなら学費を免除する仕組みだってある」

「でも……剛が中卒で働くって言いだしちゃったので私が……」

「はぁっ!?」


 石田は思わずといった様子で大声を上げた。石田が三十代の若手体育教師ということもあり、その声に朱里は思わず身をすくめた。


「おっと、すまんすまん。茂手内、その剛くんというのは、たしか弟さんだったな?」

「はい」

「……」


 石田は険しい表情になり、少しの間何かを考え込んだ様子となった。


「茂手内、言いにくかったら話さなくてもいい。だが先生は茂手内の将来が心配なんだ。だからもし良かったら教えて欲しい。保護者のお兄さんが亡くなられて、それから親戚の家でお世話になっていると言っていたね?」

「はい」

「茂手内が就職しようとしているのは、弟さんがその親戚の家から出たがっていて、それを止めて高校に行ってほしいから、だね?」

「はい」

「そのことを、お世話になっている親戚の人は知っているのかい?」

「いいえ。でも、何も言わないと思います」

「……そうか。分かった。いいか? 茂手内、君はまず自分のことを最優先に考えたほうがいい。先生はできる限り力になるし、弟さんを助けてくれる大人だって世の中にはたくさんいるからな」


 力強くそう語る石田の言葉に朱里は真剣な表情でうなずく。


「それと、その親戚の人に先生が話をしたいと言っていたと伝えてもらうことはできるか?」

「はい。一応伝えますけど……」

「そうか。予定はできるだけ合わせるし、忙しいなら家庭訪問でもいいからな」

「わかりました」


 こうして朱里は個人面談を終えたのだった。


◆◇◆


 一方その頃、剛たちはリリスが配信した麻薬捜査の結果報告ライブについて校舎裏で話し合っていた。


「やっぱ委員長さすがだよなー」

「な! 副長が犯人だって、完全的中だもんな」

「委員長、マジ天才!」


 剛たちが口々に藤田を褒め称えていると、西川が突然話題を変えてくる。


「そういや茂手内」

「なんだ?」

「結局委員長とはどうなんだ?」

「ん? どうって?」


 剛は不思議そうに聞き返す。


「え? おいおい。まさかなんもないのか?」

「なんもないって、何がだよ?」

「……」


 すると西川は残念なものを見るかのような視線を剛に向けた。


「ん? ん? なんだなんだ? なんのことだよ?」


 剛の反応に他の面子も西川と同じような視線を向ける。


「ま、お子様茂手内にはまだ早かったか?」

「だな」

「お、おい! だからなんの――」

「あら? またリリちゃんの話?」


 まるで測ったかのようなタイミングでゴミ袋を運ぶ藤田が現れた。


「あ! 委員長! ちょうど良かった。茂手内を使ってくれ」

「え?」

「お、おい!」

「じゃ、俺らは急ぎの用があるからまた!」

「え? え?」


 困惑する藤田の前に剛を押し出すと、西川たちは脱兎のごとく駆け出した。それを見送った藤田はおずおずと切り出す。


「えっと、じゃあ、ゴミ捨て、手伝ってもらえる?」

「あ、ああ」


 こうして剛は藤田の持つゴミ袋を持ち、並んでゴミ捨て場へと向かうのだった。

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