第113話 日本では……(23)
朱里と剛が松尾に話をしていると、久須男と洋子の寝室からバキッという何かをこじ開けたような音が聞こえてきた。そしてすぐに男性の声が聞こえてくる。
「ありました! 通帳です!」
「お! 見つかったようですね。朱里さん、あの部屋は、金杉夫妻の寝室ですか?」
「はい」
「それじゃあ、ちょっと見に行って確認してみますか?」
「いいんですか?」
「本当はあまり良くないんですけど、お二人の話を聞いていたら一緒に確認したほうがいいかと思いまして。あと、剛君も、多分やられてるんじゃないかと思いますよ」
「え? 俺もですか?」
「お兄さんから百万円の遺産を貰ったんですよね?」
「そうですけど」
「お姉さんのお金を横領しているんですから、当然剛君のもしているはずですよ」
「……そうっすよね。わかりました」
それから松尾は二人を連れ、通帳が見つかった寝室へと向かった。するとそこには鍵が破壊された木製のチェストの引き出しからいくつもの通帳を取り出して確認している男性職員の姿がある。
「通帳が見つかったって?」
「はい。見てください。目的の通帳の他に夫妻の通帳もって、あれ? いいんですか?」
「ああ。この子たちはおそらく横領の被害者だ。通帳の内容を一緒に確認してしまおう」
「わかりました。そっちの男の子はもしかして?」
「朱里さんの弟の剛君だ」
「ああ、じゃあこっちの通帳ですね。何回かに分けて、全額引き出されていますけど」
「はっ!? あいつ! よくも兄ちゃんの!」
剛は怒気を
「剛君、落ち着いて。もうやられたことは仕方ありません。まずは事実を確認して、きっちり責任を追求しましょう」
「あ……はい」
松尾に
「こっちがお姉さんのですね。それで、こっちが金杉久須男さんので、これが洋子さんのです」
「ああ、ありがとう。ちょっと見てみよか」
朱里は通帳を受け取り、松尾と共に内容を確認した。するとそこに書かれていた金額に目を見開いて驚いた。
「え? なんなんですか? これ?」
「これが朱里さんが受け取っていたお金ですね」
「でもあたし……こんなの知りません。それにこんな引き出されてたら……」
「そうですね。ほら、こっちの通帳と突き合わせれば、引き出しがあったタイミングでほぼ同額、久須男さんか洋子さんの口座に入金されているでしょう?」
「本当ですね……」
「ほら、この日はさきほど剛君の言っていた、洋子さんが銀座で買い物をして高額なランチを食べたという日ですね。この日は出金額よりも入金額のほうがかなり少ない」
「はい……」
朱里は意気消沈した様子でがっくりとなった。一方の剛は
「あの! どうやったらあいつらに復讐できますか?」
「復讐は……そうですね。ここまでやっているとなるとどうせ彼らは実刑でしょうから、直接的なことはやめておいたほうがいいです。これが明らかになれば久須男さんは仕事も失うでしょうし」
「じゃあ盗まれたお金は!」
「剛君、落ち着いてください。取り返すのであれば、きちんと弁護士に相談して、どうするかを考えましょう。それと何より、まずは警察にきちんと被害届を提出してください。それがなければ始まりません。ちょうどこれから朱里さんは先ほどの件で警察に行くことになるでしょうから、そのときに相談しましょう。あそこで警官のかたが一部始終を見ていていましたし、良くしてくれるはずですよ」
すると話を振られた女性警官はニッコリと微笑むのだった。
◆◇◆
朱里たちが松尾の取り調べを受けた日の夜、会社から出てきた久須男に四人の屈強そうな警官が近づいてきたかと思うと、あっという間にその周囲を取り囲んだ。
「な、なんだ? 君たちは! 私は先を急いでいるんだ!」
「金杉久須男さんですね?」
「だとしたらなんだ!」
「金杉久須男さん、あなたを業務上横領の容疑で緊急逮捕します」
「は? 横領だと!?」
「はい。あなたには、未成年後見人の立場にありながら、被後見人の財産を故意に横領した容疑がかけられています」
それを指摘され、久須男の顔はサッと真っ赤になる。
「何を言っているんだ! あれは養育に必要なお金だ! 保護者が処分して何が悪い!」
「お話は署でお聞きします」
「う、うるさい! 俺は行かないぞ! 逮捕するなら逮捕令状がいるはずだ!」
「業務上横領は十年以下の懲役ですので、緊急逮捕の要件を満たしています。また、金杉さんは今週末からバリ島へ旅行に行かれる予定だそうですね? 逃亡の恐れがあるため、緊急で逮捕する必要があると判断しました。おとなしくご同行願えますね?」
四人の警官に囲まれた金杉の周囲には人だかりができている。
「あれって金杉さん?」
「嘘、何やったの?」
「横領とか聞こえたけど」
「あー、最近やけに羽振りがいいと思ってたけど……」
「あ! もしかしてあの時計、横領したお金で?」
「横領って、うちの会社のお金だよな?」
「うわぁ、それ最低じゃないですか」
どうやらその中には金杉の会社の同僚が多数含まれているようで、そんなひそひそ話が声が聞こえてくる。
「ご同行願えますね?」
「……はい」
金杉はぐったりとうなだれ、警察官に連れられてパトカーに乗り込むのだった。
◆◇◆
警察署に連行された久須男は、取調室で取り調べを受けることとなった。取調室には二人の警察官がおり、一人はかなり強面の大柄な若い男で、もう一人は温和な雰囲気を漂わせた年配の男だ。
久須男の正面に座った年配の警官が穏やかな口調で放し始める。
「金杉久須男さんで間違いありませんね?」
「はい」
「金杉さん、あなたには未成年後見人であるにもかかわらず、被後見人である茂手内朱里さん、茂手内剛さんの財産を横領した疑いがあります。あなたはこの容疑を認めますか?」
「……黙秘します」
久須男は仏頂面のまま、短くそう答えた。
「我々は銀行口座のお金の流れを確認しています。それでも容疑を認めませんか?」
「……」
すると年配の警官が小さくため息をつく。すると大男の警官が突然声を荒らげ、テーブルに両手を叩きつけた。
「おい! こっちはもう全部わかってんだよ!」
あまりの剣幕に久須男はビクンと体を縮めたが、それでも無言を貫いている。
「やめなさい。金杉さん、素直に話してはくれませんかねぇ?」
「……」
久須男は答えず、年配の警官は大きくため息をついたのだった。
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