第112話 日本では……(22)

「すみません。ありがとうございました」


 叩かれたショックから立ち直った朱里は女性警官にお礼を言った。


「うん。いいよ。あの女に暴行された件だけど、調書っていうのを作らないといけないから、あとでお話を聞かせてもらえるかな?」

「はい」

「ありがとう。じゃあ、今は国税さんのほうの相手をお願いね」

「わかりました」

「すみません。こっち、大丈夫です」

「ありがとうございます。それじゃあ茂手内さん、お話を聞かせてもらえますね?」

「はい」


 朱里は職員に促され、テーブルにつく。すると職員は朱里の正面に座り、穏やかな口調で話し始めた。


「まずは自己紹介しましょう。私は国税庁査察部の松尾です。先ほど外でお話しましたけれど、茂手内さんは自分の口座にお金が振り込まれていることは知らないんですね?」

「はい」

「心当たりも?」

「はい。まったく……」

「お金はGodTubeからのものですが、動画投稿していませんか?」

「え? 動画? そんな……動画なんてどうやったらいいのかわかりません」

「GodTubeは見ますか?」

「たまにですけど……」

「では、パソコンは持っていますか?」

「いえ。パソコンは得意じゃなくて、学校でちょっと使ったくらいです」

「そうですか……」


 松尾は難しい表情になった。


「申し訳ないのですが、念のためにスマホの中身を確認させて貰えませんか?」

「え……」

「先ほどお話したとおり、茂手内さんの口座にGodTubeから大量の入金がありました。ですので、見せていただけないとそのスマホを押収しなければならなくなります。中身は私ではなくそちらの葉山という女性が確認しますので」


 そう言って、松尾は朱里が洋子に頬を叩かれたときに寄り添った女性職員のほうに視線を送った。


「……わかりました」


 朱里は渋々といった様子で自身のスマートフォンのロックを解除し、松尾に渡す。


「ありがとうございます。葉山さん」

「はい」


 松尾は受け取ったスマートフォンを葉山に差し出した。それを受け取った葉山は慣れた手つきでスマートフォンの中身を確認していく。


「……撮影した動画はほとんどありません。動画編集アプリなども入っていないようですし、容量もかなり余っているので、このスマートフォンから動画をアップロードしているということはないはずです」

「そうか。ありがとう。茂手内、ありがとうございました。こちらはお返しいたします」

「はい」


 スマートフォンを返してもらった朱里は大事そうにそれを抱えた。


 すると、玄関のほうから剛の声が聞こえてくる。


「あれっ? 何々? どうなってんの? おっさんたち、誰? え? あのパトカーうちだったの!?」

「あ、剛……」

「弟さんですか?」

「はい。剛ー!」

「姉ちゃん!? おい! どけよ! 姉ちゃんに何するんだ!」


 その声に朱里は慌てて立ち上がると、急いでリビングの扉を開けた。するとその先では職員の男性に詰め寄り、女性警官に止められている剛の姿があった。


「剛! 待って! 何もされてないから! 弟がすみません!」


 朱里が頭を下げているのを見て、剛はその職員に詰め寄るのをやめた。


「剛! 謝りなさい! その人たちはお仕事で来てるの」

「う……すみませんでした」


 朱里に叱られ、剛はバツが悪そうに頭を下げる。


「ま、まぁ、暴力を振るわれたわけじゃないから大丈夫だよ。家に帰ってきたら知らない人がたくさん居たんだ。そりゃあ驚くよな」


 その職員は顔を少し引きつらせながらもそう答えた。


「で、何があったの? なんで警察がいるの? この人たちは?」

「なんか、脱税だって」

「え? 脱税? やっぱそうか。おじさんとおばさん、どう見ても怪しかったもんなぁ」

「どういうことでしょうか?」


 朱里を追いかけてきた松尾が話に割り込んできた。


「ええと、誰ですか?」

「私は国税庁査察部の松尾と申します。その怪しいという話、もう少し詳しく教えてもらえませんか?」

「いいっすよ。おじさんとおばさん、なんか最近すげぇ色々買ってるみたいなんすよ」

「色々?」

「なんか、山城? とかいう高いお酒を買って毎晩飲んでるんすよ。俺らが来たころは酒自体、あんまり飲んでなかったのに」

「他にはどんなものがありますか?」

「おじさんは毎週腕時計が増えてると思います。あ! あとなんかイタリアのなんとかってブランドのスーツを何着も買ったって話してましたし、おばさんも銀座で服を買ったってよく言ってました。そんで、なんか有名な店でランチしたとかも。先週はなんか外車を買ったって言ってました。見たことないですけど。あ! あとあれだ! 今週末からバリ島に行くって」

「え? 何それ……剛、いつ聞いたの?」

「たしか先週の頭くらいだったかな? え? もしかして姉ちゃんも行きたかったの?」

「そんなわけないでしょ! 誰があんな人たちと……って、そういうんじゃなくて! いつそんな話してたの? あたし、聞いたこともないわよ?」

「え? ああ、そうか。夜だよ。あいつら、姉ちゃんが寝た後に酒飲んでて、べらべら喋ってるんだよ」

「え? あたしが寝た後って、それ十時過ぎてるでしょ! 早く寝なさいって何度も言ってるのに夜更かしして!」

「しょうがないじゃん。リリちゃんのライブ、時間決まってないんだから」

「リリちゃん? またあのアニメのやつなの?」

「アニメじゃないって。VTuberだから!」

「似たようなものでしょ!」


 すると見かねた女性警官が仲裁に入る。


「はい、喧嘩はそこまで。まずは国税の人たちのお仕事を終わらせてあげようか」

「あ……」

「すみません」


 朱里と剛は恥ずかしそうに謝る。


「うん。素直なのはいいことだね。松尾さん、お願いしますね。こっちも待っていますから」

「はい」

「こっち? そういえばなんで警察がいるの?」

「……あのね。おばさんが逮捕されたの」

「えっ? 逮捕?」

「うん。国税の人と取っ組み合いになって、あとあたしのの頬を叩いたからって」

「姉ちゃんを叩いた? なんで?」

「あたしが国税の人を部屋に入れたからって」

「はぁ? 何それ? 頭おかしいだろ。あいつめ……」


 剛は拳をグッと強く握った。


「剛、やり返しちゃダメだからね?」

「う……でも……」

「剛君、いくら腹が立っても殴り返したら負けだよ。そういうときのために私たち警察がいるんだから、ね?」

「……はい」


 女性警官に諭され、剛は少し落ち着いたようだ。


「分かったみたいだね。じゃあ、はい! リビングに戻って国税の人たちのお仕事、早く終わらせてあげようか」

「はい。剛、行こう?」

「うん」


 こうして朱里と剛はリビングへと戻るのだった。

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