第41話 パン屋ラ・トリエール

2024/12/06 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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 早速仕事を紹介してもらった俺は店主に挨拶をしようと中心街にあるパン屋へとやってきた。軒先にはパンのマークとともにラ・トリエールと書かれた看板がぶら下がっている。


 だが店内を覗いてみると売り場にはほとんどパンが並んでおらず、白衣を着たしかめっ面の中年男性が店頭で所在無げに店番をしている。


 なんとなく入りにくい雰囲気だが……。


「あん? 客か? エルフ? どうしてこんなところに?」


 店内を覗き込む俺に気付いた男性は、まるで睨みつけるかのようにこちらを見てくる。


「あ、その、こんにちは。冒険者ギルドからの紹介で来ましたリリス・サキュアです。売り子を募集していたんですよね?」

「なっ? あ、お、おう。そうだ。その、なんだ」


 中年男性はそういうと顎で中に入ってくるようにとでも言いたげな仕草をした。


 どう考えてもお客さんにやったらアウトな態度だが、だからこその売り子募集なのだろう。


 少し腹が立つものの、これは仕事だ。


「はい。お邪魔します」


 そう言って中に入ると、店の端に置いてある丸椅子を顎で示されたので遠慮なくそこに座る。


「その、なんだ。助かる。明日は朝九時からだ。頼む」

「え? あの、まずはお名前を……」

「っ!?」


 店主の男は目を見開くと、顔を真っ赤にしながらぼそぼそと小さな声で名前を教えてくれる。


「ジャン=パンメトルだ」


 ……この人、もしかして徹底的にコミュ障なのでは?


「よろしくお願いします。ジャン=パンメトルさんがこのお店の店長さんですか?」


 するとジャン=パンメトルさんは小さく頷いた。


「それで、明日は何をすればいいんですか?」

「店番だ」

「それはそうでしょうけど、値段とか、お金の管理の仕方とか聞いてないですよ? あと、呼び込みとかはするんですか? 掃除とかは? 他に何かしなきゃいけないことはないんですか?」

「そ、それは……わからん」

「え?」


 何それ? 自分のお店で分からないことがあるの?


「つ、妻がやってくれていたから……」

「え?」


 何? こんなにコミュ障なのに結婚してるのか!?


 あまりのことに一瞬意識が飛びそうになるが、なんとか堪えて話を続ける。


「じゃあ、奥さんに教えてもらうことは?」

「……」


 ジャン=パンメトルさんは深刻そうな表情にある。


「あの?」

「……」


 なんとも言えない重苦しい空気が店内に充満する。


 もしかすると聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。


 どうしようかと思案していると、店の扉が開いて中年の男性が入ってきた。


「おーい、買いに来てやったぞ……って、エルフ!?」


 彼は俺を見て飛び上がって驚くが、すぐにニヤニヤと好色そうな表情を浮かべる。


「おいおい、いくらジャクリーヌさんが臨月だからって浮気はダメだぞ?」

「なっ!? お、俺は浮気なんて!」

「またまたぁ。こんなエロい美人を店に連れ込んでおいてそんな言い訳は通用しないぜ?」

「ち、違っ!」


 どうやらこの男とジャン=パンメトルさんは知り合いのようだ。


 ……ん? ということはジャクリーヌさんというのがジャン=パンメトルさんの奥さんで、臨月ってことはそういうこと!?


 なんだ! 悪いことを聞いたかと心配して損した!


「あの……」

「お? おお、エルフの嬢ちゃん、こいつはやめとけ。こいつはもうすぐ父親になるんだからな。不倫なんてしたっていいことないぜ?」

「……」


 俺は大きくため息をついた。


「私とジャン=パンメトルさんは今日が初対面で、私は冒険者ギルドから派遣された臨時の売り子です。下世話な想像はやめてください」

「えっ!? あ、そ、そうだったんだ。ごめんごめん。じゃあ、明日から楽しみにしてるよ」


 彼はそう言ってそそくさとお店から出ていった。それを見送った俺は再びジャン=パンメトルさんに話を振る。


「それじゃあ、ジャン=パンメトルさん。早く奥さんのところに案内してください。何をやっていたのか聞いて覚えますから」

「え?」

「え、じゃないです。元々仕事をしていた人がいて話を聞けるならその人に聞いてやったほうがいいじゃないですか」

「……そ、そうか。なら、こっちだ」


 こうして俺はジャン=パンメトルさんに連れられて店の奥へと向かう。


 パンを焼く作業場を通り抜け、扉の向こうの階段を登ると居住スペースらしき場所にでた。


 きっとこのお店は店舗と住宅が兼用になっているのだろう。


 そのまま廊下を進んだその先の小さな寝室のベッドの上には一人の身重な若い女性が座っていた。


「あら、あなた。どうしたの? あら? お客様?」

「あ、そのままで大丈夫です」


 女性が立ち上がろうとしたので慌ててそれを制止する。


「はじめまして、奥様。私はリリス・サキュアといいます。冒険者ギルドから臨時の売り子を頼まれまして、明日からお手伝いをさせていただきます」

「まぁ! 私はジャクリーヌ、ジャン=パンメトルの妻です。私がお店に立てない間のお手伝い、ありがとうございます。よろしくお願いしますね」

「はい。それで、どんな業務をすればいいのか教えてほしいんです」

「え? まぁ、そうでしたか。主人がご迷惑をおかけしました。主人、パンを焼く腕はこの町で一番なのにこういった仕事はからっきしなんです」

「そうだったんですね」

「はい、そうなんです。あ! あなた、リリスさんのことは私に任せて店番をお願いね。今お客様がいらしたら大変でしょう?」

「っ!」


 ジャン=パンメトルさんは息をのむと、大急ぎで一階のお店へと戻っていた。


「本当にあの人ったら……」


 ジャクリーヌさんはそう言うと、まるで子供のいたずらを笑って許す母親のような表情を浮かべた。


「それじゃあ、ご説明しますね。まず――」


 それから俺はジャクリーヌさんがやっていた仕事の内容を教えてもらったのだった。

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