第42話 パン屋で働いてみた

「異世界からこんにちは。リリス・サキュアです♪」


 画面内で元気よく挨拶をするリリスの後ろにはいかにもヨーロッパ風といった町並みが映し出されている。


「今日はですね。イストール公国の公都イストレアのラ・トリエールというパン屋さんに来ています。私は冒険者ギルドに加盟して冒険者になったんですけど、最初のお仕事としてここのラ・トリエールさんで店員をすることになったんです」


 リリスはそう言うと、パンの絵とよく分からない文字が書かれた看板を指さした。


「店長さんの奥さんが今妊娠していて、出産まであとちょっとだそうなんです。奥さんが安心して出産できるように、きっちりピンチヒッターとして頑張ってこようと思います」


 リリスはそう言うと、両腕でガッツポーズをした。すると白いワンピースに包まれた胸がたゆんと大きく形を変える。


「それじゃあ、早速行ってきます」


 リリスはくるりと背を向けると、木製の扉を開けて中に入った。中には白衣姿でブスっとした表情の中年男性の姿がある。


「おはようございます。店長、今日からよろしくお願いします」

「あ、ああ……」


 店長はぎこちない様子でそう返事をすると、そそくさと店の奥へと姿を消した。


「私はこれから制服に着替えて、早速お仕事に取り掛かりますね」


 リリスはそう言うとピョンと小さくジャンプするとすぐに画面が切り替わり、制服を着たリリスが着地した。制服はミニョレ村の宿で着た衣装とよく似たデザインだが、頭にはリボンの代わりにメイドのようなホワイトブリムを身に着けている。


「この制服、前にウェイトレスをしたときの服に似ていると思いませんか? なんでもこの服はイストール公国の女性が働くときに着る一般的な服装で、頭の飾りで個性を出しているんだそうです。ラ・トリエールの場合は、このホワイトブリムですね」


 リリスはそう言って身に着けているホワイトブリムに右手を軽く添えた。


「そんなわけで、張り切って仕事をやっていこうと思います。パン屋さんといえば食品を扱いますので、まずはお掃除からです」


 そう言うとリリスは雑巾を左手で持った。


「異世界流の雑巾がけということで、まずは魔法で雑巾を濡らします」


 リリスは右手からちょろちょろと水を出し、雑巾を濡らしていく。


「はい。良く濡れたので、パンを並べる棚からきれいにしていきますね」


 リリスは濡れた雑巾で棚を拭き始めた。すぐに画面は早送りとなり、店内を隅々まで拭いていく。


「終わりました。最後の仕上げは棚に残った水分をこうやって集めて……」


 リリスが棚に手をかざすとうっすらと残っていた水分がリリスの手元に集まってくる。


「はい。見てください。集まりました」


 そう言ってカメラはリリスの胸の前に浮かんでいるビー玉くらいの大きさの水滴を映し出す。


「じゃあ、ちょっと外の側溝に捨ててきますね」


 すると一瞬画面がブラックアウトしたが、すぐに画面が戻ってくる。


「捨ててきました。次は陳列です。陳列はちょっと時間がかかりそうなので、終わるまでカットします」


 画面はゆっくりとフェードアウトし、再びフェードインすると店内には所狭しと様々なパンが並んでいる。


「じゃん♪ 陳列できました♪」


 リリスは満足そうな表情をしており、自分の体の右側にある棚を両の手のひらを上にして棚を強調しようとしている。


「それじゃあ、一つ一つ紹介しますね。主食の白パンはバゲット、バタール、ブールの三種類で、どれも一つ50トレです。あ、トレっていうのはこの国の通貨の単位です。100トレが1トーラで、私のここでの日給が5トーラなので、日本の感覚だと結構高級品ですね」


 リリスは事もなげにそう言うと、説明を続ける。


「それと、こっちのは黒パンです。これはかなり安くて、一つ10トレですね。それから、菓子パンもありますよ。クロワッサン、ミルクロール、さらにこのフルーツが乗っていて粉砂糖がまぶされているのはブリオッシュ・デ・ロワです。クロワッサンとミルクロールはどっちも1トーラ、ブリオッシュ・デ・ロワはホールでなんと5トーラ! 私の日給と同じ値段です♪」


 リリスはおどけたような笑顔を見せる。


「はい。これで準備完了です。お客さんはどれだけ来てくれるでしょうか? ちょっと楽しみです」


 そして画面はゆっくりとフェードアウトし、三十分後というテロップが表示される。


「はい。まだ一人もお客さんが来てくれません。でも、まだお買物の時間じゃないのかもしれませんね。もう少し待ってみましょう」


 再び画面がフェードアウトし、一時間後というテロップが表示される。


「……おかしいですね。ちょっとこれじゃ困るので、外で呼び込みをしてみようと思います」


 そう言うとリリスは開けっ放しの扉から外へと出ていく。


「皆さーん! ラ・トリエールの美味しいパンはいかがですか~?」


 するとリリスの呼び掛けに反応した一人の若い男性がフラフラと近寄ってくる。明らかに鼻の下を伸ばしており、視線もリリスの胸に釘付けになっているが、リリスはそのことに気付いた様子はまったくない。


「いらっしゃいませ。パンはいかがですか?」

「パ、パン屋!?」

「はい! 美味しいパンです。どうぞ入って見ていってください」

「は、はい」


 リリスの営業スマイルに顔を真っ赤にした彼はフラフラと店内に入った。そこへリリスはすかさず営業をかける。


「白パンはバゲット、バタール、ブールの三種類があります。他にも黒パン、クロワッサン、ミルクロール、さらにブリオッシュ・デ・ロワもありますよ!」

「み、ミルク!?」


 彼はそう言うとリリスの胸をちらりと見た。


「はい。ミルクロールです」

「じゃ、じゃあミルクロールを二つ」

「ありがとうございます! ミルクロール二点で、合計2トーラとなります」

「あ、ああ」


 彼はボーっとした様子で二枚の黄銅貨を差し出した。リリスはそれを受け取るとミルクロールを二つ手渡す。


「ありがとうございました♪ またお越しくださいませ~」


 リリスは営業スマイルでそう言って、ボーっとした様子でお店を出ていく初めてのお客さんを見送った。


「やりました。売れましたよ! さあ、この調子でどんどん売っていこうと思います」


 それから画面が早送りとなり、リリスが次々とパンを売りさばいていく様子が映し出される。やがて画面がフェードアウトし、再びフェードインすると今度はほとんど空になった棚が映し出された。


「はい。閉店時間になりました。見てください。ほとんど売り切れてしまいました。残っているのはなんとバタールが一本だけです」


 棚に陳列された一本のバタールが大写しになり、再びリリスをメインに映す構図に戻る。


「今日の一番人気はミルクロールでした。最初はミルクロールしか売れなかったんですよ。もしかするとこの町の人はミルクロールが好きなのかもしれませんね。あとは、もしかしたらものすごく美味しいのかもしれません。私、ミルクロールって食べたことないんですよね。皆さんはミルクロール、好きですか?」


 リリスはそう言ってこてんと首をかしげる。


「というわけで、今日は異世界のパン屋さんで店員になってみました。良かったらコメント欄で感想とか、教えてもらえると嬉しいです」


 リリスはそう言って両手を胸の高さまで上げ、人差し指を下に向けて上下させる。


「いいねボタン、チャンネル登録もよろしくお願いします。それじゃあ、また会いにきてくださいね。バイバーイ」


 リリスは笑顔で右手を振り、動画はそこで終了するのだった。

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