第83話 受諾

「うむ。そのとおりだ。その返事は、受けてもらえるということで良いな?」

「はい」


 まあ、悪魔呼ばわりしている奴を見つけ、そうじゃないと説得するだけならばそんなに危険は……え? ちょっと待て。どうしてそれが内密になんて言うほど危険なんだ?


 だが時すでに遅く、イストール公が内容の説明を始めてしまった。


「今回の依頼は、貧民街を中心に出回っている麻薬の問題を警備隊と共に解決してほしい、というものだ」

「えっ!? 麻薬?」

「うむ。詳しいことは宰相と警備隊長から説明させよう」


 待て待て待て。どうして悪魔呼ばわりの話と麻薬の話がつながっているんだ?


「それでは私から説明させていただきます」


 そんな俺の焦りをよそに、宰相が淡々と説明を始める。


「昨今、貧民街を中心に非常にタチの悪い麻薬が出回っております。その麻薬は炙って吸い込むものなのですが、まずかなり依存性が高いことがわかっています。しかも禁断症状がかなり強力で、吐き気と悪寒、さらに激しい全身の痛みに襲われるというものです」


 想像するだけでも恐ろしいが、宰相の表情がまったく変わっていないせいで余計に恐ろしく感じてしまう。


 そんな宰相が隊長のほうに目配せをした。すると隊長が説明を引き継いだ。


「我々警備隊も何度となく摘発を行っているのですが、残念ながら末端の売人を捕らえるのみに終わってしまっているのです。しかもそうした売人たちは元々貧民街の住人で、生活困窮して売人を始めたという者ばかりです」

「つまり、生活に困っている人を売人として利用した奴がいるってことですか?」

「はい。そのとおりです」

「なんてひどいことを……」

「ですから我々としてもその大本を叩きたいのですが、中々尻尾を出さないので困っておるのです」


 なるほど。大事だし犯人を見つけるのはものすごく大変そうだ。しかしなぜ俺のような素人に声が掛かったのだろうか?


 そういった話であれば、聞き込みや張り込み捜査が得意な人に任せたほうがいい気がするのだが……。


 そんな俺の疑問が顔に出ていたのか、宰相が割り込んできた。


「現在、敵はかなり巧妙に捜査をかいくぐっています。となるとなんらかの方法で捜査チームの動向を監視していると考えたほうが自然でしょう」

「……はい。そんな気はします」

「となると、今までと同じやり方をしていては同じように何度やっても元締めにはたどり着けないはずです」

「そう、かもしれませんね」

「そこで見たものを動画としてそのまま記録できるというリリス様のお力をお借りし、どうやって我々を監視しているのかを見つけ出したいのです。それが分かれば対策もできますし、上手くいけば敵を罠に嵌めることもできるでしょう」


 そう、なのかな?


 言われるとなんとなくそんな気がしないでもない。


「もちろんそれだけではありません。現場の証拠を残せるのはリリス様だけです。その証拠さえあれば犯罪に手を染めた者を適切に裁くことができます」

「はい。それはそうですね」

「それに、アルテナ様の使徒であるリリス様のご活躍はアルテナ様のためでもあるはずです」


 まあ、遠まわしではあるが、それはそうだろう。とはいえ、やはり腑に落ちない。


「すみません。それと悪魔の件とどういう関係があるんですか?」

「それは、貧民街を中心にアルテナ様は記録の女神を騙って人をおとしめる悪魔だという噂が流布されているからです」

「えっ!?」

「もちろん我々はアルテナ様が記録の女神だと信じておりますが、貧民街の者たちはその日その日を暮らすことで精一杯な者ばかりです。パン屋でのご活躍も、中央広場での奇跡も、オーク退治で村をお救いになった事実も知りません」

「はい……」

「ですが、そうした貧しい者の数は、そうでない者よりも多いことが問題なのです」

「そうなんですね」

「はい。ですから彼らがアルテナ様のことを悪魔だと信じてしまえば、アルテナ様は記録の女神ではなく悪魔となってしまうのです」


 え? 駄女神が悪魔になる? それは一体どういうことだ?


「すると我々は悪魔の信奉者ということになってしまい、もしそうなってしまえば我々は貧民街の者たちを異端として皆殺しにするしかなくなってしまいます」

「えっ?」


 皆殺し? さすがにそれはあり得ないだろう。どうしてそんな話になるんだ?


「お優しいリリス様には受け入れがたい話でしょうが、我らがイストール公国は記録の女神アルテナ様の最初の神殿をお招きすると決めました。しかもアスタルテ教会がすでにアルテナ様をお認めになっております」

「ええと?」


 俺が宰相の言葉を飲み込めずにいると、イストール公が割り込んできた。


「つまり儂はこの国の王として、貧民街の民よりも豊穣の女神アスタルテ様と記録の女神アルテナ様を選ぶ、ということだ。そうせねば国が滅びる」


 な、なんだって!? 国が滅びる? でも貧民街の人たちを皆殺しになんてしたら、それこそ反乱が起こりそうな気がするのだが……。


 そんな俺の表情から察したのか、宰相がたたみかけてくる。


「リリス様、我が君のお言葉のとおりです。アルテナ様を悪魔としないためにも、貧民街の者たちの命を守るためにも、どうか貧民街をむしばむ薬の問題を解決し、アルテナ様が記録の女神様であることを貧民街の者たちに広く知らしめていただきたいのです」

「で、でも私は犯罪の捜査なんて……。それにレティシアのように治療だって……」

「そのことはもとより承知の上です。それに中毒患者の治療にはアスタルテ教会の全面的な協力をいただいています」

「え、ええと、その……」

「真実を記録するその奇跡で、元締めの連中が罪を犯しているという事実を暴いていただきたい。もちろん、身の危険をお感じになった際はオークを殺したその魔法で相手を殺して構いません。この任務をお願いできるのは記録の女神アルテナ様の使徒であるリリス様、貴女しかいないのです! どうか!」

「わ、わ、分かりました。できる限り、協力させてください」


 こうして宰相に説得され、俺は麻薬の元締めの捜査に協力することとなったのだった。

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