第68話 日本では……(13)
リリスが晩餐会に参加した動画が公開された翌日の放課後、剛たちは校舎裏に集まっていた。彼らの手にはスマホがあり、その画面を一生懸命にタップしている。
「やっぱ見えねぇよな」
「リリちゃんの谷間が……」
「ここにあるってはっきり分かってるのに……」
「なんでこんな薄い生地なのに透けねぇんだよ」
「ガード堅すぎじゃね?」
「な!」
「くそっ。これも女神の陰謀か!」
どうやら彼らはリリスの胸の谷間が見えるシーンがないかと一生懸命再生と一時停止を繰り返しているようだ。
「ああ、くそっ! 最後まできちまった」
「やっぱ無理か」
剛たちは心底残念そうにそんな言葉を吐き捨てた。
「でもよ。なんかちらっと出てる肩ってエロくね?」
「あー、それな。なんか見てる間に目覚めたっつーか」
「いや、俺は胸派だね」
「何言ってんだよ。胸は前提だろ? プラスして肩もエロいって話だよ」
「それを言うなら
「え? 腋? 西川、お前さ……」
「え!? ちょっと待って? 肩がいいなら腋だっていいだろ?」
「いやぁ、腋はちょっと理解できないなぁ」
「え? おい! 杉田! お前!」
焦る西川を剛たちはニヤニヤしながら見守っていると、西川は突如ハッとした表情を浮かべる。
「お前ら、また俺をからかっているな? お前らだってゴミ箱だったじゃねぇか」
「わはははは、今回は気付くの早かったな」
「お前らなぁ」
西川は呆れたような表情をしているが、怒ってはいるわけではなさそうだ。
するとそこへゴミ袋を抱えた藤田がやってきた。
「あら? 茂手内くんたちこんなところで何しているの?」
「あ、委員長。それは……」
剛が口ごもるが、藤田はすぐに何かを察したようだ。
「あ! わかったわ! 昨日、リリちゃんの動画が更新されたもんね。だからその感想でも話してたんでしょ?」
「ま、まぁ、そんなところ?」
「どうして疑問形なのよ。それよりリリちゃんのあのドレス姿、素敵だったわよねぇ」
藤田の表情には憧れのようなものが見え隠れしている。
「だ、だよな。普段のリリちゃんもいいけど、なんかこう、大人の女性って感じで……」
「ね! 分かる? やっぱりあれだけスタイルいいとオフショルダーのAラインを完璧に着こなせるのね!」
「え? お、おふ? えー?」
「オフショルダーのAラインよ。オフショルダーっていうのは肩を出しているデザインのドレスのことね。といっても、あのデザインは今のオフショルダーとはちょっと違うわ。今のオフショルダーは1930年代ごろに始まったんだけど、あんな風に胸元を隠すレースとかはないの。だから今風のデザインをリリちゃんが着てたらきっとものすごくセクシーになると思うんだけど、フォーマルな場にあんまりセクシーなのはダメだもの。でもあのレースを付けてるおかげでイヤらしさがないのよ。フォーマルな場に行っても全然場違いな感じにならないのに、あんなに素敵なのがすごいわよねぇ」
藤田の口からはマシンガンのように次から次へと言葉が飛び出す。
「そういえば、あんな感じのドレスって昔あったのかしら? ヨーロッパだと1820年代ごろにもオフショルダーのドレスは流行ったみたいなんだけど、あんまり資料が見つからないのよね」
「お、おう……」
「あ、そうそう! それでね。Aラインって言うのはあんな風に大文字のAの字みたいなシルエットになるドレスのことよ。ウェストもコルセットでしっかり絞ってあったから、パニエとか入れなくてもあんな風にスカートの裾が広がっているように見えるのもさすがだったわ。温泉のときに思ったけど、リリちゃんの腰って本当に細いのよね。だからコルセットで絞ってても苦しそうじゃなかったのかしらねぇ」
藤田はうっとりとした表情でリリスを褒めそやす。
「あー、その、なんだ。さすが委員長、やっぱ物知りだな。俺ら、全然知らなかったよ」
「そ、そう? このくらい、女の子なら知っていて当然よ」
藤田は剛に褒められ、満更でもなさそうな表情を浮かべている。
「ところで委員長、そのゴミ袋って……」
「あ! そうだったわ! 早く用務員さんのところに持って行かなきゃ! それじゃ、またね!」
「おう」
藤田はそう言うと、足早に剛たちの前から立ち去っていったのだった。
「なあ、茂手内」
「ん? なんだ? 西川」
「もしかしてお前、委員長と付き合ってるの?」
「は? なんでだ?」
「いや、だってさ」
「うん?」
「なんか、委員長ってやたらとお前に話しかけてくるじゃん」
「え? そうか?」
すると西川だけでなく、他の面子も一斉に大きなため息をついた。
「え?」
「お前、気付いてなかったのかよ!」
「え? え?」
「気付いてって、なんの話だよ」
「だから、委員長がやたらとお前に優しいって話」
「え? 何それ?」
すると西川が剛に残念なものを見るような視線を向ける。
「な、なんだよ……」
「いや、だってなぁ」
「まぁまぁ。そのうち志望校とか聞かれるんじゃね?」
「あー、たしかに。そのときに勉強見てあげる、とか言われたりして」
「え? ねーよ、そんなの」
「なんで言い切れるんだよ。分かんねーだろ?」
「分かるよ」
「どうしてだよ」
「だって、俺受験しないし」
「は!?」
「ちょっと待て! どういうことだよ! 中卒で働くってこと?」
「ああ。俺、兄貴が死んでからおじさんのところに引き取られたのは知ってるだろ?」
「ああ」
「でもさ。おじさんたち、マジで俺らのこと迷惑そうにしてるし。おばさんなんて専業主婦なのに遊び歩いてるから家事、俺と姉貴で結構やってるんだぜ」
「マジで? やばくね?」
「だろ? それに兄貴の遺産も全部取られたから金ねぇし」
「え? いや、それなんかの犯罪じゃねぇの?」
「知らねぇけど、出ていって欲しがっているやつの世話になんかなりたくねぇし」
「茂手内……」
そう言ったきり、西川たちはそのまま黙り込んでしまった。そのまま重苦しい空気が剛たちを支配するが、剛は明るく西川たちに声を掛ける。
「ほら、行こうぜ。俺らにはリリちゃんがいるだろ? リリちゃんがいれば俺は大丈夫だから」
「……」
西川たちは無言のまま小さく頷くと、下駄箱のほうへと歩きだしたのだった。
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