第46話 はじめての動画広告

 記録の宝珠の使い方を色々と活用方法を考えてみた結果、ラ・トリエールの商品宣伝で活用してみることにした。


 この町でしばらく生活して分かったのだが、日本の街角でよく見かけるような街頭広告は存在していない。


 そんな町に街頭広告を出すだけでも集客効果はあるだろうが、動画広告ともなれば効果はすさまじいはずだ。


 というわけで、今日は営業前に撮影しておいた商品紹介の動画を開店前に店の前に投影してみようと思う。


 開店前のラ・トリエールにはすでに行列ができており、開店を待つお客さんを横目に店の前を清掃を済ませる。そしてパンの陳列を終え、窓ガラスの裏から記録の宝珠を使って外から見えるように動画広告をリピートモードで再生した。


 すると大きな窓ガラス一面に俺が今日のパンを紹介する動画が流れる。


 動画の中の俺はしゃべっているものの、窓ガラスの裏から投影しているので音は出していない。その代わりに字幕で商品を紹介している。


 その映像越しに外をちらりと確認してみる。すると行列を作っているお客さんが腰を抜かして驚いている。


 ああ、まあそうだよな。動画を見たことがない人がいきなり動画を見たら驚くだろう。


 だがあれならインパクトも抜群だ。


 そう思って見ているとすべてのパンの紹介が終わり、価格とラ・トリエールの営業時間が表示される。


 あとはこれがリピート再生されるだけだ。


 そう思っていると突然映像が暗転し、白い文字で『この動画は女神アルテナの奇跡によって表示されています』と表示された。


 !?!?!?


 ここで自分の宣伝だと!?


 呆然とその様子を見ていると、すぐに動画広告が最初から表示される。


 むむむ。あの駄女神め。意外と抜け目がない。


 それから開店時間まで動画を見ていたのだが、どうやら駄女神のスポンサード表示は動画の終了時に必ず行われるという仕組みのようだ。


 なんというか、まあ、いいのだが……。


 行列を作っているお客さんも大分慣れたようで、ボーっとした様子でループする広告を見ている。


 って、もう開店時間だ。


 俺は急いでお店の入口を開けると、待っているお客さんに声を掛ける。


「お待たせしました。ラ・トリエール、開店です。前の方から順に、店内にお入りください」


 するとお客さんが一斉にお店の中へと入ってくるのだった。


◆◇◆


 なんと驚いたことに、お昼前にすべてのパンが売り切れてしまった。普段であれば開店前から行列を作っていたお客さんがいなくなった後は少しずつお客さんがやって来て、おやつの時間までには売り切れるのだが、今日は行列が途切れることがなかったのだ。


 動画広告がいかに通行人の目を引いたかがよく分かる。それに途中からはお店の窓ガラスの前に人だかりができていたので、行列が行列を生んだということだと思う。


 ただ、あまりの人だかりに衛兵がやってきていた気がしたのだが……。


 俺は店内の接客が忙しすぎてその姿をちらりと見かけただけだが、彼らはどうしたのだろうか?


 衛兵だったら店内にやってきて中止を命じたり、立ち止まらないように指示を出したりしそうな気もするのだが……。


 そんなことを思いつつも俺はそっと店の入り口から顔を出す。


 やはり人だかりができたまま……ん? なんだか整然と人が流れているような?


 おお! 衛兵がちゃんと人を誘導している!


 人が一ヵ所に留まりすぎないように、順番に移動させているではないか!


 素晴らしい!


 とはいえ、いつまでもあんなことをさせ続けるわけにもいかないだろう。


「あの、すみません」

「ん? 見物ならあっちに並んでって、おおっ!? パンを紹介していたエルフ!?」

「えっ!?」

「あっ!?」

「本物だ!」

「すげぇ!」


 動画を見物していた人たちが一斉に俺のほうを見て、そのまま近寄ってくる。その血走った目に恐怖を覚えるが、衛兵が前に入って彼らを止めてくれた。


「やめなさい! 女性への乱暴は許さん!」

「ぐっ」


 人々はどうやらそれで正気に戻ったようだが、彼らは好色な目で俺のほうを見てくる。


「す、すみません」

「いや、これが我々の仕事だ。それで、どうしたのかね? 閉店かね?」

「はい」

「では店内で話を聞かせてもらおう」

「はい」


 こうして俺は衛兵と一緒に店内へと入った。するとジャン=パンメトルさんが奥から出てきた。


「ん? 君が店主かね?」

「ああ」

「では表の騒ぎは知っているか?」

「……いえ」

「そうか。それで、女神アルテナ様とは何かね?」

「……そこの嬢ちゃんの女神だ」

「そうか。君、名前は?」

「リリス・サキュアです」

「ああ、なるほど。そういうことか。では、君は使徒かね?」

「はい」

「女神アルテナ様は何を司ってらっしゃるのだ?」

「え? 一応、記録の女神ということになっていますね」

「一応?」

「それが私もよく分からず……」

「そういうことか。それで、動画というのは何かね?」

「動画は、今投影しているあれのことです」

「なるほど。初めて見たが、神の奇跡と言われれば納得できる代物だな。記録の女神アルテナ様、と」


 衛兵はそう言って何かを手元の紙に書き込んでいく。


「あの」

「何かね?」

「動画広告って、まずかったですか?」

「ん? なぜかね?」

「話題にはなると思っていましたけどここまで騒ぎになるとは思っていなかったので……」

「あれが神の奇跡であるのならば、我々人間がそれを妨げるなど許されるはずがない。我々衛兵は我々の仕事をするまでだ」

「そうですか。良かったです」

「……明日以降もやるつもりなのかね?」

「はい。ここの奥さんが赤ちゃんを産んで復帰するまでの予定ですけど……」

「では明日は開店前から我々が警備をしよう」

「いいんですか?」

「無論だ。それが我々の仕事だからな」

「ありがとうございます!」


 こうしてしばらく衛兵に聞き取り調査をされたものの、明日以降も動画広告を出し続けられることになったのだった。

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