第9話 人里を求めて
俺は今、川沿いを川下に向かってゆっくりと歩いている。体の動かし方にもだいぶ慣れてきたので、かなりスムーズに歩けるようになった。
といっても足元が見えないのには変わらないため、慎重に歩かなければならないことには変わりがない。
ああ、そうそう。それと濡れてしまった服だが、驚きの方法で乾かすことに成功した。
アバター設定のウィンドウから脱いでもう一度着てみたところ、なんと染み一つない真っ白なワンピースになったのだ。
もともと着ていたワンピースがどこに行ったのかは分からないが、異世界にエロフとして転生させるような駄女神の力だ。理屈を考えたところで分かるはずがない。
使えるものは気にせず使う。これでいいと思う。
さて、話を元に戻そう。川下に向かって歩いている理由だが、とりあえず人の住む場所に出られるのではないかと考えたからだ。
古来より、人間は水のある場所に都市をつくってきた。パリだってロンドンだって川沿いにある。
これは人が生活するには水と食べ物が必要で、その食べ物の生産にも大量の水が必要となるからだ。
だから豊かな水のある場所なら豊富な食べ物があり、それくらい豊かな場所であれば何かまともな食べ物を分けてもらえるかもしれない。
もちろんゴブリンの精気で腹は満たされるわけだが、毎回股間で自己主張をする緑色のポークビッツは見たくない。それに何よりあの透明な液体の精気を絞り出すと、イカ臭い白濁液がセットで地面に撒き散らされるのだ。
エロフにされてしまったのはもう仕方ないと割り切れてきたが、こればっかりはどう考えても無理だ。
男になんて興味はないし、ましてやゴブリンやイカ臭い白濁液なんてもってのほかだ。勘弁してほしい。
と、そんなことを考えていると向こうからまたもやゴブリンがやってきた。
今回は二匹のようだ。
飢えることがないのはありがたい。だがゴブリン退治の様子はいくらなんでも動画にできないので、そろそろいい加減にしてほしいと思う。
◆◇◆
それから俺は日が暮れるまで川沿いを歩き続けたものの、残念ながら人里に出ることはできなかった。何度か小さな滝にぶつかって回り道をさせられた以外はなんの問題なく歩くことができている。
この体はあまり体力がないので休み休みゆっくり歩いているのだが、それでもきっと十キロ以上は歩いているのではないかと思う。
だが相変わらずの森の中で、本当に人が住んでいるのかと不安を感じてしまう。
森の中を歩きながら動画にできるネタはないかと考えているのだが、これといったものは見つかっていない。
さすがに森の中を歩いているだけの動画など需要はないだろうしな。
ただ、それでも今日の寝床になりそうな大きな木のうろを発見することができた。
ちょうど人一人が入れそうな大きさなので、これなら急に雨が降ってきても大丈夫だろう。
そう考えた俺は木のうろの中で膝を抱え、不安な夜を過ごすのだった。
◆◇◆
翌朝何かの気配を感じて目覚めると、一匹のゴブリンが木のうろの前に立っていた。
「ひゃっ!?」
思わずびっくりして悲鳴を上げると、ゴブリンはニタァと醜悪な表情を浮かべる。
……いや、お前、俺の朝食だからな?
目が覚めたら目の前にゴブリンがいたので驚いただけだ。決して怖いから悲鳴を上げたのではない。
三食連続でゴブリンの精気というのも悲しくなるが、これで腹が膨れるのだから仕方がない。
俺はいつものように精気を奪い、それを飲み干した。相変わらずの微妙な味だが、イカ臭いが漂ってきて不快極まりない。
俺はすぐに木のうろから出るとアバター機能から服を新品に交換し、すぐに川下へと向かって歩き始める。
そうして半日ほど歩いていると、遠くのほうから「うわっ」という声が聞こえてきた。
誰かいるのだろうか?
そう思った俺は川沿いを離れ、声のしたほうへと慎重に歩いていく。
「なんでゴブリンがこんなところにっ!?」
「ゲギャギャギャギャ」
「ギャギャギャ」
しばらく歩いていると、焦った感じの女性のかすれ声が聞こえてきた。それと同時にいつものゴブリンの鳴き声も聞こえてくる。
俺が勝手に命名したあのゴブリンは、どうやら本当にゴブリンだったらしい。
まさかの一致に驚くものの、声の感じからしてピンチなのは間違いないだろう。
俺は少し早足で声のするほうへと向かう。
え? 走れ?
いやいや、走ると多分コケるので無理だ。
それにちょっと激しい運動をするとこの巨大な胸が暴れて痛いのだ。
だから走るのは勘弁してほしい。
そうして茂みをかき分けて進んだその先にはなんと五匹のゴブリンがいた。そのうちの一匹が人の上に馬乗りになっている。
まずい!
「やめなさい! 私が相手よ!」
勇ましく飛び出したつもりだったが、やはり口から出てくる言葉は女言葉だ。
「ゲギャッ!?」
「ギギェギェギェ」
「ギャギャギャギャギャ」
「グギャギャギャ」
「ギャギャギャ」
ゴブリンどもは一斉に俺のほうを振り向き、ニタリと醜悪な表情を浮かべた。それと同時に股間にぶら下がっていた緑色のポークビッツがむくむくと立ち上がる。
……こいつら、見境がないのか?
ゴブリンたちはじりじりと俺のほうに近寄ってくる。
「お、女の人!? ダメです! ゴブリンは女の人を!」
おや? どうやら女性ではなく声変わりしていない男の子だったようだ。見たところ十歳、いやもう少し上だろうか?
馬乗りになっていたゴブリンもこちらに向かってきているため、自由になった彼は立ち上がると地面に落ちていた石をゴブリンに投げつけた。
「ギャッ!? ギャギャッ!」
石はゴブリンの後頭部に命中したが、大したダメージは与えられていない様子だ。
「ギャギャ! ギャッギャッ」
「ギャギャギャ!」
ゴブリンのうち三匹が男の子に飛びかかる。
「お、お姉さん! 今のうちに逃げて!」
そうかすれ声で叫んだものの、すぐに組み伏せられてしまった。
「やめなさい!」
早足で少年の
「邪魔しないで!」
すぐさま精気を吸いだして飲み干した。お腹は減っていなかったが、まだまだ飲めそうな感じだ。
イカ臭い不快な臭いが漂ってくる。その不快感をぐっと我慢し、少年の上にのしかかって暴行を加えるゴブリンたちからも精気を吸いだした。
「ギョギェー」
断末魔の叫び声を上げながらゴブリンたちは絶命する。
「あ、う、う……」
良かった。どうやら息はあるようだ。
ゴブリンを少年の体の上からどかしてあげようとしてみるが、あまりにも重すぎてピクリとも動かない。
見たところそれほど重そうには見えないので、どうやらこの体は恐ろしいほどに非力なようだ。
少年の服もおそらくぐっちょりと汚れているだろうから、早く川で洗わせてあげたいのだが……仕方がない。
俺は必死に目をつぶり、歯を食いしばっている少年の頬にそっと触れた。
「ボク、大丈夫?」
「……え?」
少年は恐る恐る目を開けた。するとすぐに目をこれでもかと見開き、そしてみるみる顔が赤くなっていく。
「ごめんね。私じゃ重くてゴブリン、どけてあげられないの。自力で出てきてくれる?」
「っ!? ひっ!?」
自分の体の上で息絶えているゴブリンを見て少年は顔面蒼白になる。
「ゴブリンはもうやっつけたから大丈夫よ」
「は、はひぃぃ」
少年は理解が追いついていないのか、そう答えるとそのまましばらく俺の顔を見つめていたのだった。
◆◇◆
「ありがとうございました! 僕、ロランって言います。ミニョレ村のロランです!」
しばらくしてフリーズ状態から復帰したロラン君はゴブリンの体液がべっちょりと付着したまま俺にそうお礼を言ってきた。
「どういたしまして。リリス・サキュアよ。私、人の住んでいる場所を探していたの。よかったら案内してくれない?」
「えっ!?」
ロラン君は驚いたような表情を浮かべた。
「ダメなの?」
「い、いえ! とんでもないです! ただ、びっくりしたっていうか……」
「どうして?」
「だって、リリスさんってエルフですよね? エルフは森から出たがらないっていうのはうちの村みたいな田舎でも有名な話ですから」
「ふーん、そうなんだ」
もしかすると世界樹的なやつがあって、その周りを迷いの森にしているとか?
「でも、私は一人だもの。一人で森にいたいとは思わないわ」
「そうなんですね! じゃあ、さっそく案内します! ゴブリンが出たってご領主様にも報告しないと!」
「ちょっと待って!」
「え?」
「そのまま行くつもり?」
「え? だめなんですか?」
「ダメに決まってるわ。そのべっとり服についているの、洗ってきて」
「え? うわっ! なんだこれ? ゴブリンってこんなねばねばしたのを出すんだ」
ロラン君は物珍しそうに白濁液を手で触っている。
「ちょっと! ゴブリンのなんて汚いわ! 早くあっちの川で洗ってきて!」
「は、はい!」
ロラン君は慌てて俺の指さした方向へと駆けだした。
……あれ? あの反応ってことはもしかして、まだなのか?
あ、まあ声変わりもしてないし、ありうるのか。
いや、でも俺から教えるのもなぁ。中身はともかく外見は美少女なわけだし、気付かないふりをしてあげたほうがいいのか?
俺はそんなことを考えつつ、ロラン君の後を追うのだった。
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第一村人を発見しました。次回はついに村へと向かいます。
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