第5話 日本では……(1)

 猛夫が急死したことで、妹の朱里と弟の剛は同じ町に住んでいる遠い親戚の金杉家に引き取られることとなった。


 葬儀は行わず、遺体の火葬を済ませた二人はわずかな荷物と猛夫の遺骨が納められた骨壺を持って金杉の家にやってきた。


 金杉家は駅から徒歩五分ほどの場所に建つ分譲マンションの一室にある。


 二人がドアのチャイムを鳴らすと、すぐに中年の男が現れた。彼の名前は金杉久須男、二人の遠い親戚にあたる男だ。


「お世話になります、おじさん」


 朱里がそう言って頭を下げると、剛もそれに続いて頭を下げた。


「ああ、入りなさい。おーい、洋子! 来たぞ」


 久須男がそう呼び掛けると、家の奥から中年の女性が姿を現した。彼女は久須男の妻だ。


「おばさん、お世話になります」


 朱里と剛はそう言って再び頭を下げた。


「……ええ」


 洋子は無表情のままそう答えた。


「いいから早く入りなさい」

「はい」


 久須男は促され、二人は室内へと入るのだった。


◆◇◆


 それから二人はそれぞれ部屋を与えられたものの、食卓を囲んだ。だが会話が弾むことはなく、特に洋子は一言も発することはなかった。


 歓迎されていない。


 二人はそのことを敏感に感じ取っていた。


 このままでは良くないと考えた朱里は夜、久須男たちと話し合うために一人で部屋を抜け出した。


 リビングの扉の前までやってきた朱里の耳に、久須男と洋子が話し合っている声が聞こえてきた。


「あなた、どうしてあんなのを養わなきゃいけないの? せっかく広い家を買ったのに。ローンだってまだこんなに残ってるのよ?」


 その言葉に、朱里は息をのんだ。


「仕方ないだろう。猛夫君は取引先の社員だったんだ。いくら下請けとはいえ、あの二人を施設に入れたら何を言われるかわからないだろう?」

「でも!」

「そんなことをしたら出世にだって響くかもしれないんだ。そうしたらローンの返済だって大変になる」

「それはそうだけど……」

「朱里ちゃんのほうはあと三年だし、剛君だってあと五年だ。それまでの辛抱だ」

「五年って、まさか剛君を高校に行かせるの? ただでさえお金がかかるのに?」

「……そうだな。定時制に行かせて昼間はアルバイトでもさせればいい。あとは猛夫君の遺産だな」

「遺産? そうだわ! 遺産はどうなってるの?」

「手続きはこれからだ。私たちに相続権はないが、保護者になった。額によってはローンの返済だって少しは楽になるかもしれないぞ」

「そうよね!」


 洋子の声のトーンが上がった。


「二人が成人するまでの辛抱だ。頼むから今日みたいな態度はやめてくれ」

「ええ、そうよね。明日からは態度ちゃんとするわ」

「頼むよ」


 そして室内からは椅子を引いたような音が聞こえてくる。


 朱里は慌てて自室へと戻ると、布団にくるまった。


「……お兄ちゃん、あたしどうしたらいいの?」


 布団の中からはすぐに嗚咽が漏れ聞こえてくるのだった。

 

◆◇◆


 朱里が衝撃的な話を聞いているころ、剛は寝転がりながら猛夫に買い与えられた格安スマホでGodTubeを見ていた。


「ん? なんだこれ? リリスの異世界チャンネル? また新しいVTuberが出てきたのか。最近多すぎだろって、うわ! やばっ! 何この子、滅茶苦茶カワイイじゃん」


 そうつぶやいた剛はだらしない表情で再生ボタンをタップした。


「はじめまして! リリスの異世界チャンネルへようこそ! 私、リリス・サキュアっていいます。気軽にリリちゃんって呼んでくださいね♪」

「うおっ! やべぇ。声まで可愛いんだけど。っていうか、デカッ! これマジヤバい」


 スマホの画面を見ながら一人でツッコミを入れていく。


「異世界転生って、ラノベかよ! 死因、絶対トラックだろ。あ、でも神様のミスとかかな? にしてもエルフとか分かってねーよな。異世界転生なら絶対チーレムだろうが」


 剛はそう断言した。


「え? ゴブリン? ぶはははは。なんでち○こにモザイク入ってるんだよ。これからヤられるってか?」


 剛は腹を抱えて笑いだした。


「あー、やべぇ。腹いてぇ。って、おい! なんで倒してるんだよ。エルフとゴブリンだったらエルフが負けなきゃダメだろうが」


 そう文句を言いながらも、剛はいいねボタンを押してチャンネル登録をした。そしておもむろに起き上がると、ティッシュ箱を持って戻ってくる。


 そして再び寝転がると、動画をリピート再生するのだった。


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次回、新たな動画を投稿します。お楽しみに!

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