第32話 豊穣の祈りを見学してみた

2023/07/24 誤字を修正しました。

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 翌朝、レティシアさんとミレーヌさんは連れだって食堂にやってきたのだが、どことなくミレーヌさんは疲れているように見える。それに対してレティシアさんはなんという、肌がつやつやしているような気がする。


 二人とも相変わらず仲が良さそうではあるが、どうにも妙な想像をしてしまう。


 まあ、そもそもこの宿は木造で音が筒抜けなわけで、そもそもそんなことをするはずはない。


 それに昨日は食堂の掃除などで二人が寝静まってからベッドに入ったので、何もなかったことを知っているわけだが……。


 こほん。


 それはいいとして、今日は久々の撮影だ。きちんと台本も考えたし、今日は気合を入れて撮影しようと思う。


◆◇◆


「異世界からこんにちは。リリス・サキュアです♪」


 いつもの格好をしたリリスが画面の中で明るくいつものオープニングの挨拶をした。背後には畑が映っている。


「今日はですね。豊穣を司る女神アスタルテ様にお仕えする紫水晶アメジストの聖女レティシア様の豊穣の祈りの様子をお届けしようと思います!」


 リリスは笑顔でそう言うと、普段よりも少し控えめなテンションでそう説明する。


「というわけで、今日は儀式をする聖女レティシア様に来ていただいています。レティシア様、どうぞこちらへ」


 すると青いヴェールを被った小柄な女性がしずしずと画面の中に入ってきた。紫色の神秘的な瞳と小動物のように可愛らしくあどけない顔がなんとも庇護欲を掻き立てる。


 清楚な白い服の胸部は大きく盛り上がっており、その胸元には複雑な紋章をかたどった首飾りが輝いてる。さらにヴェールの間からは濃い青の髪がちらりと覗いており、清楚な所作も相まってなんともアンバランスな色気を醸しだしている。


「皆様、はじめまして。わたくしはイストール公国の聖女レティシアですわ」

「レティシア様、ご出演していただきありがとうございます」

「ええ。こちらの動画を通じてわたくしたちの女神アスタルテ様のことを多くの皆様に知っていただけたなら幸いですわ」


 レティシアはまさに聖女といった雰囲気を身に纏い、穏やかな微笑みを浮かべた。


「それではレティシア様、豊穣の祈りについて教えていただきたいのですけれども……」

「ええ。わたくしたちの信仰する女神アスタルテ様は豊穣を司っています。この大地は不浄なるゴブリンどもに穢されてしまいましたが、わたくしたちが祈りを捧げることでアスタルテ様より祝福を賜り、穢れを浄化するとともに豊かな実りを約束してくれるのですわ」

「そうなんですね。ありがとうございます。レティシア様は普段からこうして豊穣の祈りを捧げてらっしゃるのですか?」

「普段は怪我人や病人の治療のほうが多いですわね。豊穣の祈りは魔物の被害にあった方々を救済するために行っていますわ」

「そうなんですね。でも豊作になるなら被害を受けていない村にもしてあげたほうがいいと思うんですけど……」

「わたくしもそう思いますわ。ただ、どうしても不公平だという話になってしまうのです」


 レティシアは悲しそうな表情でそう答えた。


「不公平ですか?」

「ええ。豊穣の祈りを行える者は少ないのです。ですがその人数に対して農地はあまりにも多すぎるので、どうしても順番を決めることになってしまいます。それに豊穣の祈りを優先してしまいますと、今度は怪我や病気で苦しむ方々に救いの手を差し伸べることができなくなってしまいます。今苦しんでいらっしゃる方々と豊穣の祈りがなくとも食べていける方々、どちらがよりわたくしたちの救いの手を必要としているかは明らかですわ」

「なるほど。わかりました。では今日はそんな貴重な豊穣の祈りを見せていただけるということなんですね?」

「ええ」

「それではレティシア様は準備があるということですので、このあたりでインタビューを終わりにしようと思います。レティシア様、ありがとうございました」

「ええ。失礼いたしますわ」


 レティシアは笑顔でそう答えると、画面の外へと出ていく。


「紫水晶の聖女レティシア様でした。今日はそんな貴重な豊穣の祈りをしっかりと、画面の前の皆さんにお伝えしたいと思います」


 リリスがそう言うと画面は一瞬暗転し、畑のほうへと向かって歩いていくレティシアの後ろ姿へと切り替わる。


 画面には「豊穣の祈りが始まります」とテロップが表示されており、風の音とレティシアの小さな足音だけが聞こえてくる。


 畑の目の前まで歩いていったレティシアは跪き、祈りを捧げるポーズを取った。


 するとカメラはアングルを変えて周囲の様子を映し出す。


 カメラはやや高いところから見下ろしており、リリスや村の者たちが祈りを捧げるレティシアの後ろで同じように跪いて祈りを捧げているのが見てとれる。


 そして再び画面が暗転すると「一時間後」と表示され、再びアップになったレティシアの後ろ姿が映し出された。


 するとレティシアの全身を淡い金色の光が包み込み始めた。その光はやがて輝きを増し、キラキラとした金色の粒が目の前の畑へと注ぎこまれている。


 幻想的で、神秘的で、なんとも美しい光景だ。


 それから一分ほどするとレティシアの体を包む光はさらに強く輝き、そして眩いほどの強烈な光を放った。


 そしてすぐにすべての光が消え、レティシアが立ち上がった。


 その顔には汗が浮かんでおり、濃い青の髪が汗でべったりと顔に張り付いている。


「アスタルテ様はわたくしたちの祈りを聞き届け、この地に祝福をお授けくださいましたわ」


 レティシアはそう言ってニッコリと微笑んだ。すると周囲には割れんばかりの歓声が沸き起こる。


 それから画面はゆっくりとフェードアウトし、続いて画面に映し出されたのは畑の目の前に立つリリスの姿だった。


「皆さん、いかがだったでしょうか? すごかったですよねぇ。ほら、見てください。豊穣の祈りを捧げた後の小麦、少し光っているんですよ。映ってますかね?」


 リリスはそう言って畑に植えられたまだ若い小麦を指さした。すると画面が小麦を大写しになり、葉っぱや茎がほんのわずかに光っているのが見てとれる。


「というわけで今日は聖女レティシア様とミニョレ村の皆さんに協力していただき、豊穣の祈りの様子をお届けしました。もし良かったらコメント欄で感想とか、教えてもらえると嬉しいです」


 リリスはそう言って両手を胸の高さまで上げ、人差し指を下に向けて上下させる。


「いいねボタン、チャンネル登録もよろしくお願いします。それじゃあ、また会いにきてくださいね。バイバーイ」


 リリスは笑顔で右手を振り、動画はそこで終了するのだった。

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