024 王冠死霊隊

王冠死霊隊――帝国軍内に属する皇帝直下の親衛隊である。

帝国中から集められた超エリート軍人全十三官から成る当組織は、主に暗殺や誘拐、隠蔽工作に情報操作までこなす影の部隊であり、その非道性から帝国外はもちろん、一部を除いて内部にさえ存在を極秘にされている。卓越した身体能力と頭脳の他に彼らの実力を補っているのは特殊な能力。

 しかし、彼らは生まれながらの特異体質者ではない。

「能力を゙後付げされた人工能力者……力の使役には人間の血液が必要……って」

 洞窟の入り江に浮かぶクルーザーに乗り込んだシーナは手元の文書に目を通していた。歴代のIFナンバーたちが命と引き換えに残した文言は、読むものに絶望を与える。

「帝国が裏で進めてきたエグいネグレスト行為の被験者ども、その数少ない成功例だ。身体に作りもんの能力を刻み込まれてやがる。ただ、てめぇらみてぇな天然ものと違って燃費がすこぶる悪いらしくてなぁ」

メアは慣れた手つきで運転席のボタンやレバーを操作してゆく。最後にキーを回し、エンジンがかかった。

「その燃料が人の血……?」

「そういうこった。例の事件はその補給作業。場所も考えりゃ、的に掛けられてんのは俺たち以外ねぇだろうよ」

 背中に氷水でも垂らされた気がした。マフィアのような数と威勢で粋がっているような見掛け倒しの民間集団ではない。本物の怪物が牙を研ぎ、にじり寄ってきている。

 恐怖は計り知れない。

「シーナン、だいじょうぶ?」

 向かい合って座るラビが手を握ってくれた。

「もう覚悟は決まってるから。確かマフィアたちにアンタを襲うよう依頼を出したのもその執行官だったんだよね?」

「恐らくな。依頼人の貿易商ってのは実在しなかった。会社も住所もでっち上げ、雑な仕事だったぜ。俺らを動かせりゃなんでもよかったってとこだろうな」

 生きているとの報告を受け、有能な暗殺者を持つ組織に立場を装って依頼を出し、そして標的を炙り出した。

「とっくに眼は付けられてたってことだね……」

「怖ぇならさっさと船降りてバカンスに戻りやがれクソチビ。俺たちは今から執行官どもの罠に自分から飛び込むアホを起こす。強制はしねぇ」

 おとなしくなったエンジン音に肩を落とす。

見下ろした両手はまだ少しだけ震えていた。ただ、もう関係ない。

 あの時あの場所で、黒く染まると誓ったのだ。

操縦席に座るメアの首元を締め上げた。

「降りるわけないでしょガイコツ! てかアタシ無しじゃ作戦成り立たないじゃん! さっさと船出しなさい直ぐ出しなさいよ!」

「カカッ」と嗤ったメアはハンドルに手をかけた。

「言うようになったじゃねぇかクソガキ! 上等だぜ! 海に出てから帰りてぇって喚いても知らねぇぞ!」

 呻ったエンジンは船体を振動させる。

二人の掛け声で、クルーザーは秘密の洞穴を飛び出していった。

 クルーザーは南へ向かう。エメラルドグリーンの楽園を抜け、荒波の海域へ。


 彼らが数日間バカンスを演じたのは、一重に近海を警備する帝国船の偵察周期を読み解くためであった。穴の日時を割り出し、海に出たクルーザーは予定通り偵察網を抜け沖に出る。

が、本当の難関はそこからだった。

青い空、白い雲、透き通った海。その三つを完全に失った環境は凄まじいものだった。荒れ放題の波と風に加え、頭上の曇天からは激しい雨が降り、時折雷の音まで轟いてくる。

 小一時間前とは別世界の海原を、一隻のクルーザーが越えてゆく。

「そろそろ見えてきやがる筈だ!」

 助手席に掴まったシーナとラビの二人は風を防ぎながら前方に目を向けた。そこには空を貫くように高く伸びた何かの巨大な影が迫っていた。

「海の上に建った監獄塔……! 本当にあった……!」

 帝国立海上監獄塔。手の付けられなくなった大罪人を幽閉しておく絶対牢獄。荒れ狂った海の真ん中に建つ、帝国に逆らった人間の終着点だ。

ターゲットの元テロリストもこの中に繋がれている。 

 靄が晴れその禍々しい全貌が明らかになった。

「でっかい……上まで見えないのん……」

塔の頂上付近に雷光が瞬き続けている。

 落雷が降らない理由はこの監獄塔が避雷針となってくれているおかげらしい。

 シーナは塔の壁面に目を凝らすと、時計塔のように細かな装飾が施されてることに気が付いた。

「監獄っていうわりにはおしゃれな造りしてるんだね! 超不気味!」

「ここは元々どっかの宗教の聖堂だった場所らしい! それが海に沈んで放置されてたところを帝国どもが目付けたんだよ!」

 メアは後方の海を振り返った。当の帝国の追手は見当たらない。

 ハンドルを切ってスピードを上げる。

「廃墟同然だから看守も最低限しかいねぇ! 囚人どもが死ぬまでのお守りしてるだけだ!」

 飛沫を上げてクルーザーが監獄塔に接近する。するとこの監獄塔を語る上での一番の特徴が露わになり始めた。

 廃墟の割には堅牢な、黒光りする壁面。

「ホントにこれ全部、゙金属゙で出来てる……!」

 そう、それこそが今作戦においてシーナの存在が絶対不可欠な理由だった。

 メアがキッと歯を剥いた。

「そろそろ船捨てっぞ! てめぇら゙あれ゙履いてんな!?」

 二人は頷き、そしてメアの合図で飛んだ。

 塔にぶつかって大きく上がった波。巻き込まれたように見えたその時、彼ら三人は監獄塔に゙立っでいた。

「ふぅ……上出来だクソガキ。よくやってくれた」

 靴底に鉄板をくっ付けた特製シューズを履いた彼らは、塔の壁に垂直に立っていたのだ。

 足元で白い電流が弾ける。シーナの白嵐と、そして神賦使徒特有の共鳴を利用した荒業。三人の靴底の金属と壁面の金属を無理矢理引き寄せたのだ。

 ピースサインを向けるラビに、急成長を遂げたシーナはダブルピースで答えた。

「さて、ちゃっちゃと勧誘しに行こっか! 待ってて三人目!」

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